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【プレゼント】石崎洋介(53歳)/貝塚線物語
石崎洋介(53歳)/貝塚線物語
石崎洋介が乗る駅は、毎朝座れるか座れないかギリギリの乗客数だ。
座れた日はラッキー、座れなかった日はアンラッキー。
7月4日、朝。
今日も運命の座席取りが行われる。
扉が開き、2両目の後ろの方に残る1つの座席目がけて洋介は急いだ。
辿り着き座ろうとしたその瞬間、20代の若者がドカッと横から座り込んできた。
「何するんだこのやろう!」
洋介は心の中で叫び、周りにわからないように舌打ちした。
「おかげで、今日はアンラッキーじゃねえか!」
仕方なく吊り革につかまり、リュックを前に抱えて面白くなさそうに窓から外を眺める。
さっきの若者は横柄な感じでスマホで野球ゲームを始めた。
「このやろう・・お前は若いだろうが・・」
憎しみにも似た感情を噛み締めながら、洋介は耐えて立っていた。
この先の駅でどっと人が乗り込んできて車内は鮨詰め状態になるのだ。それを考えると気が重い。
カンカンカンカンという音ともに電車が踏切を過ぎる。
踏切ではいつものおじさんが自転車に乗って待っている。
毎朝毎朝この時間。
「確かあれは整形外科の駐車場のおっちゃんだよな。」
千早駅。予想通り多くの乗客が乗り込んでくる。
人の波が洋介を奥の方まで押しやる。
乗客の無言の苛立ちが湧き上がる独特の空気感。
「おいおい、いい加減にしろよ、東京じゃあるまいし。」
洋介は2両目の一番端へ押し込まれて何とか吊り革に捕まって倒れ込むのを防いだ。
「全く、なんでこんなに混むんだよ。」
周りの圧力に耐えながら吊り革につかまり何気なく目を落とす。
座っているサラリーマンが中指でメガネを持ち上げながらいくつかの不動産の物件資料をめくっている。
洋介は面倒臭い顔でしばらくその男を見下ろしながら、見覚えのある顔だと気づいた。
「あ、こいつ、最近夜中に公園周りを走っている物好きは不動産屋だったのか、夜中によくやるよ。他にすることないもんなのかね、俺には帰って走るなんて気力はないよ、全く。」
LINEの通知音が鳴る
横に立つ人に挟まれながら何とか内ポケットからスマホを抜き出しLINEアプリを開く
飼い猫の写真のアイコンの妻だ
LINEの名前は“yappi0704“
「カレーとジャガイモと竹輪買ってきて下さい。ジャワカレーで明日の夕食。今日はトンカツ。😺」
「おいおい買い物指示かよ、めんどくせーな・・ったく・・」
変わり映えのしない1日が終わり洋介は帰途につく。
残業で遅くなったが、買い物指示は覚えていた。
会社の最寄駅のスーパーに寄り、じゃがいもと、竹輪とカレールーを購入する。
ジャワカレーを。
ついでに自分のつまみ用にバターピーナッツを一袋買った。
白いビニール袋を下げて、天神で市営地下鉄に乗り換える前に洋介は三越に寄った。
用事があった。
1階のシャネルの店に向かい店員に注文していたものを受け取る。
No5ハンドクリームとチャンス オー タンドゥル オードトワレ。
オードトワレの瓶に彫ってもらったメッセージを確認した。
“Thank you Yappi ! “
店員に軽く礼をいい、買ったものをリュックに無造作に押し込んで足早に駅に向かう。
天神から貝塚まで行き、貝塚線に乗り換える。
今日も疲れた。
ドカッとシートに座り、リュックと買い物袋を膝に抱え、スマホを取り出し麻雀ゲームを始めた。
湿気と暑さで体がベタつく。脂汗が滲み気持ち悪い
横に立って本を読んでいる女子高生を面倒臭そうに見て、またゲームを始める。
「こんな俺に50になるまでよく長く付き合ってくれたよな・・・」
妻のトンカツを楽しみにしながらも、疲れで洋介の瞼が静かに閉じる。
ゲームをする指が止まり、
力無く腕が落ち、
「コトン」とスマホが電車の床に落ちた。