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シロクマ文芸部 掌編小説「流れるな、星」


流れ星を観に行った、14歳の夏。
初めてできた彼女、
彼女の家の近くのところにある公園へ向かって、
真夜中、家を抜け出し、
自転車のペダルを思い切り漕いで、
罪悪感で少しジメッとした風を浴びながら、
高鳴る鼓動を押しやって、
やけに広々とした深い夜の空を駆けていく。


あれからもう15年も経った。
今夜、大学の友達何人かと、仕事終わりに集まって、
ペルセウス座流星群をよく観られるという山頂まで
車で向かう最中、ふとそんなことを思い出していた。

「俺さあ、実は流れ星見たことないんだよね。」
そう言うと周りは驚いたような表情で笑い合って
「じゃあ、今日で流れ星童貞卒業だな。」
などと性もないことを言って騒ぎ立て
車内は一つ盛り上がった。


15年前のあの夜、
彼女と見上げた夜の空には
流れるはずの星が流れなかった。
TVでは確かに、
今夜は数十年ぶりに流れ星がよく見られますとか言って散々報道していたくせに、
何一つ流さない空を
あの夏の夜、僕と彼女は首が痛くなるくらい
何時間も眺めていたのだ。


山頂に着くと、柵に身を預け
食い入るように空を見上げた。
ベガだかアルタイルだか、デネブだか、
どれかどれかわからないが強く光を放つ星から、
普段なかなか拝めない星々が
点々と光っているので
何となく感傷的な気持ちになり、
思考はやはり15年前の夜へ吸い寄せられる。


流れ星を見れなかった俺と彼女は
別々の高校へ進学したこともあって
結果的にはその後すぐに別れてしまった。
短い恋だった。
キスもセックスも何もなかった。
今、こうして考えてみると
キスもセックスもなかった恋人というのは
彼女が最初で最後だった。

彼女との恋は
自分の純粋さを残したまま
不可逆的な青春の煌めきと共に閉じ込められ
いつしか憂いへとなって
それ故に俺は今でも忘れられないでいたのだ。


一瞬流れた星を俺は最初気のせいかと思った。
だがすぐにまた別の星が尾を引きながら
彼方へ落ちて消え
友達の興奮した叫びと共に
確信へと変わると
俺は悲哀の目を持って流れる星を見つめていた。

今年のペルセウス座流星群は
数十年に一度程度とあって
妙に軽々しく
次から次へ星が夜の空を流れていく。

もう二度と戻ることはできない青春の憧憬が
流れ星の一瞬の煌めきに映った。
俺は胸の内側で青春との決別の言葉を
すっかり大人になってしまった俺の
そしてこれからさらにあの15年前の夜から
否応もなく遠ざかる未来へ向けて
せめてもの抵抗のため、祈るように呟いた。

「流れるな、星。」


#シロクマ文芸部









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