【シリーズ第47回:36歳でアメリカへ移住した女の話】
このストーリーは、
「音楽が暮らしに溶け込んだ町で暮らした~い!!」
と言って、36歳でシカゴへ移り住んだ女の話だ。
前回の話はこちら↓
前回、部屋の整理整頓の話を書いた。
私は部屋がスッキリー!という状態が好き。
もともと物は少ない。
渡米してからは、服もない。
日本から船便で送った4箱の段ボールのうち、3箱が盗まれたからだ。
「保険をかける人は少ないですよ」
段ボールを取りに来てくれた、郵便局のお兄ちゃんの言うことを聞かなきゃよかった。
ホテルの配膳のアルバイト、正社員で働いていた頃に買った洋服だ。
デザイナーズブランド全盛期、バブルは終わっても、その余韻はあり、まだまだ豊かだった。
そこそこのお値段のする、お気に入りの洋服ばかりだ。
アフリカ、オーストラリアを経由する船だった。
美しい刺繍が施されたシースルーのジャケットや、空色のセーター、ラインの美しいベージュのパンツスーツ、軽くて暖かい紺色のカシミアのコートは、今頃、異国で着られているのね・・・。
手元に残った服は、歩くとシャワシャワ音がする、ナイロン製のユニクロのパンツ2本、フリースのベスト、寒さをしのぐために持ってきた暖かい下着たち。
紛失の知らせを聞いたときは、床に倒れて突っ伏した。
「なんやっ!どないしたんやっ!」
めったに驚かない同居人が驚いた。
事情を話すと、
「大事な服やったん?」
と、シンパシーを示してくれた。
もともと、私は断捨離アン(断捨離を実行する人・・・たった今知った単語です)で、物は少ない。
渡米後に購入したものは、食器、組み立て式の棚1つ、ステレオ、必要最小限の服・・・くらい。
シカゴに定住するか、南部に行くか、ニューヨークへ行くか、自分でも、いつ、どこへ行きたくなるかわからなかったので、物を増やす気もなかった。
何もなくなったのは残念だったけれど、何もない部屋は掃除もしやすく、それなりに気に入っていた。
しかーーーーーし!
同居人は、私とは対照的に、物を捨てられないタイプだった。
彼も多くの物は持っていない。
アンプ、ギター、洋服、帽子、Tシャツなど、あとは細々とした物だ。
清潔なゴミは床に落とし、下着は床に脱ぎ捨てるけれど、洋服はいつも綺麗に洗濯をし、アイロンをかけている。
物を大切にする人のようだ。
問題は、この細々としたものだ。
彼はあらゆる物を保管していた。
ヨーロッパツアーへ行ったときの飛行機のチケット、宿泊したホテルのメモ用紙、数枚の写真は大切な思い出だ。
1ドルの壊れた懐中電灯は、捨ててもいいと思うけれど、
「修理するかもしれない」
という理由でキープ。
「何のパーツ?」
「わからん」
という不明な物も、わかった時のためにキープ。
「このメモは何?」
「腹筋と背筋の数」
「捨ててもええの?」
「あかん」
私にはゴミにしか見えない物が、わんさかある。
そのゴミは、いつの間にか箱から出てきて、テーブルを侵略する。
ゴミを箱に片付けると、
「どこやったーーーーっ!!」
と電話がかかってくる。
ゴミと思って捨てたら、ゴミじゃなかったこともある。
毎日、掃除をし、掃除をするたびに、私は失敗する。
やめればいいのにやめられない。
ある日、久しぶりに家でゆっくりできる時間があった。
しかも彼は留守。
思う存分時間をかけて、部屋を片付けた。
ピカピカに掃除を終えたとき、ふと、部屋の片隅に置かれたスリッパに目が留まった。
汚れて本来の色もわからない、ボロボロのスリッパだ。
以前からその薄汚さが気になっていた。
「そうだっ!ピカピカにしてあげよう!」
善意だった。
けれども、蛇口から出てくる水を浴びるやいなや、中の綿がモロモロと出てきて、手から生地がこぼれ落ちていく。
”あっ”という間に、綿?生地?のそぼろ状態になり、原型をとどめない。
元スリッパだったと気付く人は、まずいない。
生地が弱っていたんだろうなぁ・・・。
善意だったとはいえ、あまりに無残だ。
本来なら、この失態をきちんと謝罪する。
元スリッパを、ビニール袋に入れて、
「すみません」
と謝る準備もできていた。
ところが、ふと、魔が差した。
「履いているところを見たことがないし、見つからないかも・・・」
「捨てても捨てなくても怒られるぞ」
・・・捨ててしまった。
私が借りた部屋で快適に過ごせないフラストレーション、そして、何よりも、毎日怒られ飽きていた。
しばらくの間、彼はスリッパの存在を忘れていた。
このまま忘れ続けてくれるかも・・・と思った途端に、彼はスリッパのことを思い出した。
「俺のスリッパどこ?」
「え~っと・・・」
「捨てたん?」
「あ~・・・」
「イエス、ノー?」
「イエス」
「嫁でもないくせに、他人の物を勝手に捨てるなーーーっ!!!!!!」
正しい反応だ。
部屋の使い方に不満を持っていたとしても、彼の所有物を捨ててもいい訳がない。
大切なスリッパだったのかもしれないけれど、墓穴を掘りそうだったので、あえて聞かなかった。
これまでの、
「どこやったーっ!!」
という電話は、怒りじゃなくて、ただの会話だったのかも・・・と思えるくらい、怒っていた。
スリッパ事件は、器物損壊に加え、証拠隠滅で、100%私が悪い。
さすがに反省した。
事件以降、
「これ、捨ててもええ?」
と必ず聞く。
「ノー」
がほとんどだけれど、
「あとで捨てる」
という、理解不能な返事もある。
「あとで捨てるなら、今捨てたらええやんっ!」
と思うけれど、尊重してキープする。
他人と暮らすのは楽じゃない。