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自分の中のもうひとつの惡
人は誰にしも言えない罪がある。
些細なことでも
なんでもいい。
それは、人に話せるレベルであり
そしてまた許される範囲の
罪である。
僕ももちろん罪を犯したが、
どうしても人に言えない罪がある。
その時は
自分が罪と知りつつ
前科のつくような罪を
犯し続けたのだ。
今から20年前、
警察は僕に手錠をかけた。
計5回。
言っておくが
これは家族しか知らない出来事だ。
正面、斜め、横姿と
写真を撮られ、
狭い取調室の中で
確か左の人差し指に
黒いインクをまんべんなく塗り
指を棒を転がすように印を取った。
この罪は3年ほど続けただろうか、
よく覚えていない。
あまりの罪の大きさに
心がついてこなかった。
体と興奮が取り巻くのだ。
さらに追い討ちをかけるように
医者の処方箋が
僕を狂わせた。
まるで駄菓子のような
キラキラした薬は
僕にとって最高のご褒美だった。
だが、こういうことは
普段生活してる時は
全く思い出さないけれど
布団をかぶって
眠りにつくと
その罪が再上映されるのだ。
私服警官は
僕をはがいじめにし、
手錠をした手にタオルをかけた。
取り調べは
半日に渡り、捜査官が
調書を取り、それを読まされた。
各警察署で5回とも同じことをした。
奇跡的になぜか情状酌量があり、
禁固刑は免れたが、
決して安いとは言えないくらいの罰金を
請求されたのだ。
葉桜の隙間から薄い死にかけた月が
出ている。
小石をポクンと蹴ると
ちょっと先を走っていた小型トラックに
潰されてしまった。
吐く息は白くいが、
心は漆黒だった。
しばらくすると家に
ベテラン刑事と
その部下の若い新米女性刑事が
僕の家を訪問した。
なぜ僕のような人間が罪を犯すのか
家庭環境を調べに来たのである。
部屋をゆっくり練り歩く。
ぽつりぽつりと僕以外の家族と話す。
いわゆる荒れた家庭では
犯罪率が高かったものの
うちはごく普通の家だった。
そしてもう一つの奇跡、
それは所属してる会社には
言わなかったことだ。
家族に助けられたのだ。
幸い新聞やニュースにも載らず、
僕は夕暮れの警察署を
その時の保護者である父と出たのだ。
吉祥寺、新宿、渋谷、六本木、府中
この5つの警察署で
僕は計5回捕まったのだ。
今までのこの一連の文は
夢の中だけ出てくる。
裁判所は略式で
立川の裁判所で判決を言い渡された。
夢の中では
逮捕の瞬間、手錠をかけられ
シーツを頭から
被らされたところから始まる。
罪は重い。
正直罪名は書けない。
夢であってほしい。
そう願いつつ、僕は
前科者へとなってしまった。
夢の中では
見知らぬ女性が、寝ている僕を
裸で抱きしめてくれるというものだった。
誰かはわからない。
僕が作り上げた幻なのだろう。
彼女は夢の中で
僕を抱きしめて、
頭を撫でてくれるのであった。
そのいで立ちははっきり覚えている。
20年経った今でも夢に出てくる。
あなたは一体誰?
なぜ僕にやさしくしてくれるんだ?
時は流れ、
僕は幸せをつかんだ。
妻と子どもの存在だ。
もちろん犯罪のことは
話さないし、
墓まで持っていくつもりだ。
普通の人が聞いたら
みな、僕から離れるだろう。
犯罪を犯したら
生きた心地はしない。
でも犯罪を楽しんでいた自分がいたのも
間違いない。
躁状態だ。
毎日、あの女性が
夢に出てくるのを願って眠る。
どんなに酷い奴にだって
彼女は優しく瞬きをして
添い寝してくれるのだ。
頭の中がパニックにならないのも
彼女のおかけだ。
しっかり反省し、
あれから一度も罪を犯していない。
色鉛筆全色のような薬の量も
10分の1くらいに減った。
自宅の暗い部屋で
小さな窓から明かりが差す。
メインの窓を開けないと
刑務所のような雰囲気になる部屋だ。
カーテンをめくると
彼女がいた気がした。
僕はまだ罪を償えないどころか
一生背負っていかなければならない。
罰金刑は
その終止符だったはずなのに。
惡に手を染めるのは
実に簡単だ。
家宅捜査されても
その時は怖くなかった。
夢の中では彼女が
僕が眠るまで優しく見つめていてくれる。
目が合い過ぎて目を逸らすこともなかった。
僕の中のもう一つの惡、
それはその後の自分の人生を
形成するものだった。
その惡はあなたも持っているかもしれない。
いや、持っている。
実行するか否かは
あなたの正義、倫理観が
惡を止めているはずだ。
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満開の桜の頃、
僕は意味もなくよく泣く。
それは惡に染まってしまったことであり
こんなにも美しい桜の色が
憎らしくもあり、美しくもある。
僕は捕まってから
黒しか着ない。
もう何十年、全ての
服が黒だ。
人から視線を浴びたくないのだ。
夢の中もモノクロと色が
付いてる境目くらいの色だ。
今日の夢でもまた
幻の女性があらわれ
僕を癒すのだろう。
1日の中のご褒美の時間であり、
懺悔の時間でもある。
人格は2つある。
一つを封じ込めないとカオスになる。
惡は気まぐれだが、
コントロールできる。
僕の場合、スリルや多幸感を
得る方法が変わったのだ。
それは夢に出てくる彼女に会いたいがために
コントロールしている。
夢をコントロールなどできる
はずがないというあなた。
確かに夢は自分の意識とは
違うところで作用している。
だが、僕の夢に出てくる女性は
もうほぼ実現してると言っても
おかしくないくらい
ディティールが思い出せる。
今日も黒い服で出かけ、
黒い服で寝る。
彼女は惡を打ち消して、
僕の人生に彩りを飾ってくれるのだ。
そう思いたい。
あなたはもう一つの自分をコントロール
できてますか?
いわゆる天使と悪魔です。
あなたが天使でありますように。