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「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」 第1回 「ありがた山の寒がらす」 この世は、けだし苦界なり

はじめに
 火事と喧嘩は江戸の華…それゆえに江戸時代を舞台にした時代劇には火事が付きものです。火付盗賊改方、長谷川平蔵が主役の「鬼平犯科帳」は言うに及ばず、加藤剛主演「大岡越前」も毎シリーズ、第1回は火事が起こっています。2025年に新作が放映されたばかりの「暴れん坊将軍」でも火消しのめ組がレギュラーですね。そうした数ある時代劇の火事をも圧倒するような大火事、明和の大火(1772)をファーストシーンに持ってきた大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」、まずはドローンも使ったド派手でインパクトのある映像で視聴者の心をつかみにきました。

 興味深いのは、綾瀬はるかさん演ずる九郎助稲荷が、この人も家も町も燃やし尽く、死者1万4700人、行方不明者4000人を出した大火を、時代を象徴しているかのように語る点です。事件の起こった明和9年に迷惑と掛けて「めいわくねん」と語り出した稲荷は、「真、迷惑極まりないこの大火はある無宿坊主が盗みを企て、目黒の寺に火を放ったのが事の起こり」と、この犯罪が欲絡みであることを端的に示します。
 そして、風俗歓楽街である新吉原を映した直後に彼女が語るのは、十代将軍家治と大奥です。家治の脇に控えるのは、家基を生み国母とならんとする側室、知保の方と権勢を振るう上臈御年寄、高岳。女性ばかりで固められた大奥が、格差社会であり、また権勢欲の中心にあることを端的に説明しています。女郎たちが春を売る新吉原も、欲望の渦巻く吹き溜まり。この世は、上も下も同じであることを、九郎助稲荷はわかっているのでしょう。

 松平武元ら幕閣、賭場の壺振り女と男、おだをあげる火消し、大火の推移を見守る老中になったばかりの田沼意次の目の極端なクローズアップと次々と映像が移り変わるのも、この江戸を支配するものは、身分の上下も男女差も関係ないということでしょう。そして、その映像をバックに稲荷は「偉くなりたい、楽したい、一旗あげたい、儲けたい、たいたい鯛づくし」とあれこれ、人の欲望を並べ立てると、「万事めでたい太平の世に燃え盛るのは欲の業火」と語ります。無宿坊主の欲が江戸に大火をもたらしたことは、必然なのですね。
 田沼親子に焦点を当てながら、稲荷は「果てはこの世を思うがままにこの両の手で動かしたい」と、人の欲に際限がないとばっさり言い切ります。それは、この先、田沼政治が時代にもたらすことを察してのことでしょう。稲荷という神だからこそ、人の本質を滑稽なものとして、冷徹に言い当てています。その稲荷が、後の新吉原の説明の際にはスマホを取り出しているのも印象的です。稲荷は、2020年代の現代で物語っています。それは、2020年代という現代が、明和の時代同様、己の欲望さえ叶えればよいという利己的な社会という点で共通しているからでしょう。

 とはいえ、欲望まみれの時代で多くの人は貧困に喘いでいるのが、2020年代。それでは、この時代をどう生きてよいのか。そこで「金なし親なし家もなし、ないないづくしの吉原者」の蔦重がどう生きていくかを見てみようというのが「べらぼう」のつかみです。「鼻を利かせ風を読み、やがて江戸のメディア王」の生きざまを私たちに対する示唆とするのでしょう。しかし、この若者のどこにそんな力があるのか…そこで今回は、蔦重の原点となる才覚というものを考えてみましょう。

1.新吉原の暗部を徹底的に描くこと
 「べらぼう」は、幕府の公娼制度である新吉原を舞台にせざるを得ません。新吉原には、ファッション、芸能など文化の発信地として機能したからです。江戸の出版文化と切り離せないものです。ただ、そのようなサロンとしての華やかな側面の反面、借金のかたに売られた女性たちが性を売らされた歓楽街です。しかも多くの下級女郎が悲惨な境遇を強いられた実態も見逃せません。女性達が遊郭に務める「廓勤め」は、俗に「苦界十年」とも呼ばれました。それほどに過酷だったということです。ですから、文化の発信地であることを意識しつつも、決してここを美化しない…後ろ暗い現実をきっちり描くバランス感覚が、本作には必要になってきます。

 「べらぼう」は初回から、その作り手の覚悟を見せつけるような作りでした。浮世絵を意識した華やかなオープニングの後、蔦重が貸本先としてまず向かったのは、大見世という最高の格式の廓である松葉屋。松葉屋は、安野モヨコ「さくらん」にも出てきますから、聞き覚えのある方もいるでしょう。また、松葉屋は売春防止法(1956年成立、58年施行)以降、花魁ショーをやる料亭へと生まれ変わり、1998年に廃業となるまで残っていました。新吉原を代表する見世と言ってよいでしょう。
 また、ここには、蔦重の幼馴染、花の井がいますが、彼女は、当時、最高ランクの遊女である「呼出」。享保の改革以降、上客が貧窮に喘ぐ武士から町人に変わり、遊び方も、それまでの遊女を置屋から呼んで遊ぶ「揚屋」に代わり、遊廓内の遊びを仲介してくれる「引手茶屋」が繁盛するようになります。この茶屋に来るのが、張見世に出ず、引手茶屋を仲介する上客しか相手にしない「呼出」。所謂、「花魁」です。以前の最高ランク、「太夫」はこの頃にはいません。花魁のいる大見世の食事は、十二分なものとして描かれます。

 その後、花の井からの依頼で昔馴染みの朝顔の元へ行く蔦重。朝顔が現在いるのは、浄念河岸の女郎屋、二文字屋です。新吉原の端、つまり、九郎助稲荷が沈められたお歯黒溝の傍にある河岸見世。大見世、中見世、小見世までは、格の違いはあれど壮麗な遊郭です。河岸見世は、それらとは異質な全くの別物。場末のガラの悪い風俗街です。劇中では、言及されませんでしたが、河岸見世のなかもランクが存在します。朝顔がいたのは、河岸見世のなかでも最も格安の切見世です。切見世の揚代は一ト切(ちょんの間、約10分)で100文(3000円くらい)。これは、劇中で大文字屋の台詞にもありましたね。
 当然、見世自体も長屋のような粗末なもの、先述の松葉屋の広々とした、明るい空間とは大きく違います。場所は、そのまま、そこに住む女郎たちの劣悪な労働環境&生活環境を表します。米よりも液体の比率が高い粥…それすらも満足に食べられない食糧事情が象徴的です。常に飢えている彼女たちは、花の井の朝顔への差し入れを見た瞬間、飛びつき、群がり、一部を食べてしまいます。浅ましくともそうせざるを得ないところに、最下層の女性たちの苦境が窺えます。しかも、話に寄れば、3日も客が来ていないとのこと。ジリ貧も極まっているというのが現状。こうした事情を知るからこそ、蔦重は後に楼主たちへ直談判をすることになります。

 ようやく蔦重は、朝顔のもとへ差し入れを届けますが、労咳(結核)に臥せっているようです。花の井は、少しでも滋養にと料理と薬を差し入れたのでしょう。薬は高価なもの、いくら「呼出」の花の井であろうと安いものではなく、朝顔は感謝します。後の回想、また松葉屋に朝顔の死を伝えたところから、朝顔は、元々、松葉屋にいたことがわかります。
 何故、この場末に彼女が来ることになったのか、詳しくは語られません。ただ、察せられる事情はいくつかあります。一つは、年齢です。既に三十路以上であろう彼女は、若い頃のようには客がつかないのでしょう。また、彼女の親が更に借金を重ねて、その多重債務ゆえにより回数をこなす見世を移らざるを得なかったこともあり得ます。大見世から中見世、中見世から小見世…そして切見世と堕ちていったと想像されます。流されるしかない女郎たちの運命を、朝顔は象徴しています。そして、さらに彼女は自分より他人を心配する優しい人柄を見せています。その優しさは、過酷な境遇を生きていくには、あまりにも向いていなかったのかもしれませんね。

 因みに朝顔が臥せっているこの二畳は、彼女の寝起きの場であると同時に職場です。ここで客も取るのです。しかも、「一ト切、100文」という歩合制ですから、一回の儲けでは日銭すらなりません。一日のうちに複数の客を取らざるを得ない。栄養状態も満足ではなく身体も壊しがちな遊女が、狭苦しい二畳間で一日の間に複数の客を取る。不衛生であることは、言うまでもありません。切見世では、客が性病など病気をもらってしまうリスクがあるのは自明でしょう。それゆえ、「病が当たる」ことを「鉄砲が当たる」と掛けて、切見世の女郎を鉄砲女郎と蔑んだのです。
 もっとも、新吉原を訪れる多くの男性たちは、格の高い見世には上がることができません。張見世を見物だけして、格安の切見世を利用するのが関の山。つまり、江戸の男たちは、食べるものも食べられず、借金地獄で焼け石に水とわかりながらも多くの客に春を売らねばならない…最下層の過酷な生き方をする女性たちを蔑みながら、それを踏み台にして快楽を得ていたということです。捻じれて歪んだ男女のあり様、新吉原の暗部が、河岸見世には凝縮されています。

 それだけに、朝顔を姉さんとして心配する花の井の気遣い、そして朝顔にせがまれ、忙しいなか、風来山人(平賀源内)の「根南志具佐」を読んで、楽しませる蔦重の優しさは、際立ちます(朝顔が大見世で教養を身に着けていたこともさりげなく示されています)。しかし、新吉原への客足が遠のいている…場末の女郎は食べることすらままならない…この現状は、蔦重や花の井の個人的な情だけで何とか出来るものではありません。
 結局、食べたいばかりに付け火をする場末の女郎が、出る始末…彼女は「火事の時は仮宅で安いから客が押し寄せた。もういっぺん、ああなれば腹一杯食えると思った」と泣きじゃくります。「仮宅」とは、火事のときに作られる安い価格の臨時営業所。大火後、しばらくは安さゆえに客が取れたのでしょうね。ただただご飯が食べたかった彼女の末路は死罪です。

 そんななか、花の井の差し入れ料理すら年下の遊女たちに上げていた朝顔も亡くなります。労咳もあり長くはないと察していたのでしょうが、結局のところは栄養失調、餓死といったところでしょう。付け火と朝顔の死は、河岸見世が既に追い詰められていることを仄めかしています。根は同じです。浄閑寺へ朝顔の骸が捨てられたということで、蔦重は急ぎ、駆けつけますが、そこにあるのは、盗人どもに身包み剥がされ全裸で転がる朝顔の骸。他にも三体の女性の遺骸がありますが、状況は同じです。彼女たちも餓死、あるいは病死した女郎なのでしょう。

 折り重なるように打ち捨てられた全裸の女郎たちというビジュアルは、女郎の末路を端的に表したものとして衝撃的なものでした。今回の「べらぼう」では、大河ドラマ初、インティマシー・コーディネーターが導入されました。大まかな説明をするなら、性的なシーン、ヌードなどにおいて、俳優たちを守りながら、演者と演出家の間を調整する役割ですが、全裸で打ち捨てられる女郎の末路というかなり踏み込んだ演出は、インティマシー・コーディネーターの存在なくしては実現しなかったでしょう。新吉原を非情の人非人の世界として、その暗部を容赦なく描く…この姿勢に「べらぼう」スタッフの並々ならぬ覚悟が窺えます。

  また、蔦重が朝顔の遺骸から衣を剥いだのは盗人と話していた点も注意したいところ。穢多・非人といった最下層身分の人々、あるいは死体から盗まねばならぬほどに生活に困窮した人々が、盗人の正体ということです。近隣の農村や市井など貧苦に喘ぐ人々が、娘や妻を売り、吉原を支えています。そして、その女性たちが死体となって苦界を出れば、穢多・非人や貧苦に喘ぐ人々が着物を剥ぐ。無論、穢多・非人にとって、それは生きるための権利として許されていることですが…遊女たちからすれば、吉原は外も内も地獄だということになるでしょう。

 したがって、全裸で転がされるというこの苛酷な情景が、吉原という苦界にいる女性たちの運命が何たるかを象徴しています。これを見た蔦重、「吉原に好き好んで来る女なんていない。きついけど白い飯だけは食える、が吉原だったんだ。それがロクに食えもしねえって。そんなひでえ話があるのか」と怒りを滲ませる背景には、そうした現状があると思われます。
 そして、これが、蔦重の優しさと何とかせねばという行動力に火が着いた瞬間です。九郎助稲荷の言葉を借りるなら、これもまた「欲の業火」の火種となるのかもしれません。人は二面性があり、善悪だけでは割り切れませんし、彼もまた人でなしの吉原者の一人ですから。ともあれ、新吉原の暗部が、蔦重の人物造形、そして物語の発端とつながっているのが、巧妙な演出と言えるでしょう。


2.公儀も新吉原も拝金主義
(1)忘八楼主の詭弁と憂鬱
 しかし、新吉原の若造に過ぎない蔦重は、世間が、社会の仕組みがまだ見えていません。それを象徴する場面が、二つ描かれました。一つは、駿河屋二階の座敷で楼主たちに直談判をするシーンです。日本橋の料亭「百川」の凝りに凝り、贅を尽くした料理に舌鼓を打つ楼主たちにとって、河岸見世の女郎は「今朝は驚きましたな、腹減ったくれぇで付け火とは…」「河岸女郎の頭んなかはどうなっとりますことやら」と談笑のための酒の肴程度のものです。彼女たちの心情を慮る者は、一人もいない。新吉原が、どういう人々が動かしているのかを端的に見せています。

 そんななか、「あいつらにはかぼちゃ、かぼちゃ食わしときゃいいんですよ」とおだをあげるのは、大文字屋です。松葉屋が「大文字屋は女郎にかぼちゃ食わせてのし上がった店だからね」と笑ったとおり、大文字屋は河岸見世から始め、大見世へとのし上がりました。自らかぼちゃを標榜するなど剽軽とも言われる彼が、苦労人であり、商才があったということになりますが、その実は、女郎たちから搾れるだけ搾り取り、それを踏み台にしただけのこと。元は河岸見世をやっていた大文字屋は、河岸女郎の実態など百も承知で「そうそう、河岸女郎にはかぼちゃかぼちゃ」と自分の商才をひけらかしているのです。乱暴な口調以上に冷酷で冷徹な男であることが窺えます。

 宴も酣(たけなわ)…ここで襖をバンと開け、水を差す蔦重…「河岸は今、そのかぼちゃにすら難儀しておるのでございます」と新吉原が窮地にあると訴えます。主の駿河屋市右衛門が「けえれ…お前の来る場所じゃねぇだろ」と言うのは、身分を弁えろということです。そもそも、意見出来ない…遊郭に、女郎に格があるように、働く男たちも格差があります。蔦重は駿河屋の養子ですが、本人曰く「十把一絡げの拾い子」。他に奉公に出されなかっただけで、替えの利く駒に過ぎません。駿河屋の実子、義兄の次郎兵衛とは身分は違う…序盤で話されたことが、現実として効いてくるのですね。

 しかし、朝顔の死で思いだけがはやる蔦重は、楼主たちが聞く耳を持たないまま、宴に耽るのも構わず、「どうか、しばらくの間、親父さまたちから河岸に炊き出しでも何なりでもしてもらえねぇでしょうか」と女郎の窮状を救ってくれるよう懇願します。
 それでも、無反応な楼主らに「このままじゃ女郎はどんどん減りますよ…そうなりゃ客も減るし、店も潰れる。んなの親父さまたちだって望んでねぇでしょ」と、追いすがります。女郎らの餓死は、新吉原全体の問題とするところまでは思いついた蔦重です。人的資源の話であれば、耳を貸すと踏んだと思われます。しかし、それは労働者目線の考え方。

 百川のかぼちゃ料理を投げつけ「うっせぇな、別に悪かねぇんだよ。女郎がどんどん死ぬのは」と言い切る大文字屋市兵衛は、蔦重とは人的資源の捉え方が違います。「河岸見世の女郎は呼出のような格別の女でもねぇ。正直、どこんでもいる女だ。一ト切、100文で股開いているだけだろうが」と言い捨てます。吝嗇で知られた大文字屋市兵衛だけに、大金を生む呼出ならばともかく、安女郎には投資の価値はないというわけです。
 楼主は言うなれば、妓楼の経営者です。安い投資で最大限の利益を得るのが彼らの道理です。女郎は生きた商品であり、人ではありません。勿論、客引きの牛太郎を始めとした男衆にしたところで、替えの利く労働者でしかありません。吉原を会社とするなら、河岸女郎は利益を生まない不良在庫、役立たずの男衆はリストラ要員ということです。

 利益のためならば、使えないものを置いておく道理はなく、寧ろ、使えないにもかかわらず諸経費だけかかる穀潰しでしかない。ですから、大文字屋にしてみれば、河岸女郎こそが不景気の元凶と見ているのでしょう。後に彼は、警動を訴えに言った蔦重を殴りつける際に、行き場を失った岡場所の女郎の面倒を見る羽目になることを危惧していますが、それも同じ理屈でしょう。こういう彼ゆえに、「んなもん、どんどん死んで入れ替わってくれたほうが客も楽しみなんだよ」と言い放ち、蔦重を腹いせに殴りつけます。売れない商品を入れ替えるのは、商売では常道ですからね。彼は、女郎をモノとしか思っていないのです。

 大文字屋の言葉に「百川だって毎回同じじゃねぇ」と相槌を打つ松葉屋の言葉の酷薄さには、寒気すら感じさせます。一流料亭の百川ですら、同じ料理を出さない。ならば、安い女郎が何度も出てくるのは、あり得ないだろうと、彼はせせら笑うのです。彼らの言葉に異を唱える者はいない…「女は人ではなく商品でしかない」が楼主たちの総意であり、新吉原という空間の過酷な現実ということです。現実をわかっていても「余りにも情けなかねぇですか、親父さまたちは人じゃねぇです。人として…」と、蔦重が思わず言いかけてしまうのも無理のないところです。

 蔦重の責める言葉に「生憎、あたしたちは忘八なもんでね…」と自虐的に口を挟むのは、楼主たちのなかでも最も教養人である扇屋宇右衛門。棟上高見(むねあげのたかみ)という狂歌師としても知られる彼は、「墨河」の号を持ち、書にも和歌にも通じており、自分の見世の女郎たちにもそうした教養を身に着けさせるほど。ですから、「唐詩選」など漢籍に通じていなければ、扇屋では恥をかかされるというほどの格を持っていました。彼の口ぶりには、新吉原に住む以上は、欲望の苦界ならではのしきたりに従うしかないのだという諦観が、窺えます。
 ここに住む以上、楼主、女将になるしか、頂点には立てません。しかし、女郎を搾取し、客から金を巻き上げる楼主は、何をしようが、仁・義・礼・信・智・忠・孝・悌を忘れた忘八になるしかない。生きるも地獄、死ぬも地獄…楼主もまた宿命からは逃れられないというわけです。高い教養を身に着けている彼だからこそ、忘八の限界、人には成れぬことを知っているのではないでしょうか。

 その諦めが、扇屋に「忘八は丑寅門の人でなし 午の出入りは無き葦の原」という狂歌を即興で吟じさせます。吉原は江戸城に対して北東(丑寅)の方向にあり、また唯一の出口、大門も吉原のなかで丑寅の位置にある。つまり、鬼が通る鬼門に吉原と大門がある。つまり、そこを通り、住まう者は忘八の鬼、人でなしになるかない。一方、「午」という南には出口がない。何故ならそこは葦の原(吉原)だから、というわけです。つまり、忘八になるしかない自分の境遇を皮肉った自虐的な歌と言えるでしょう。これを、ジェイソン・ステイサムのフィックス声優である山路和弘さんの声で言われてしまうと、なんとも説得力と味わいが増します。

 扇屋の境遇が、彼を狂歌の風刺、皮肉という本質と響き合っているのかもしれません。せめて、粋をこうして見せつけねばやってられない…そんな鬱屈もあるようにも察せられます。ですから、楼主たちが「上手い!」「午、だけに(笑)」と手を叩き、喝采をあげても彼自身は、それには乗らず、静かに盃を重ねています。
 大文字屋や松葉屋のような表立った冷酷さも暴力性もない知的な扇屋は、後に楼主たちが蔦重へ殴る蹴るの仕置きをしたときもそれには加わっていません。ただ、彼の教養は、諦観と自虐ゆえに、状況を追認するだけです。女郎たちを救いもしなければ、客が遠のく吉原の現状も変えることはありません。教養にかこつけた詭弁です。

 当然、蔦重の心には響きませんから、「けど!」となおも反論しかけます。が、ここでずっとイライラしていた駿河屋が遂に激昂。蔦重の頭をつかむと階段まで引きずり、遂には階下へと叩き落とします。そして、引きずられながらも「俺たちは女郎に食わせてもらってるじゃねぇですか」「吉原は女郎が御輿で、女郎が仏…俺ぁそうやって教え込まれやしたんで…」と正論を言い募った挙句、転がり落ちた蔦重へ「うっせぇんだよ」との捨て台詞を投げつけます。その傲岸に見下ろす眼差し、階下に転がる蔦重の情けないさま…その構図が、新吉原の格差社会を端的に示していますね。そして、これが今の蔦重の現状、立ち位置なのです。

 転がり落ちた蔦重を、内所から饅頭をほおばりながら、しらーっと見ている駿河屋の女将ふじの様子がまた印象深いですね。大黒屋の女将おりつもそうですが、たとえ女性であろうとも楼主はすべて同じ価値観にいることが、わかります。蔦重のさまを見ても、算盤を弾くふじ…吉原遊郭は、金がすべて、金を持っているものだけが意見を言う資格がある、その現実をより印象づけています。

 それにしても「俺たちは女郎に食わせてもらってる」という言葉は、言い得て妙ですね。そう、1万人いると言われる新吉原の人々の生活を支えているのは、3000人の女郎たちです。「女郎が御輿で、女郎が仏」…蔦重が教え込まれたことは、正論です。しかし、現実、その利を貪るのは、ほんの一握りの楼主たち。
 吉原遊郭を支える拝金主義と格差社会は、富める者が総取りし、持たざる者はほぼ永遠に持つことがないというシステムです。女郎たちは、人ではなく性を売る商品…モノとして扱う絶対的な関係性が、このシステムを堅牢にしています。「女郎が御輿で、女郎が仏」とは、システムを円滑に動かすための詭弁に過ぎません。楼主たちが、もっとも蔑む女郎たちによって、楼主たちが栄える…その転倒が窺えます。

 そして、これによく似ているのが、「百姓は生かさず殺さず」という江戸期の農政を表す言葉があります。由来となるのは、「落穂集」に載る家康の言葉とも、三田村鳶魚「江戸雑録」に載る本多正信の言葉ともされますが、本来は「百姓が生きていけるように税はほどほどに取りなさい」という寛容の精神を説いたものです。しかし、現在は過酷な税の取り立てを指す言葉へと転じてしまいました。江戸時代の経済を支えたのは、経済の根本である米を生産した大多数の百姓たちです。しかし、その利のほとんどは、大商人や一部の裕福な大名・旗本たちに占められていました。支配階級が、その絶対的な立場で自分たちを支える者たちを虐げる構図が、ここにもあります。

 因みに新吉原では絶対的な権力者である楼主たちも、一度、吉原を出れば、世間の鼻つまみ者、吉原者に過ぎません。先の大文字屋市兵衛が、神田の屋敷を購入しようとして手付金まで払ったところ、売主は名主にその売買を差し止められます。憤った大文字屋は、町奉行に訴えますが、町奉行は妓楼の楼主などという卑しい職業の者が江戸城付近の土地を買うなど「甚だ不届き至極」と叱責したと言われます。楼主たちの社会的地位は低かったのです。
 また、それより遥か後の「世事見聞録」(1816)には、楼主たちについて「ただ憎むべきものはかの忘八と唱ふる売女業体のものなり。天道に背き、人道に背きたる業体にて、およそ人間にあらず、畜生同然の仕業、憎むに余りあるものなり」と、その非道を散々に言われてもいます。世間の評判も悪かったことが窺い知れます。

 その一方で、お大尽や武士たちは、自分たちが蔑む吉原者たちによって、性的な快楽を提供され、楽しんでいる…場所を変えれば、楼主も吉原内の女郎の立ち位置と同じなのですね。扇屋が、自虐的な狂歌を詠んだのも、自分たちが何をしようと、世間から憎まれ、蔑まれ、社会的地位は向上することはない…その鬱屈があったと察せられます。また、客の前以外では常にピリピリとし、蔦重に感情的にしか振る舞えない駿河屋も同じ鬱屈があるのかもしれません。

 こうして見ていくと、「べらぼう」における新吉原とは、拝金主義の格差社会という世の中の仕組みを煮詰めた社会の縮図であるのかもしれませんね。そして、その縮図は、多くのサラリーマンたちの生活が苦しく、一部の金持ちや政治家たちが利を貪る…2025年を生きる私たちの時代や社会にも通じるのではないでしょうか。女性たちの生きづらさも含めて、何も変わっていない。女郎たちは、蔦重は、私たちそのものが投影されているのかもしれません。
 ですから、蔦重は諦めません。諦めたところで、女郎たちの苦境は何も変わらないからです。立場と、その無力を思い知った蔦重は、中から変えることはとりあえず手を引き、公権力という外側の力を頼みにしてみようと考えます。

(2)広い視野からこの世は金と諭す意次
 吉原から客足が遠のく原因は、深川や本所などにある無許可営業の風俗街「岡場所」、飯盛女(売春婦)を置く品川などの宿場町といったライバルにあると踏んだ蔦重は、公儀の取り締まり、警動で事態の打開を図ろうと考えます。紆余曲折あって、ときの老中、田沼意次に意見する機会を得た彼は、物怖じすることなく、新吉原の窮状を訴え、警動を願い出ます。彼の訴えは、公娼であるゆえに運上・冥加(税金)も納めている吉原が、違法な岡場所や宿場町の飯盛女のせいで、衰退するのは道理が通らないというもので、一見、筋が通っています。

 また、警動後は、滞りなく幕府への税金にも色をつけるだろうとし、幕府に利があることも加えて置くところは、やはり蔦重も骨の髄まで金と欲の苦界の住人ですね。そもそも、彼の日常は、例えば、長谷川平蔵を「血筋自慢のチャクチャク野郎」と見極め、平蔵をおだて上げ、駿河屋へ世間知らずの極上のカモとして引き渡し、金を巻き上げるのが茶飯事。その手管は、蔦重の商売人としての現実感覚を端的に示しています。ただし、警動に関する申し出については、正論だけで押し切るきらいが察せられます。それは、良心がこの訴えの発露であること、どこかで公儀は、吉原と違い、まともな判断をするのではという期待があるからでしょう。

 しかし、意次の答えは、「吉原のためだけに国益を逃すわけにはいかんのでな」とバッサリ、警動の必要はないと言い切ります。「国益…」と蔦重が訝るのは、吉原から離れて生きることがなかった彼にはなかった視点だからです。訝る彼に「宿場町と言えば、千住、板橋、内藤新宿あたり…」と切り出した意次は、宿場町が一つでも潰れたらどうなるかと問います。意次があげたの江戸の4宿。街道と照らし合わせると、品川(東海道)、板橋(中山道、川越街道)、千住(奥州街道、日光街道、水戸街道)、内藤新宿(甲州街道、青梅街道)となります。

 貨幣経済が浸透し、大量消費社会になりつるある江戸の町を支えるのは、物流です。その物流を支えるのが、各地をつなぐのが街道であり、その要が宿場町なのです。それが、一つでも潰れれば、江戸は町としての機能を失うのです。また、物流が途絶えることは、地方の生命線が絶えるということ、地方経済も衰退します。秀吉や家康が、天下一統を成し遂げたとき、街道整備に力を注いだのは、国の経済が物流にあることを理解していたからです。ですから、意次が、国益という言葉を使うのは、政を担う老中の視点としては至極もっともなことと言えるでしょう。

 こう問われては、蔦重も宿場町の重要性に気づかざるを得ません。そして、こうした宿場町を活性化させるのが、賭博と女であることは、吉原者には、あたりきしゃりきのこんこんちき…おっとべらんめえ口調が少し移りました(笑)今も昔も、博打も女遊び(ホスト通いも含む)も、公序良俗の面から見れば、よいことではありません。人々を身の破滅へと誘うことも少なくない。そして、楽して稼げるところが、ヤクザの栄える温床にもなるのも自明の理。悪所と呼ばれる所以です。
 にもかかわらず、現在に至るまで消えることがないのが、賭博と女。もっともわかりやすい人間の欲望を刺激するこれらは、裏を返せば、最も容易に金になる商売になるからです。そして、その潤いが、宿場町を宿場町として機能させる。

 だから、意次は、宿場町の飯盛女たちは違法であっても、必要悪であるというわけです。そして、宿場町が栄えれば、物流は滞りなく、寧ろ、より豊かになり、人と物と金が集まる江戸全体を活性化させることにつながります。意次は、吉原から上がる上納金が少しばかり上がることよりも、金が回り経済全体が活性化するほうが、幕府が潤うことを知っています。そう言えば、経世済民ということが、民を救うことではなく、今の経済の意味に近づき始めたのも江戸期でした。貨幣経済の何たるかを理解しているからこそ、この世は金だとの本質を意次は突くのです。色と金の吉原者にそれを解くという転倒がおかしいですが、意次には蔦重が吉原者にしては随分と無垢な奴と見えたかもしれませんね。

 このように国益をうそぶく意次ですから、先に和泉屋から肥料と称され受け取った賄賂も、田沼家の蓄財となるのではなく、経済を回すために使われるのだろうと思われます。まさしく経済の肥やし、金肥にされるのやもしれません。この世は金ゆえ、それが回るよう潤滑にすることをよしとする。意次にとっては賄賂も必要悪ということでしょうか(近年の研究では意次は金満政治家ではなかったと再評価されています)。世を動かしたい欲はあっても、私利私欲に根差すものではないというところでしょうか。そうした面が、吉原の価値観に染まりながらも、我が身を支える街を見ようとする蔦重と響き合うことになるのかもしれません。

 蔦重の訴えを国益の側面から突っぱねた意次は、なぜか上座を降りて、蔦重のもとまで寄ってきます。直談判に来た蔦重の心意気には興味を引かれたのでしょう。そして、料亭百川と昵懇であることを指摘しながら、新吉原の衰退は「忘八親分の取り分が多すぎるからではないのか」とピシャリと言い当てます。下情に通じた意次は、商人初め多くの下々の話を聞いているようですが、情報収集も兼ねているのでしょう。だから、指摘は的確です。

 経済が回るなか、吉原だけが衰微するのであれば、それは吉原自体に問題があるのだというわけです。忘八楼主たちのことは、その一例に過ぎません。だから「客が来ないのは吉原そのものに値打ちがなく」「人を呼ぶ工夫が足りんのではないか」と言うのです。意次が、ここまで言うのは理由があります。意次が老中になる前になりますが、実は1765年に品川、板橋、千住の宿場町で飯盛女の規制が行われ、逆に新吉原への増員が許可されています。つまり、新吉原への優遇策が取られ、結果、各宿場が衰退したのです。意次が、警動を行わないのは、その反動です。また、優遇策を得ながら、衰退させたのは新吉原が公娼の座に胡座をかいたとも言えます。

 そして、意次は静かに「お前は何かしているのか、客を呼ぶ工夫をしておるのか」と蔦重に問いかけます。目を見張る蔦重…まさに目から鱗の落ちた瞬間です。「金なし親なし家もなし。ないないづくし」の蔦重は、困ったときは楼主やお上に訴えるしかないと思い込んでいました。しかし、「ないないづくし」の彼では、欲望の世界にどっぷり浸かった楼主や老中を動かすことは出来ません。

 まずは、自分自身が利益を生む何かをして見せる必要がある…出来ることを考えるべきだと思い至るのです。盲が解けた蔦重は「ありがた山の寒ガラスにございます!」と洒落っ気たっぷりに深々と一礼します。楼主らによって拝金主義と格差社会の現実を突き付けられ、意次からは視野の狭さと無策を指摘された蔦重。河岸見世の女郎たちを救いたい…個人的な優しさから始まったその思いは、持ち前の行動力に今、新吉原全体のために自分に何が出来るか、何をすべきかを考え抜く…その方向性を与えたということでしょう。

おわりに
 実は、蔦重の人間性と力は、冒頭の明和の大火で仄めかされています。燃え盛る炎のなか、花の井が見つけたのは、九郎助稲荷の像を持って逃げようとする妹分のあやめとさくら。「稲荷さんなんておいていきな!」と至極当然な言葉で叱りますが、二人は「嫌だ、願いが叶わなくなる」と動かそうと必死です。「死んだら元も子もないだろ」と言っても、「お稲荷さん焼けちゃう」とかじりつく始末。彼女らを諭すべき姉さん分の朝顔にいたっては、彼女らのために稲荷像を括りつける麻紐を探して来ていますから、花の井は呆れるしかありません。

 とはいえ、二人の稲荷にすがる思いとは切実なものです。そもそも、新吉原にいる女性たちは望まぬ形で苦界に身を沈めた者たちばかり…晴れて年季が明ける、お大尽に身請けされる、とここを生きて出られるのはほんの一部。金と色の世界には夢も希望もなく、せめて稲荷像に願掛けをするぐらいしか救いがない。そんな稲荷が焼けるということは、自分たちの掛けた願も焼けて無くなるということです。だから、彼女たちはこだわるのです。その思いは、先輩である朝顔や花の井も同じ。だから、二人の一途に流されかけるのです。。
 
 そんな彼女らのもとへ駆けつけた蔦重、わけを瞬時で理解した彼はわずかに思案すると「よし、燃えなきゃいいんだな」と、運ぶには重すぎる九郎助稲荷像はお歯黒溝へドボンと沈めて焼けるのを避け、水も火も危うい祠は男手の自分が背に括りつけ、皆を先導します。ここには、新吉原に住まざるを得ない女郎たちのために炎のなか駆けつけ、その切実な思いを汲む優しさと、追い詰めた状況のなかで現実的な対処を思いつく機転という蔦重の本領があります。

 優しさを動機としながら、新吉原という場所で現実主義的な感性が組み合わさるとき、思わぬ機転が生まれる。稲荷を燃やさずに女郎たちを助けたのも、優しさと現実の絶妙なバランス感覚のなせる業なのだと思われます。そして、このバランス感覚が、蔦重の「鼻を利かせ風を読」む力の源になるのでしょう。

 世間知らずの蔦重は、朝顔を悼む気持ちから猪突猛進して失敗しましましたが、結果、欲望で出来た世の仕組みを改めて垣間見ました。上も下も拝金主義ならどうするか…蔦重が思案するのは、新吉原が魅力あると客に思わせるしかない、このことです。
 楼主に殴られ、桶に三日三晩閉じ込められても考え抜いた彼が閃いたのは、新吉原のガイドブック「吉原細見」…はたまた何を奇抜なことを思いついたのやら…って、大体、知っていますが、ここでそれを話すのは野暮ってものです。次回の活躍を楽しみにしましょう。

追伸:第1回は状況説明が必要ということで長くなりましたが、次回以降は、一場面か二場面程度、解説する短めの記事にしていく予定です。


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