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『顧客をつかむ 戦略物流』

短文書評

 物流コンサルタントによる、物流を経営戦略として取組む指南書。物流という概念の歴史やマーケティングにも触れられており、amazonやヨドバシカメラの実例も紹介。物流にさほど詳しくない者でもその重要性とポイントが理解できる本だ。著者考案の物流戦略を考えるフレームワークも、顧客価値をどう作り実現するかを立案する役に立つ。
 この本のキーワードの一つは「物流によってコンビニエンス(利便性)を作る」(はじめに)だろう。物流をコストと捉えるのでなく、利益を生むものだと捉え販売戦略と一貫した物流戦略をとる経営ができれば、事例紹介企業のように、顧客を引き付け成長する余地は大きい。戦争で兵站(物流)構想を欠けば敗戦に至るのと同様、ビジネスにおける重要性も大きいのだ。
 戦略物流とは何であるかを一言でいえば、「企業戦略に沿って販売戦略と対をなして企業価値(≒顧客価値)を作り出すもの」と理解させていただいた。

第1章 戦略物流とは何か?

従来の物流思考と著者の提唱する戦略物流思考は、両方大事というのが著者の主張だ。
 従来の「物流思考」は、物流の6大機能それぞれで、最適化・コスト削減・生産性向上を目指す考えだ。6大機能は以下の通り。
①輸配送:荷物を供給者から需要者に移送する
②保管:保管施設を使い生産者と消費者の間の時間的な格差を調整する
③包装:製品が傷ついたり壊れたりしないための包装を行う
④荷役:倉庫や物流センターの内外で荷物を運搬する活動。
    荷揃え、積み付け・積卸し、運搬、補完、仕分け、集荷
⑤流通加工:値札付けや検針、袋詰めなど付加価値をつける作業
⑥情報処理:どこに商品があるかを管理する仕組み
 対する「戦略物流的思考」は、「物流を戦略としてとらえ、企業戦略に合う物流戦略を組み立てる考え方」。物流コストをかけることで、商品単価を上げたり、販売量を増やして売上向上につなげる。日米のリーダー的な小売業は、店舗を作ってから物流拠点を構えるのでなく、先に物流拠点を作ってから店舗を作る。戦略物流では上記6大機能に2つプラスした「戦略物流8大機能」が必要となる。
⑦管理:物流6大機能全体を管理・コストコントロールする。
⑧調整:自社の戦略に沿って、物流に関わる部署間の調整を行う。

企業視点の「マーケティング4P」から「消費者発想の4C」へ

【企業視点4P】     【消費者視点4C】
Product  製品  ▷  Customer Value 顧客価値
Price    価格  ▷  Customer Cost  顧客が払う費用
Promotion販促  ▷  Comunication  コミュニケーション
Place   流通  ▷  Convenience  利便性
※4Pはマーケティング学者のジェローム・マッカーシーが、4Cは広告学者のロバート・ラウターボーンが提唱した(本書関連箇所p.35-37)

「物流戦略の4C」(著者考案のフレームワーク)

 物流の重要性が高まっているにもかかわらず物流戦略についてのフレームワークがないことから、著者が誰でも物流戦略が立案できるフレームワークを、と考案したのが「物流戦略の4C」だ。言葉だけ見るとピンと来ないが、説明を読むと非常に腹落ちする、使えるフレームワークだ。
①Convenience(利便性)
②Constraint of time(制約・時間・リードタイム)
③Combination of method(手段の組み合わせ)
④Cost(コストの優先度)

まずはその企業の経営戦略に沿って①②を考え、③④を考える。

ヨドバシ・ドット・コムに当てはめた説明が分かりやすい(p.43-44)
①Convenience(利便性)都市部に住む、忙しくて時間がない人に向けて、日用品から電化製品まで1品から配送可能で配達料金無料。店頭受取にも対応。
②Constraint of time(制約・時間・リードタイム):最短2時間30分以内で配達
③Combination of method(手段の組み合わせ):大規模店舗を在庫拠点に活用。自社配送車両で配達。自前配達ネットワークを作り、配達密度を高める。
④Cost(コストの優先度):自前配達ネットワークをプラットフォームとし、コストを固定的にする。

第2章 「ドミナント戦略」による差別化

 英語のdominantには「支配的、優位的」という意味がある。ビジネスの世界では「一定のエリアの中で優位性、支配力をもつ」という意味で使われる。ドミナント戦略とは、特定の地域に集中して出店し、地域でナンバーワンの知名度・認知度を獲得し、その地域内でナンバーワンの売り上げを確保することを目的とする。
 コンビニ、ドラッグストア、居酒屋、クリーニング、スターバックス、世界の山ちゃん、EC専業物流、複数ブランドでのドミナントなど複数のドミナント戦略の事例が紹介されており、一読いただくと面白い。

ドミナント戦略のメリット

1.少ないマーケティングコストで高い売上アップ効果が見込める
2.納品が効率的になり、物流コストが下がる(ハブ&スポーク式など)
3.人員や商品在庫を融通できる
4.競合の参入を防止できる
5.共通資産を流用できる

ドミナント戦略のデメリット

・自社競合(カニバリゼーション)
・自然災害がドミナントエリアで発生した場合の被害の大きさ

配送視点のドミナント戦略は「配送密度」が鍵を握る

 ネットスーパーや即時配達サービスは、限られたエリア内での配送密度(単位時間当たりの配達件数×注文品目数)が成否の鍵を握る。配達対象地域を絞ってスタートし、一定のドミナントを確保してから新たな配達地域を広げるという展開が必須のようである。スタートからサービス提供エリアを広く設定したサミットネットスーパーはドミナントを確立できず早々に撤退している。
 世界最大の流通小売業であるウォルマートもドミナント展開から生まれた。全米で暮らす人の9割以上がウォルマートの実店舗から10マイル(16km)圏内に生活していると言われるほど高密度の店舗展開であり、ドミナント出店。出店前に、6店舗分の供給能力を持つ物流センターをかまえ、一気に6店舗を出店。この繰り返しで全米に店舗網を広げたという。
 合計売上高だけでなく1店舗売上高でも他の追随を許さないセブンイレブンもまた、物流を重んじた戦略を用いる。全国制覇(全都道府県)への出店を果たしたのはもっとも遅かった。むしろ、初期の戒めは「江東区から一歩も出るな」(鈴木敏文氏)であり、その後も地域を絞って面で集中出店する高密度出店の手法を取ってきた。新規のエリアでは、必ず専用工場と専用配送センターがセットになっている。一般的に小売業の好立地は人口の多い場所だが、セブンイレブンは必ずしもそうではなく、国道や自動車専用道路でダイレクトにつながることを優先しているようである。

店舗配送とECで物流センターを分ける理由

端的に言えば物流形態が異なるため。BtoBとBtoCでは、什器も、物流センターに適した立地も、頻度も異なるのだ。

第3章 「スピード」による差別化戦略

 「スーパーコンビニエンス」な物流は大きく分けて二つ。
1つ目:利用者の希望するタイミングに届ける「時間枠指定(Time Slot)」
2つ目:注文からとにかく早く届ける「スピード(Speed)」

・時間枠指定の場合は、上限設定を設けることも検討する。特に据え付け等を伴う場合はそれを見越した上限設定を。
・スピード配達は、顧客はもちろん企業側にもキャンセルを減らすというメリットがある。出荷作業開始後のキャンセルは、リアル店舗以上に負荷となる。

◆amazonのスピード戦略
 米本国での構築過程ではウォルマートで物流を担当していたジム・ライト氏を招へい。
1.消費地に近い都心部に物流拠点を集中(日本)
 ・FC(フルフィルメントセンター)・・・いわゆる物流センター。
  都心部に近い郊外又は消費地に立地。
 ・DS(デリバリーステーション)・・・通過型の出荷拠点。
  消費者へのラストワンマイルを担う。50か所以上。都心部に集中。
 ・amazonネットスーパーの専用倉庫
2.ラストワンマイルは宅配会社も活用
 ・amazonの配送スピードや利便性向上を支えているのは、戦略的に配置された物流拠点に加え、ラストワンマイルを担う宅配会社の活用方法にもポイントがある。
 ・米国での初期は物流品質に劣ると言われた業界3番手のUPSを採用。amazonのPDCAで品質とスピードを実現させた。
 ・現在アマゾンジャパンでは、宅配大手に加え自社でコントロールできる宅配部隊も抱えている。主として中堅以下の地元に根差した配送会社である「アマゾンデリバリープロバイダ」と、個人で配送を請け負う自営業者が登録する「アマゾンフレックス」がある。
 ・自社コントロールが効く部隊の影響もあり、置き配を進め、利用率75%に達している。
 ・「地球上でもっともお客さまを大切にする企業」であるアマゾンには、ここまでやれば終わり、このレベルまで上がれば十分、といった概念はない。アマゾン仕様の配送用電気自動車を開発(!)。2022年夏から展開。

◆ヨドバシエクストリームのスピードを支える仕組み
 今もアマゾンの配達のスピードと競っている数少ない企業
・「ヨドバシエクストリーム」は2016年9月スタート
・ボールペン1本からでも配送料金無料、最短2時間半以内配達
・取り扱い品目当初43万⇒800万品目まで拡大。店舗で扱うすべて。
・23区全域をカバーするサービス拠点13か所を開設、約300台の車両と地域専任担当者によるきめ細かな配送サービス提供
・サービスレベルは「受注後5分で商品をピッキング」「30分以内に出荷」「自社社員による最短2時間30分での配送体制」「配達予定時刻を事前に1分単位でメール連絡」
・旗艦店を出店するたびにヨドバシエクストリームのサービス提供エリア拡大
・システム構築による在庫管理の徹底。「確認してまいります」がない。

第4章 「品揃え」による差別化

小売業の業態別取り扱い品目数(最小管理単位の「SKU」で)
・百貨店・・・約100万sku
・総合スーパー(GMS)・・・約10万sku
・ホームセンター(HC)・・・約10万sku
・ドラッグストア(DGS)・・・約1万8000sku
・スーパーマーケット(SM)・・・約1万sku
・コンビニエンスストア(CVS)・・・約2000~4000sku
※とくし丸(買い物困難地域の移動スーパー)・・・300~400sku
※Green Beans(イオンの新ネットスーパー)・・・2万⇒5万sku予定

品揃えによる差別化、基本の考え方3つ
1.シングルアイテム(Single Item)
 単品での差別化。黒酢専門店など。ニッチで熱い市場を作り上げる例も。
 メリット:マーケティングコストを下げられる
      競争相手を減らせる(絞る)
      利益率を上げやすい
      専門家として信用・信頼を獲得しやすい
      受注業務、物流業務の効率化ができる
2.フルライン(Full Line)
 商品カテゴリーを絞り、そのカテゴリーに含まれる商品ならすべてが手に入るという圧倒的な品揃えで差別化を図る。別名カテゴリーキラー。
 メリット:マーケティングコストを下げられる
      競争相手を減らせる(絞る)
      利益率を上げやすい
      専門家として信用・信頼を獲得しやすい
      複数商品をまとめて送ることができ物流コスト比率減
3.エブリシング(Everything)
 ほぼすべての商品カテゴリーを扱うことによる差別化。そこに行けばなんでも手に入るという期待を抱かせてくれる、例えばアマゾン、楽天市場、Yahoo!ショッピングなど。
 メリット:複数商品をまとめて送ることができ物流コスト比率減
      消費者が別カテゴリーの商品をついで買いしやすい

第5章 「サステナビリティ」を考えた差別化戦略

サステナビリティに関わる4つのアプローチ
1.SDGsアプローチ
  企業も社会の一員として、目標達成に向けた取り組みが求められる。
  国際社会からの要請と言える。
2.共感マーケティングアプローチ
  ミレニアム世代やZ世代のサステナビリティに敏感な世代の共感を得て販売につなげるアプローチ
3.パーパスアプローチ
  自社がなぜ存在するのかを定義し、目的達成のために社員一丸となって社会に貢献するパーパス経営。
4.コストダウンアプローチ
  サステナビリティの実践がコストダウンにつながることもある。
  例えば包装容器の減少など。
▶サステナビリティを考えた差別化戦略はすべてのステークホルダーを重視する必要がある


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