スタート地点=生徒の興味関心|高校の探究学習を考える(2)
前回の記事でも書いたが、勤務先では後期から本格的な探究学習がスタートしている。通信制の私立高校という特殊な環境+「探究コース」所属生徒に対する個別指導という点で、以下に書くことは普通高校の参考にはならないかもしれない。が、一番訴えたいのはそのマインドの方なので、何かの面で役に立つこともあればいいなぁ、と(今後の自分への備忘録も兼ねている)。
「課題の設定」を助ける三ステップ
まずはこの螺旋図から。
よく引用されるあれ。元ネタは文科省。
下段左のテキストボックス内にある「■日常生活や社会に目を向け、生徒が自ら課題を設定する。」について、もちろんそれが一つの理想ではあるのだが、生徒の性格やレベルによっては、それがすんごく難しいことがある。そのため、「課題の設定」のための一案として、
①《ホームマーカー》を定める
②《探究の対象》を洗い出して設定する
③《主張》を作る
の三つのステップをお勧めしたい。これら三つはほぼ同時進行で取り組むケースもあるが、便宜上順を追って、今回を含めて三回分の記事で説明する予定である。
ちなみに、前提として、探究の開始を「課題の設定」という名称で表現することへの違和感について記しておきたい。「課題」というと何となく「問い」を立てなければいけないと感じられるかもしれないが、探究に「問い」は絶対必要というものでもないからだ。そのため、内容としては「主張の設定」と呼び替えた方がよいのだが、学習指導要領にも記載されている形の方が通りもよいだろうということで、ひとまず「課題の設定」と呼び習わすこととしている。
ステップ①《ホームマーカー》を定める
私個人の経験からは、生徒の興味関心を課題設定のスタート地点に置いた方がやりやすいと思う。理由はいろいろあるが、一つだけ挙げるとすれば、「探究の範囲を、生徒が自己管理できる規模に感じさせるため」。これは前回述べた「答えが出せる」探究のためにも必要だし、何より、生徒の精神衛生上必須なのである。
ちなみに、「好きこそ物の上手なれ、ともいうし、好きなものを探究する方がモチベが上がりそう」という理由は、半分正解で、半分注意が必要。好きなものは突き詰めると嫌いになることもある。趣味を仕事にしない方がいい、というのと同じ。あくまで主な目的は、探究の軸足を固め、視野を限定する点にある。生徒自身と関与度が高く、ジブンゴトとして考えられる対象であれば、好きなものでも、或いは嫌いなものでもかまわない。
つまり、探究のとっかかりとして生徒に最初に聞くことは、「あなたが興味関心を持っている(持っていた)のは何か。好きなものは? 或いは、嫌いなものは?」であり、その答えとして挙がった名詞を《ホームマーカー》として設定する。
呼び名は《探究テーマ》でも《起点》でも《精神的支柱》でも《リスポーン地点》でも《錨⚓️》でも、まあ何でもいいんだけど、これから始まる楽しくも苦しい彷徨の旅において、一寸先が見えなくなってしまった時に戻って来る安全地帯のイメージである。考え過ぎて何をしているのか分からなくなりそうな時も、「ああ、自分はこれがあるから探究を始めたんだった…」と思い出させてくれるよすがであり、自身の人生において大きなウエイトを占めるカルマのようなものであれば完璧だ。世界で一人、自分にしかできない探究に今取り組んでいるのだ、という信仰めいた情熱も、ここから生まれてくる。
また、探究では何かと「社会的意義」を求められがちだが、それも、《ホームマーカー》を掘り下げていくことで、ボーリング作業のように社会的意義の地層に突き当たる想定である。これは、《探究の対象》を掘り下げて探り当てるよりも容易であるはずだ。《ホームマーカー》と《探究の対象》がイコールではないことについては、次回の記事で再び説明する。
ここで定めた《ホームマーカー》は以降、ゴールするまでは基本的に変更しない方がよくて、原則、生徒の挙げてくる要素を絶対に否定しないことが重要。結果、担当生徒が全員同じKポップアイドルを挙げるような同担天国になったとしても、今のところは心配無用である。
ただし、注意すべき点もある。次のような事例では、生徒に自由に考えさせるばかりではなく、教員からの指導助言が有効だといえる。
事例A《ホームマーカー》の強度不足
生徒の身近な問題として、「通学路の坂」が挙がってくるケース(実際、前任校でも多かった)。高台に所在の高校だと、自転車で上がれないほど坂道がきついから、毎朝の登校すら億劫、というのは、本人たちにとってはだいぶ大きな問題であるらしい。とはいうものの、ここからスタートする探究は、大概「電動自転車を許可する」とか、「高校を高台に作らない」とか、薄味or実現可能性の低い提案になりがちで、それでは社会(大人たち)の議論に参加する資格が得られないのである。また、せっかく探究をするからには、高大接続、社会と接続できる学びを目指したい。そうすると「登校坂」では高校卒業と同時に忘れ去られてしまうわけで、《ホームマーカー》としての強度が足りない。
→《ホームマーカー》を「坂」ではなく、もう少し抽象化・概念化したものに据えた方が、探究の深みが増すし、価値づけも可能になる。たとえば、「通学路の快適性」とか、「うちの高校の改善点」とかにするなら、関連学問や先行研究の見通しが多少良くなるだろう。「登校坂」は、それらの《ホームマーカー》から少し彷徨したところにある《探究の対象》の一つとして扱うとよい。そして、万が一「坂」の探究がうまく行かなくても、《ホームマーカー》に立ち戻って、新たな《対象》を巡ればよい。
事例B ジブンゴト化の不足
《ホームマーカー》が直に社会課題に繋がりそうな場合、一見問題なく探究が進められるように思われるが、要注意。たとえば、幼い頃に交通事故に遭ってしまった生徒が、加害者から受けた印象で「飲酒運転」を呪うほど恨んでいる場合、それを《ホームマーカー》に据えたがるかもしれない。飲酒運転の撲滅は間違いなく社会課題であるし、総力を上げて取り掛かるべき問題ではある。しかし、というか、だからこそ、撲滅のためのアイデアは大概出揃っているはずで、知識の無い高校生が短期間頭を捻ったところで、せいぜい良くて「車輪の再生産」、それどころか専門家の話の輪に加わることすら不可能かもしれない。何よりも、もし飲酒運転を撲滅できたとして、当該の生徒の探究が成就したといえるか、どうか。
→生徒の探究の発端は、自身のトラウマに紐付いているはずで、それは「飲酒運転」とは別の、個人的な感情であるはずだ。ならばそれを《ホームマーカー》として言語化するべきだ、ということである。仮置きでもかまわないから、「交通事故」とか、「事故被害者の苦痛」とかを起点とする方がよいだろう。もちろん、この場合も「飲酒運転」を《研究の対象》とすることは可能である。ジブンゴトとして、矢印を自分向きに保ちながら、社会課題に相対することが肝要。
事例C《ホームマーカー》の解像度が足りない
ある生徒の《ホームマーカー》が「ポケモン」だったとする。それは良いのだが、大切なのは、どうして「ポケモン」がその生徒にとって《ホームマーカー》になりうるのか、他のゲームでは何がいけないのか、である。そこを考えずに見切り発車をして、任天堂での開発秘話や制作史、ゲームシステムや売上等を明らかにしたところで、それは単なる「調べ学習」で終止するだけだ。
→《ホームマーカー》は、最終的には探究の仮説に当たる《主張》へと繋がる入口である。詳しくはステップ(3)の「《主張》を作る」の記事で説明する予定であるが、《ホームマーカー》候補をある程度深掘りして、現段階で「どうしてそれが自分にとって探究のテーマになるのか」を考えさせることができるなら、そこで出てきた答えの方を《ホームマーカー》に据えた方が見通しが良くなる。たとえば、「ペットが飼いたかったけど、許してもらえなくて、ポケモンを育てる楽しさが自分にとってペットの代わりだった。今でも動物が好きで、将来は飼育員になりたいと思っている」といったエピソードが出てくるなら、《ホームマーカー》を「育成」といった語で表現した方が、進路に繋がる可能性も強まる。その場合は「育成」という切り口で、対象であるポケモンを探究していく形となる。
ただし、生徒によっては、この段階での深掘りが難しい場合もあるだろう。その時は、あくまで仮置きとして《ホームマーカー》を「ポケモン」に据えつつ、深掘りのための作業として調べ学習があるのだ(これ自体は探究の本編ではない)ということを生徒に理解させる必要がある。或いは、ポケモンはあくまで《探究の対象》であると想定して、他の興味関心を複数出してもらい、それらの共通因子を探ることで《ホームマーカー》を割り出してもよい。先述の「育成」の例であれば、生徒は自分の興味関心として「ペット」「飼育員」等をキーワードとして出してくるはずだから、それらの点を繋いだ円の、中心部に《ホームマーカー》を立てるイメージである。
ステップ①のまとめ
今回は、探究の入口として、《ホームマーカー》を定めるというステップについて提案をした。注意すべき事例A〜Cを挙げたが、それらに共通するのは、《ホームマーカー》と《探究の対象》を区別しなければならない、という点である。引き続き、次回の記事では、ステップ②の「《探究の対象》を洗い出して設定する」を解説する予定である。