シャルル 第2話【創作大賞2023・イラストストーリー部門応募作品】
第2話「玲奈。会社ではちゃんとしなさい」
殺し屋の会社、なんて言えば想像が難しいだろうが、私の職場はオフィス街にある6階建ての普通のビルだ。
そのビルには二つの顔がある。一つは雑誌を扱う中小の出版社。
もう一つが業界随一の殺し屋の組織としての顔だ。
元々は、出版社は形式的なものだった。資金洗浄をしたり、依頼の受注をする為だけの会社で、本を出版することなんてなかったらしい。
それが、今のボスになって直ぐに改革が始まった。時代的にもダミー会社が取締られつつあったし、ボスも乗り気だったらしい。どうせやるなら出来る限りのことをするのがボスの性分でもあった。
今では表裏合わせて従業員が100人程度になった。昔と違って殺し屋業務を知らない本当に出版の会社だと思って働いている人がたくさんいる。きちんと売上も出していて、なんなら私らの業務より活気があるぐらいだ。
私は出版がどんな仕事をしているのかさっぱり分からない。だけど時々用事があって他のフロアに行くと全員真剣な表情で、時には怒声が飛び交いながらも必死に雑誌を作っているのが目に入る。
大変な仕事なんだろう。人を殺すより難しそうだ。
それが私の素直な感想だった。
「玲奈さん。おはよう〜」オフィスの前で友人の細川さんにばったり出くわした。
「細川さん、おはよう」私は笑顔で言う。
細川さんは正に普通の出版社だと思って働いている人だ。確か4階で、業務は…。覚えてないが、ボスが中々優秀だと言っていた。
私の数少ない友人である。
「玲奈さん、今度合コンあるんだけど参加してくれない?まだ人数合わせしてるとこなんだけど。玲奈さん参加してくれるとイケメンめっちゃ釣れるんだよね。玲奈さん美人だがから」細川さんが言った。
「いいよ。日程LINEしてもらっていい?」私が言った。
「たすかる。銀行員とか公務員とか来る予定だから楽しみにしといて」細川さんが言う。
「うん」私が相槌を打ってエレベーターに乗り込む。細川さんの他にも何名か乗り込む。
特に会話することもなく4階で細川さんが降りる。
「じゃあ、玲奈さん。今日も頑張ろう」降り際に細川さんが言った。
「うん。細川さんもね」私は笑顔で手を振った。
ドアが閉まると、いつの間にかエレベータに乗っていた愛菜の幻覚が口を開いた。
「まだあのブスと連んでるの?やめなよ。玲奈、人生は有限なんだよ?それに、玲奈には私がいるじゃない」
思わずため息をついてしまう。
幻覚の専門家の男が言っていた。幻覚や幻聴と言うのは深層意識に起因する。例えば悪口を言われている様に感じる時は、心のどこかで見下されているのではという不安があるからそう言った幻聴が聞こえる。
つまり、幻覚の愛菜が言っている幻聴は、全て私が心の奥底で思っていることなのだ。
当時、愛菜は独占欲が強かった。プリントを渡す時、私が後ろの女子と話したのが気に入らないと言って、1週間近く学校に来なかった時があった。
以来、私はクラスの男子も女子も全員無視するようになった。愛菜以外から死ぬほど嫌われたのは、今となってはいい思い出だ。
その時から抱いていた不安なのか。
あるいは私は心の奥底で愛菜に嫉妬してほしいと願っているのかもしれない。
どっちにしろ、13年も経ったのに、本当に情けない。
とても惨めな気持ちになる。
だから、愛菜の幻覚は嫌いなんだ。
5階に入ると直ぐにタバコに火をつけた。
このフロアには殺し関連の人しかいない。
「死神、おはようございます」すれ違う人全員に挨拶をされる。
「うん」私はタバコを咥えながら返事をする。
この業界では実績が物を言う。殺した数が多かったり、難易度の高い案件をこなすと、自然と地位があがる。
現役では私が一番実績が高い。
社内じゃなくて日本でだ。
自分で言うのもなんだが、裏の世界では、私は案件達成率100%の脅威の殺し屋として有名だ。
着いたあだ名が死神。狙われたら絶対殺されるかららしい。
だからある程度横柄な態度を取っても許される。社内で歩きタバコをしても、誰も文句を言わない。
「周りが慕ってくれるのはいいことだけど、それに甘えてはいけないわ。上に立つ人間は模範となるように自分を律するべきよ」愛菜が言った。
これも本当に私が思っていることなのだろうかと思わず苦笑してしまう。だとしたら私は結構真面目なんだな。
そんなことを思いながら自分の机に向かう。
「おはようございます。玲奈さん。なんか機嫌悪そうですね」右隣の席のメカオタが言った。
「うるせぇ」私が言った。メカオタは現場に出ず、私たちのサポートをするハッカーだ。猫背で、幸の薄い顔をしていて、いつもキーボードを叩いている。パソコンにやたらと詳しい。だから私がメカオタクというあだ名をつけた。本人は気に入ってるらしい。
「玲奈はきょう本番だからな」左隣の穴熊が言った。私の次に実績をあげているナンバー2だ。珍しい苗字をえらく気に入っていて、そのままコードネームにしてしまったバカだ。大柄で本当に熊みたいなやつでもある。
「玲奈さんや穴熊さんでもまだ緊張するんですか?」メカオタが顔をあげて言った。
「そりゃ、もちろん。現場には想定外のことだらけだ。いくつ案件をこなそうが、どんだけ準備していようが、安心なんてできやしない。人を殺すことなんて慣れないぜ」穴熊が私の頭を通り越して言った。
二人の会話は無視して私は椅子にもたれかかる。軽く目を瞑って今日の外回りのシミュレーションを始める。
どちらかと言うと病院の方が問題がありそうだ。ゆっくりと思考する。
いくら考えても愛菜が現れた理由が分からなかった。この案件ならメカオタですらこなせそうだ。
だとしたらホームレスのほうか?
そんなことを考えていると肩を叩かれた。
目を開けると鳩ちゃんが申し訳なさそうに立っていた。
「ごめんなさい。社長が呼んでます」鳩ちゃんが言った。鳩ちゃんは22歳の可愛らしい女の子だ。メカオタと一緒で現場に出ることはなく、社内の伝達や複数人で行うややこしい案件の調整を担当している。様々な社内の情報をいろんな場所に届ける仕事をしているから、鳩ちゃんだ。
「え。何の要件?」私が言った。
「緊急みたいです」鳩ちゃんはそれだけ言うと軽く会釈してどこかに行った。
ふー。と息をつく。
私は立ち上がって、社長室に向かった。
ノックもせずにドアを開けると、ボスはいつもの机でノートパソコンに何かを打ち込んでいた。
こう見ると普通の爺さんだ。白髪で品がある。最近は出版の方の仕事でメディア露出することもあるそうだ。
だが、実情は違う。
業界では知らない人がいないぐらい伝説の殺し屋だ。実績をあげるとキリがない。
そもそも危険な仕事なのにジジイになっているのがやばい。70近くなった今でも偶に現場に出ているという噂を聞く。
一応私の師匠でもある。
「玲奈さん。ご苦労様です」私の顔を見るとボスが言った。側から見たら優しそうな社長が社員に声をかけている様子にしか見えないだろう。実際は殺し屋組織のボスと殺し屋の会話だ。
「うん。何の用?」私が言う。
「緊急で引き受けて欲しい案件ができました」ボスは老眼鏡を外し、レンズを拭きながら言った
私は顔を顰めた。
「私今日外回りの本番なんだけど」一応言ってみる。
ボスは頷いた。
「もちろん把握してます。今日の案件は別の人に引き継いでもらいます」ボスが言った。
まぁそうだよな。
私はタバコを取り出して口に咥えて火をつける。
ボスは徹底しているから、私たちがいつどこでどんな案件を行なっているのか全て把握している。
そのボスが緊急の案件を直接呼び出して振ってきたのだ。
本番直前の案件を他に引き継いででも、私に任せたかった案件だということだ。
お得意様なのか、条件がやたらと厳しいのか、難易度がとても高い要人か。
タバコの煙を吐きながら愛菜を見る。
愛菜は来客者用のソファに座って、ニコニコ手を振っている。
愛菜が出てきたのは間違いなくこの案件だな。
私はぼんやりそんなことを考える。
緊急とは言え昨日の時点で話しは来ていたのだろう。ボスとは昨日会ってないが、鳩ちゃんあたりが何か勘付いていて、それを私の深層意識が感じ取った。
愛菜が出てきたのはそういうからくりかな。
「分かった。詳しく話してくれ」私が言った。
ボスは老眼鏡をかけると言った。
「今回は少し厄介な案件です。ターゲットは都内の女子中学生。それに今回は暗殺ではなく護衛です」
私は黙ってタバコをふかす。
なるほど、護衛ときたか。
これなら愛菜の幻覚が出てくるのも納得だ。
護衛というのは殺し屋の対義語だ。私たちの業界では殺し屋と、殺し屋からターゲットを守る護衛の2種類の職業がある。私たちが殺しのスペシャリストだとしたら護衛は守りのスペシャリストだ。私たち殺し屋がどうやって攻めてくるかを考えてそれに対応する。
護衛がつくと、案件の難易度が跳ね上がる。護衛にも大小様々な組織があるが、日本に存在する5つの大きな組織はかなり手強い。レベルの高い組織は殺し屋から守るだけではなく、逆にこちらを殺害してくる。うちの会社も同僚が何人か殺されている。
勿論こちらも何人も護衛を殺っているが。
基本、殺しの会社だが、うちの組織は稀に護衛も請け負う。
理由はいくつもあるが、一番大きいのは殺しのスペシャリストだからこそ、守りにも長けている点だ。私たちならこうやって殺す、というのを防げば暗殺を防げる。
とはいえ護衛は難しい。そもそも大手でも護衛成功率は30%前後だ。
何しろ守るより殺す方がよっぽど簡単だ。四六時中気を張ってあらゆる可能性を考慮して全力で防御する護衛と違って、殺し屋は状況が揃ったタイミングで殺してしまえばいい。
思いの外護衛が手強かったら引けばいいし、イレギュラーが起こったらアドリブで殺せばいい。
うちの業界は圧倒的に殺し屋が有利だ。
「すでにメフィストさんがターゲットの警護にあたっています。玲奈さんにはメフィストさんと合流して、合同で護衛していただきたい」ボスが言った。
メフィストは5大護衛組織の一角を担う組織だ。護衛の癖にエジプトかどこかの悪魔の名前を語ってる。
普段は敵対している組織ではあるが、私たちプロはお互いの立場を尊重している。故に普段は殺しあってる仲でも、その案件では味方同士ならお互い信頼関係を一時的に築いて全力で案件に当たる。
メフィストぐらいでかい組織なら尚更だ。私は同僚がメフィストに殺されたこともある。逆に、仕事で何人もメフィストのメンバーを殺したりもした。それでも案件に支障は全くない。
「メフィストだけじゃまずいくらいの案件なの?それ私が行く意味ある?」私が言った。正直微妙に違和感を感じていた。うちの組織は殺しの組織だから、イレギュラーである護衛の依頼にはかなりの金がかかる。その割には成果はそこまで見込めない。相手の殺し屋の考えが分かると言っても限界がある。
「依頼人は必要だと考えています」ボスはそれだけ言った。
「今はターゲットは学校にいます。住所を送るので準備が出来次第向かってください」
私はタバコをふかす。
「了解。期間はどれくらい?」私が尋ねた。
「1週間分の前金はいただいています」ボスが言った。
それはそれは。
太っ腹なことで。
「玲奈さん。よろしくお願いします」ボスはそれだけいうとまたパソコンに向き合った。
私は肩をすくめて社長室を出た。
第3話に続く。
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