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『白衣の女』読了

時の英首相も夢中のあまり観劇会をブッチして読み耽ったらしい←分かる

20年ぶりに再読。
初読は大学生の時で、一般教養科目の「ヴィクトリア朝の殺人と文学」という授業でレポートの課題図書の一冊として挙げられていたのがきっかけ。他にもディケンズとかブロンテ姉妹とか、有名な作品が列挙されていたけど、なぜかこれと「テス」とで迷って、最終的にこっちを読んでレポートを書いた。大学の授業はみんな面白かったけど、中でもあの授業は忘れられないものの一つだ。紹介された作品はもちろん、田中孝信先生ご自身が魅力的で、毎回とても楽しかった覚えがある。
初めはレポートのため…、と思って冷静に読んでいたけど、マリアンの日記のあたりから止まらなくなって、一気に読んでしまったはず。寝食を忘れて読書に耽る、という経験はあまり無いけど、この本はあの当時ほんとに一気読みをしてしまったし、なんなら今回の再読も、じっくり読もうと思っていたのに、3日で3巻全て読み通してしまった。
再読にあたり、さすがに20年経ったとあって、細かなストーリーは忘れてしまっていたけど、表紙裏の人物一覧を見ただけで、旧友に再会したような嬉しさがあった。特に「マリアン・ハルカム」「パーシヴァル・グライド」の名は見覚えがあったし、前者にはこの上ない慕わしさが、後者には何となく嫌悪感が湧いたのも印象的だった(フォスコ伯爵の方を忘れていたのは自分でも意外)。コリンズの書く人物が大好き。彼はキャラクター小説が本当に上手だと思うんだ…!
「ミステリー小説の先駆け」とか評されることもあるけど、筋立てとかトリックとか言い出すと粗が目立つかもしれない。私はそういう評よりも、「ヴィクトリア朝の〈24-twenty four-〉」とか言ってみる方がしっくり来る気がする(但し絶対に語弊はある、笑)。卑劣な悪と闘うジャック・バウアー、その彼の弱みとなるキム・バウアー、仲間だと思ったらそうじゃないニーナ・マイヤーズ、さらにその背後の黒幕、…みたいな立ち回りの役がそれぞれ出てくる。一つの魔の手から逃れたと思ったら次の罠、万事休すと思ったら意外な光明が…といった展開で、上巻の半ばから中巻までは疾走感すらある。下巻は解決編で、悪党たちがあっさり退場してしまう点はスカッと感に欠けるものの、ヴィクトリア朝文学のお約束で最後は主人公側がきちんと幸せになって終わるので、読後感も非常に気持ちが良い。
マリアン・ハルカムという人物を生み出したことが、この作品の最大の功績だと思っている。いわゆる『藪の中』方式で、事件の全体像を多数の証言で組み立てていくのだが、マリアンの視点からは日記という媒体を用いてそれがなされている。普通は、物語の屋台骨を支えるだけの描写を日記の文体でやってしまうのは不自然の感が拭えないだろうが、頭脳明晰なマリアンならこれくらい書けるだろうな、という説得力で以て、安心して読むことができる。この安心感が大切。自分の妹以外は敵だらけの状況で、マリアンが手抜かり無く行動してくれるからこそ、ノーストレスで読めるし、その分彼女の一時的退場が最大のピンチとしてドラマチックに感じられる。彼女の日記の末尾で、思わず鳥肌が立ってしまった。凄い。
長編だし、約200年前の作品なので、ハードルが高いと感じられるかもしれないが、読みにくいところは飛ばして、ひとまずマリアンの日記まで読んでもらえれば、この作品の魅力は伝わると思う。私も実は分かってないところがいくつかある(例∶パーシヴァル卿がマイケルソン夫人を辞職させる時、その辞職理由を「一家離散」であると念押ししたのは何故なのか、等)。でも、こんなくらいの理解力でも十分楽しめたエンタメ作品なので、ぜひ。岩波文庫版が手に取りやすく、図書館にもあるだろうし、「日本の古本屋」でも三冊セットでたくさん売り出されている。そして本作が気に入った方には、同作者の『月長石』の方もおすすめしたい。こちらもまた、機会があれば再読したいと考えている。

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