命の重さの計り方
柳田国男の『遠野物語』に収められた民話の中には、姥捨てを示唆する話が含まれている。飢饉等で食料不足になったときに口減らしとして、まずはじい、ばあから切り捨てられる。
姥捨て山の話は各地に残っているのであるが、捨てられるのは山とは限らない。遠野だと村で指定された野原に年老いた親を置いてきたらしい。といっても、置き去りにされた親もやっぱり腹が減る。それで、毎日里に下りて来て農作業等を手伝って少しばかりの食べ物を恵んでもらう。でも、そのうち弱ってきて里に下りれなくなる。頃合いを見計らって家族は姥捨ての野に戻り、遺体を今度は埋葬に指定された場所に運び弔う。
『遠野物語』の話の多くは「昔々あるところに」ではなくて現在の話として語られているから、『遠野物語』が出版された1910年からそう遠くない昔までそうした慣行が行われていたかもしれない。
柳田が少年時代を過ごした利根川沿いの布川という村の神社にかかっていた絵馬。そこには生まれたばかりの嬰児の首を絞める母親の姿が描かれている。障子に映った彼女の影には角が二本生えており、鬼の形相である。
布川は江戸末期に二度も深刻な飢饉に見舞われた。それで、一世帯に子供は二人までという暗黙の規制が行われたらしい。といっても避妊の技術も知識も限られた世だから、三人目の子を身ごもってしまった親は生まれた子をその場で殺すことになったわけだ。明治の世になってもこの慣習が残ったらしく、布川で医院を開いていた柳田の兄のところには生まれた子の死亡証明書を求める親が結構来院したらしい。
うちの村は姥捨てや間引きをやっていると大声で言うところはないから正確な記録は残っていないのであるが、二十世紀に入っても日本の各地でこうした慣行が続けられていた可能性は否定できない。非道なことを物語にして、平気な顔で囲炉裏端で子供たちに語ってしまう昔の人に、今日のモラリストたちは先達の人権意識の低さを嘆き非難するしかないのである。
でも、昔の人だって嬉々として年老いた親や嬰児を殺していたわけではない。いくら人権なんて概念がなくても人の子だから、年老いた親や生まれた子を犠牲にするのは涙無しには行えない行為であったわけだ。物語になって語り継がれているのもそれが特別のことであったからだし、そうした物語を通じて子供や若い者に「命の教育」を施したわけである。あの神社にかかっている絵馬だって、嬰児を殺した母親本人かその家族がかけたものとしか思えない。自分の行ったことが鬼のような行為であると自覚していて、恐らく拭っても拭いきれない罪の意識に苛まれていたのである。
人権意識が低い昔の人にとっても、近代のモラリストからとやかく言われるずっと以前から、姥捨てや嬰児殺しは起こってはならないことで、耐え難い悲劇であった。彼らのとった措置が適当なものであったかどうかは議論の余地があるが、彼らが人の道を外した非道な人たちであったと言う人はよほど高潔か同情のない人である。
今日では、人権だけじゃなくて動物権なんてものも出てきて、クジラやイルカなど賢い動物を殺すことに良心の呵責を感じる人が増えている。あんなにかわいい動物を殺せる奴はヒトとして問題があるなんていう人が世界に増えているわけである。さらに、それに反発して、クジラやイルカを食うのはオラが国の文化だ、牛やブタを平気で食うオマエらにとやかく言われる筋合いはない、なんて言う輩も増えている。
でも、昔から人は生きる為に殺生をしてきたわけだが、だからといって、軽々しく生き物の命を奪ってきたわけでもない。少なくとも、日本では狩りでもクジラやイルカ漁でも、山の神様や海の神様に対する礼儀としていろいろとうるさい規制があった。殺生は厳粛な掟に則って重々しい雰囲気の中で行われたのである。今さら外部からヒトや動物の権利をとやかく言われなくとも、理由のない殺生ほど非道なことはないことを昔から人は知っていたのである。
自分の命をつなぐ為に命を奪わないとならないのがヒトの性としても、殺生に対する考え方にはいろいろある。今日では、命を大切にするという抽象的な道徳規範ばかりがはびこって、実際に殺生をする場をなるべく人目につかせないようにする。それが故に、若い者たちは命を奪いながらも命を尊重するということがどういうことであるか学ぶ機会を失っている。人権意識が高いはずの現代人の方が、命を奪うということの重さにはよほど鈍感になっているかもしれないのである。
(2011年7月7日)
追記:こんな古い文章を引っ張り出したのには理由がある。海外でコロナの感染者が爆発的に増えて緊急治療室が不足したとき、人々はある選択を迫られた。救える命には限りがある。誰の命を優先すべきか。そして残っている寿命が多い方から救うという基準で、若い方から救っていった。
どれくらいの人が気づいたのかしらんが、ここでぼくらは姥捨ての論理を採用した。命の平等の意味を変えた。ある意味では命の平等を徹底化した。それによれば、命の重さの単位は個人じゃない。その個人に残された寿命年数、いわゆる「空っぽの時間」である。どんな人間にとっても同じ量の時間は同じだけの価値しかない。命の価値評価もまた時給制の賃金みたいになったんである。そうなれば、一人ひとりの命が平等なのではなく、残余の寿命を数えて軽重をつけることになる。
選択しないわけにはいかない状況では、それはそれで理にかなった判断であったかもしれない。しかし、問題はここからである。ぼくらは、この「姥捨て」を、あってはならないこと、だがわれらが投げ込まれた状況によって強いられた例外措置と捉えるのか、それともこの新しい命の平等をニュー・ノーマルとして受け入れるのか。
自分はこれを例外と理解した。かつての「姥捨て」を行なった人びとも、そう考えたと自分は思っている。だから、事態が収束したら反省の機会があって、社会が負った傷を癒すための何らかの儀式があるものだと思っておった。だが、どうやら人はもうこれを忘れかけておる。それどころか、この新しい命の平等をニュー・ノーマルであると考える人びとが増えている。それも社会の中でかなり影響力のあるような人びとを含む。自分が知らないうちに、すでに「姥捨て社会」は比喩以上のものに育っていたらしい。
一概に間違っているとは言えないが、この新しい論理を徹底すると、緊急治療室へのアクセス順位に止まらないことになるのは明らかである。今の社会を成り立たせている価値観を根もとから改鋳しかねない大改革である。憲法改正どころの話でない。近代からポスト近代への一歩どころでもない。前近代・近代を通じて存在した暗黙の倫理からの離脱である。どっちでもいいやというわけにはいかないはずである。
それなのに、そういう大決定がまたもやなし崩しに行なわれてるように見える。税金を払うより受けとる方が多いような人間は死んでもらった方がみんなのためである。意識はしてないかもしれんが、心の底ではこのような油断をしておる人が多いように見受けられる。人々が多くの重要事に無関心であるのは今に始まったことではないのだが、数か月前にあれだけ人の命を大事せよと他人に説教していた連中までがこの問いを見逃している。それだけは自分には納得がいかない。
コーヒー一杯ごちそうしてくれれば、生きていく糧になりそうな話をしてくれる。そういう人間にわたしはなりたい。とくにコーヒー飲みたくなったときには。