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『中国行きのスロウ・ボート』(村上春樹)の感想/印象的な文章

表題の文庫本を読みました。

表紙は梨だろうか?と思ったが、これがスロウ・ボートなのか?


初期(80年代)村上春樹の短編集。
『ノルウェーの森』で大々的に有名になる前の短編ということで、全体的に文章が良くも悪くも若々しい気がしました。

今回は文庫本版(中央文庫)を読んだのですが、その後私選著作集(『村上春樹全作品 1979~1989』)に収録される際には大なり小なり改定されたようなので、また機会があれば著作集版も読んでみようと思いました。


1.「シドニーのグリーン・ストリート」

「シドニーのグリーン・ストリート」は、後のシリーズものライトノベルなどで一つのテンプレになる「男の探偵役が女の助手のパワフルさにタジタジになりながら協力して事件を解決に導く」っぽい
(適度で定型的なラブコメ要素が、物語に時間的幅をもたらしているからこそシリーズ化しやすいのだろう)

やはり村上春樹は「ライト」であり、その後の日本文学(ポピュラーカルチャー)の「起源(祖)」なんだなぁと感じました。

最後の三行はなぜか印象的だった。

もしあなたが何か問題を抱えているなら、僕が印刷工になってしまう前に、グリーン・ストリートにある僕の事務所のドアをノックして下さい。とても安い料金でひきうけます。おまけもします。ただしそれが面白い事件であればね。

「シドニーのグリーン・ストリート」288項

2.「貧乏な叔母さんの話」

「貧乏な叔母さんの話」は生きながらにして名前を失ってしまっている(匿名な存在に堕している)というテーマ。

以前読んだ春樹の短編集である『東京奇譚集』の「品川猿」にテーマ的に通じるものがあるような気がした(「品川猿」は名前の無意識的な能動的忘却がテーマだったが。

死ぬ前から既に名前が消えてしまっているタイプ、つまりは貧乏な叔母さんたちだ。…そんな時〔自分の名前を他人に忘れられている状況〕、僕は自分が土の下に埋められていて、左足の先だけを地面に突き出しているような気分になる。誰かが時たまそれにつまずき、そして謝り始める。いや、失礼、でもここまで出かかっているんだけどな・・・

「貧乏な叔母さんの話」 63項

3.「ニューヨーク炭鉱の悲劇」

「ニューヨーク炭鉱の悲劇」はあまりに話の脈絡がなくて(超展開すぎて)理解困難な感じ。別々の話が並行して物語られる感じ。

専門家の考察が必要だなと思いネットで調べると、「生と死」、「現実と非現実」の淡いがテーマのようだ。なるほど。

ただ下記の言葉は印象に残った。

「でもリクエストって嫌よ。なんだか惨めな気持になるんだもの。図書館で借りてきた本みたいにね、始まった途端にもう終わる時のことを考えているのよ」

「ニューヨーク炭鉱の悲劇」114項


あまりテーマと関係ないが、やはり村上春樹の小説特有の「状況に対するディタッチメント(受動性)」は健在で面白い
これも後の時代のライトノベル的な、男性主人公の「美学・自意識」に影響を与えているな(巻き込まれ系)。

そういう時〔何かがひっかかっているとき〕、僕は自分の方からは何ひとつ行動を起こさないことに決めている。状況のままに身をまかせ、事の成り行きを見届ける。もちろんそれがはずれに終わる場合だってある。しかしよく言われているように、ほんの小さなことが先に行ってとてつもなく大きな意味を持ち始めることだってないわけではないのだ

「土の中の彼女の小さな犬」 210項

4.「中国行きのスロウ・ボート」

「中国行きのスロウ・ボート」では、僕の実存と合致する言明を見つけた。

彼女の働きぶりを横で見ていると、僕の熱心さと彼女の熱心さは全く質の違うものであるような気がした。つまり、僕の熱心さが『少なくとも何かをするのなら、熱心にやるだけの価値はある』という意味での熱心さであるのに比べて、彼女の熱心さはもう少し人間存在の根元に近い種類のものだった。
うまく説明できないけれど、彼女の熱心さには彼女のまわりのあらゆる日常性が、その熱心さによって辛うじて支えられているのではないかといったような奇妙な切迫感があった。

「中国行きのスロウ・ボート」27項

ペダルを漕ぎ続けないと倒れてしまうという切迫感や、100でなければ0になってしまうという悲壮感。

5.「カンガルー通信」

カンガルー通信」が一番僕にとって面白かった。
仕事で普段「問い合わせを受ける人間」として、そして「精神に(大なり小なり)異常を抱える人間として」、共感したのかもしれない。

似たような文章を(「自分の今の仕事内容」や「自分の今の精神性」に基づいてパラフレーズした文章を)書いてみたいなと思ったぐらいだった。

他者に書くことを双発する文章はやはり強い。村上春樹侮れがたし。

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