【乳がん/4年目】チャレンジしたい気持ちが復活
今年もこの季節がやって参りました。
6月2週目:超音波
相変わらず超音波が苦手なので音楽聴きながらを依頼…するもイヤホン忘れたので、一生懸命有吉の壁を記憶ループして脳内で見てた。お笑い生きる活力。
6月最終週:外科定期健診
7月頭:形成定期健診
普段は車に割り込まれた、電車で押された、なんかちょっとしたことでもイラっとしたり。
誰々がマウント取ってきてムカつく、自分の想いが分かってもらえなくてモヤモヤ。
大概しょーもない事だが、ちょっとしたことで棘が刺さる。
だが、毎年この検診に来る時期だけは、すべてがどうでもよくなる。
毎年超音波の検査を待っている時。
色々な患者さんが待っている。今年はベッドから起きられない、学生風の子が検査を待っていた。多分抗がん剤を頑張っているのだろう。
そんな風貌だった。
でも彼はニコニコ笑顔で明るく看護師さんや親御さんらしき女性と会話をし、寝ている以外は至って普通の楽しそうな集まりの風景だった。
検査が終わって病院の出口を出るとき、冷静な様子で「死にたくないって言ったんだよ…」と淡々と電話をしている女性とすれ違った。
外科待ちしている時、斜め前に多分あたしのお母さんくらいの年齢の女性と、娘さんと思しき女性が座っていて。娘さんは泣いていて。
しばしして看護師さんが今後の検査の流れを説明。多分初診だったのだろう。PET検査の話もしていた。転移が疑われているのかもしれない。
突然身内が、自分が、そういう事態になったら――。
ああ。
今息をして、行きたい場所にいって、食べたいものを食べて、仕事に行ける。元気でいられる事は当たり前ではないのだ。
そもそもベッドや病院から出られない。
抗えないタイムリミットを宣告される。
どれも自分にいつ起きてもおかしくない。
そしてもしかしたらそれは4年前自分だったかもしれない。
入院してるとき、色々な方を目にした。
今元気ならなんでもいいじゃない。
割り込みも、マウントも、自分のこと分かってもらえなくても良いじゃない。
良いというか、マジで心の底からどうでも良いの「良いじゃない」。
死ななければなんとななる。
生きてれば、さらに健康であれば大概のことは本当になんとかなる。
1年に1回、直ぐにまた小さなことでイラっとするけどそう思う。
ちなみに定期健診の結果は相変わらず何でもない。
右がやたら検査が長い理由を聞いたら、手術をするとエコーが分かりづらくなるところがあり、それで長いのだそうだ。
私はステージ0だが、一応万が一が怖いのでどういう症状に気を付けたら良いかを確認してみるも、ワイは乳がんからフリーだと思ってもらっていいし、それよりほかのガンになるリスクはあるからそっちを心配した方が良いと言われた。
超初期だと乳がんでもそんな扱いなのだ(私の場合はだけども)
でも完璧はないから、10年間は検査するけど。
そういう事もあってか、久々にやる気が出て部署異動を願い出て、新しい部署で来月から働く事になった。
ガンになった直後は怖くて動けなかったけど、今ならやれる気がしている。
そして多分また来年6月にこのnoteを開いて5年目の事を書くのだろう。
来年はどんな所感を書いているのかな。