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【怪異譚】異世界の扉が開く雨の日の喫茶店(後編)
多分だろうけど、この部屋に入って一日が過ぎた。
ペンがあって良かった。本の隙間にだいたいの時間を記入している。
そして、扉を開けて外に出ることが出来るようになった。外と言っても廊下だ。一本の廊下が長く続いている。
歩いてみる。シーンとしている。
「誰もいないのだろうか?」
喫茶店の席に座っていた人はいるのではないかと思っていた。でも、人がいる気配はない。
トイレがあった。普通のトイレだ。おかしなモノなど何も無い。
また廊下を歩いてみる。コツコツと私は歩く。
「あ!扉がある!」
それも、幾つもある。
私のような人がいるのではないか?
コンコンとノックした。
扉は開かず中からの返事もない。
「やはり誰もいないのだろうか」
それにしても、光のない所なのに明るいのはなぜだろう。不思議な世界だった。
あの少女にも会っていない。
私は部屋に戻った。
また本を読むことにした。
でも、役に立ちそうな情報は書かれていない。
その本は
「異世界への案内」
と書いてあるだけで、中身はないのだ。
しばらく過ぎた頃、
扉の下から紙が滑り込んできた。
「なんだろう」と、すぐ手に取った。
それには、
扉の下から失礼します。廊下で話すと、少女が来て部屋に戻されるので、この方法でお伝えします。あなたはパスタを食べていた人ですね。やはり此処に囚われましたか?私は喫茶店の中でPCを持っていた者です。わかりますか?
私も囚われているのです。
そして、多分、あなたの隣の部屋に。よかったら右の壁をトントンとしてくれませんか?
私は書かれていた通り
右の壁をトントンしてみた。
すると「トントン」と返事が来た。
「やはり人がいた!」
この情報に私は喜んだ。
しばらくして、また扉の下から紙が滑り込んで来た。
やった!あなたと会話が出来るようになった。とても嬉しいです。
私は此処に来て、多分2週間ほど経っています。
不思議なんですが、雨の日にだけ、喫茶店が開いて、異世界へ連れて行かれます。そして雨の日だけ喫茶店で食事が出来るんです。
そして、食事が終わると、また此処に戻されます。
あなたが喫茶店に入った時、何か感じませんでしたか。
それは重要なことなんです。
感じた!確かに気持ちがざわつく感じがした!この人はそれを言っているのね。
私は「わかった」という念を込めて
壁をトントンと叩いた。
そして、向こうからも、トントンと返事があった。
しばらく経って扉の下から紙が滑り込んで来た。
私たちは此処から出て行くことが出来るかもしれません。
雨の日の喫茶店に新しい客が来た時に、一瞬だけ気持ちがざわつきます。
そして、新しい客と入れ替えに、外に出ていけるかもしれない。
それは一瞬だけど、やってみる価値はあると思います。
喫茶店での席は以前と同じ場所に座らされます。でも、客が来た時には、私たちは動けるんです。素早く動き外に出て扉を閉めれば元に戻れると私は考えています。やってみませんか?一緒に。
私は驚き、でも、もちろんやってみたいと思った。
そして、壁をトントンと叩いた。
向こうからもトントンとして来たので
作戦は実行することになった。
PCを持っていた人は、窓際の席だったわ。私よりもドアに近い場所だった。
私は希望を持つことが出来て喜んだ。
そして、雨の日を待った。
その日が来たのか。
私は喫茶店へ連れて行かれた。
連れて行かれたというより、気付くと席に座っているのだ。
注文はされない。自動的に食事が出される。オーナーは、私たちを無視している。いや、気付いていない。
私はPCを持つ人と目配せをした。
そして、外は大雨だ。
客がやって来た。しかも5人も。
「今だ!」
私はPCを持つ人と一緒に扉に向かった。オーナーは、新しく来た客に気を取られている。
最後の客が入った時と同時に、私は外へ出た。PCを持つ人はセーラー服の少女に腕を掴まれ、それでも、力を込めて少女を押し退け、外に出て扉を閉めた。
「やった!!」
「やりましたね!」
大雨の中、ずぶ濡れの私たちは自分たちの世界に戻ってくることが出来た。
しかし、辺りの風景が変わっている。私の職場があるはずのビルが無い。
「此処はどこなの?」
すると、PCを持っていた人は、顔のシワが増えて、髪は白くなり、背も縮みお爺さんに、そして私はおばさんに変わってしまった。
「私たち.......時間がどれほど掛かったのだろう。そんな......こんなことって.........」
言葉が出てこない。
嗚咽するしかなかった。
喫茶店を見ると、中でセーラー服の少女が笑っていた。
そして、喫茶店ごと静かに消えていった。
完
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