エッセイ「飼い猫」
エッセイ「飼い猫」
飼い猫が壁で爪を研いでいる
カーテンレースは穴だらけ
掃除を終えると
飼い猫は飄々と私の前に現れ
トイレの砂を撒き散らした
ドアの前に鎮座した飼い猫は
私をトイレの中へと閉じ込める
膝に乗ってきた飼い猫を撫でていると
唐突に私の腕を噛んだ
無理に引き離せばエスカレートし
放っておけば
腕には無数の傷跡が残った
飼い猫が私の枕を毎晩占領する
朝起きて洗面所に向かう途中
飼い猫の吐き戻したブツを踏んだ
帰宅すると疲れた私に
遊べと遊べと鳴き喚く
名前を呼んでも
聞こえないふり
社会の中で日々を過ごしていく中
私が気持ちいいと感じる場面には
往々にして俯瞰的な目がある。
その俯瞰的な目線は
本当の意味での快感を得ることを妨げ、
たとえ得ることができたとしても
希薄なものになってしまう。
飼い猫は私とは違い
個人的な世界においてのみ存在している。
だからそうした私の人間的な
下らない価値観や道徳、生活や虚実を
猫的世界を持ってして
いとも簡単にぶち壊してくれるのだ。
おまけに飼い猫のその破壊の姿には
一切の躊躇いがなく
本能を剥き出しにしながら
真っ直ぐな眼で
私へと襲いかかってくる。
だからこそ私は
ありのままそれを受け止めることができるのだった。
日々の隙間
私がせっせと構築したものは
飼い猫によって淡々と破壊される。
これこそ私の
至福の気持ちいいことである。