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実現可能な自由と不可能な自由~経営者が後継者を育成するために必要なこと

早速ですが、皆さんは「自由」と聞いて何を思い浮かべるでしょうか?さまざまなイメージがあるかと思いますが、今回は東洋思想の視点からその定義を解説していきます。まずは漢字を紐解いていきましょう。

自:自分、自己
由:道を選び進むこと

自由とは、自己の本分を認識し、それに基づいて選択と実践をすることです。その上で、他者との相互関係の中で実現します。「自己を認識し、他者との関係性の中で生きる」ことは東洋思想の本質的視点といえます。

そして経営者にとって、自由を理解することは、後継者育成の観点で非常に重要です。単なる権限委譲ではなく、自らの役割を深く理解させそれを全うする力を育むことで、後継者が自由に思考し行動できるようになります。その基盤を築くことが、経営者の責任であり本分であるといえます。


相互関係の中での本分

人は孤立した存在ではなく、常に他者との関係の中で生きています。経営においても同様で、顧客、従業員、取引先、社会との関係性が企業活動の基盤です。このような相互関係の中で、経営者の本分とは、自社の理念や価値観を次世代に継承しつつ、後継者が自らの力で未来を切り開くための環境を整えることです。

一方で、後継者の本分は、経営者から継承した理念を尊重しながらも、自らの個性や時代の変化に応じた新しい価値を創出することです。ここで重要なのが、「実現可能な自由」と「不可能な自由」の違いを理解することです。

  • 実現可能な自由:本分を理解し、それに基づいて選択と行動を行う自由。

  • 不可能な自由:完全に制約のない状態や、責任を伴わない選択する自由。

経営者が創るべきは、後継者が「実現可能な自由」を発揮できる環境です。

東洋思想の智慧に学ぶ後継者育成

「修己治人」という言葉があります。これは「まず自己を修め、それから他者を導く」という教えです。経営者が後継者を育成する際、この教えは非常に重要です。以下の3つの段階で、この教えを活用することができます。

1.理念の明確化と共有

経営者自身が企業の理念や指針を明確にし、それを後継者に伝えることが出発点です。ただし、単に言葉で説明するだけでは不十分です。「身教(自らの行動で示す教育)」が重視されます。経営者自身が理念に基づいた意思決定を行い、その姿勢を日常の行動で示すことで、後継者はその理念を深く理解し、自らのものとして内面化します。

其所令,反其所好,而民不従
(リーダーが命じることと自身の好むことが矛盾すれば、人々は従わない)

四書五経『大学』

リーダーの言動の不一致は、組織の信頼を失う:経営者が企業理念や指針を語る一方で、自身の行動がそれと矛盾していれば、後継者はその言葉を信じません。例えば「現場を大切に」と言いながら視察せず、「コスト削減」と言いながら浪費を続けるリーダーに社員は共感しません。行動が伴わなければ「口先だけ」と思われ、指示は響かなくなります。

「リーダーが手本を示す」ことが組織の文化を作る:社員は経営者の言葉ではなく、行動を見ています。誠実さを求めるなら自ら誠実に、努力を求めるなら自ら努力する。挑戦を促すなら自分がまず挑戦する。その姿勢を見せることで、社員や次世代のリーダーが自然と学び、組織全体が一つの方向へ進みます。

「理想を語る」だけでは人は動かない:リーダーとしての言葉には力がありますが、それ以上に影響力を持つのは日々の行動です。企業理念は実践されてこそ意味を持ち、リーダーの行動が理念を形作ります。経営者は次世代のモデルとして、言葉ではなく行動で価値観を示し、組織の一体感を高めることが求められます。

「其所令,反其所好,民不従」は、経営者がリーダーシップを発揮するうえで、「言行一致の重要性」を示す教訓です。自らの行動で経営理念や指針を示し、社員の信頼を得て組織の一体感を高める。そして次世代リーダーの手本となります。

2.後継者に自由を与える環境作り

後継者が自ら考え行動できる環境を整えるには、経営者が「君・親・師」の3つの視点から関わり、成長を見守ることです。

君(経営者としての統治と決断)
リーダーは理念や指針を示します。公平なルールを整え、意思決定の責任を持つことで、組織の秩序と信頼関係を確立します。

親(関係性の構築と文化の継承)
リーダーは「親」のように社員に対して愛情を持ち、成長を支援します。共に働く社員の価値観を尊重し信頼関係を築くことが、組織の一体感を生みます。家族経営においては価値観の継承も重要です。

師(智慧を授け、学びを促す)
知識や経験を共有し、次世代リーダーを育成します。環境の変化に対応できるよう、自らも学び続ける姿勢を示します。

この3つの役割をバランスよく果たすことで、徳才兼備(=人徳と才能を兼ね備える)経営者としてリーダーシップを発揮し、組織を導き、後継者を育てることができるのです。

ただし後継者育成は簡単なことではありません。経営者自身もさまざまな不安や葛藤を抱えエネルギーを割かれているため、時には第三者の支援を仰ぐ勇気も必要です。

自己理解を深めたり後継者の特徴を深く理解しようと思えば、外部の診断ツールや有識者、プロフェッショナルコーチなどを活用することもできます。特に家族経営における事業承継の場面では、第三者を適切に介在させることで、公平な視点を得られたり冷静な議論を促進することができます。そして最終段階では後継者に経営権や株式の譲渡を進め、主要な意思決定を委任します。

後継者が「実現可能な自由」を発揮する環境を創ることで、企業は時を超え未来につながっていくのです。

車文宜・手計仁志

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