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「数値の範囲」の翻訳に関するこぼれ話

こんにちは、川津🌱です。
日本語でも英語でも、「以上」、「以下」、「およそ」など、数値の範囲に関する表現がいくつかありますよね。
素直に原文に対応する表現で訳せばいいかと思いきや、たまに悩んでしまうシチュエーションもあったり。

そこで今回は、数値の範囲の翻訳について、ちょっとしたコツや、私が普段思っていることをご紹介します。役に立つ情報があれば幸いです。


以上 vs ~を超える

一般的には、たとえば数値Xがあったとして、「以上」(X or more)では数値Xが含まれ、「~を超える」(more than X、over X、above Xなど)では数値Xは除外されるものと解釈されます。
困るのが、英語では「~を超える」という言い方がごく一般的であるのに対し、日本語ではこの表現が強調以外の意図ではさほど積極的に使われず、使われたとしてもやや冗長に見えうる、ということです。

たとえば宿泊施設の利用規約で、

There will be an extra fee for staying with more than 5 people.

という文章が(どういう状況かはともかく)あった場合、原文に忠実に訳せば、こういう訳になります。

5名を超えるご宿泊では追加料金が発生します。

しかしなんだか据わりが悪い。ここで思い切って、

6名以上のご宿泊では追加料金が発生します。

とした方が日本語としてはスッキリします。

ただ、このように原文と訳文の数字が異なると、翻訳実務の現場で使用されるQAチェックツール(品質保証ツール)上ではエラーになりますし、日本語を読めないクライアントから問い合わせが来る可能性も高くなるので、そこまではなかなかやりづらいところです。
できることなら、真に日本語らしいベストな訳を提供したいところ。ですから本音を言えば、望ましいのは「以上」を使った表現かと思われますが、現実的には数値の同一性を優先してか「~を超える」の方が圧倒的によく使われている印象があります。
やや裏話っぽくはなりますが、私が担当している実務翻訳案件について言えば、既訳のデータを参照して「以上」と「~を超える」のうち優勢な方を案件ごとに判断して使うことが多いです。クライアントが安心できる訳を提供するというのもまた、翻訳業のひとつの側面なのでしょう。

(もちろん、文脈次第では「~を超える」を使うべき場合もあります。たとえば「5名まではこのような料金設定です」という情報に続けて「5名を超えるご宿泊では…」と追記しているのであれば、「~を超える」でも特に不自然ではないように思います)

ちなみに、例外的に「~を超える」という原文を「以上」と訳してよい場合もあります。それは、数値が非常に大きく、かつ数値Xを厳密に示す意味があまりないときです。
こちらの名詞句をご覧ください。

Countries with more than 100 million population

忠実に訳せば、

人口1億人を超える国

なのですが、このように数値の範囲というより巨大さを示す意味での「more than X、over X、above X」であれば、「以上」と訳してしまっても特に問題ありません。

人口1億人以上の国

ことさら強調の意図がある場合は「~超える」を使う場合もありますが(「100万件を超える問い合わせが殺到」など)、単純に大きな数値の端数を切り捨てているだけの原文も多く、その場合は「以上」も日本語として一般的に使えると思います。また、あまりに数値が大きいと、数値だけでインパクトが出てしまって「以上」と「~超える」のニュアンスの差が出なかったりもします(「一兆円以上の予算」vs「一兆円を超える予算」など)。

もちろんここでも、取り組んでいる案件の既訳データ内で「~を超える」が優勢なら、そちらに揃えた方がよいかもしれません。また、たとえ同一案件内でも、数値の範囲を正しく特定するための「more than X、over X、above X」については「~を超える」にしなければなりませんから、何卒ご注意ください。

以下 vs 未満

こちらも一般的な解釈では、「以下」(X or less)では数値Xが含まれ、「未満」(less than X、under X、below X)では数値Xは除外されます。
数値をいじるか否かの判断は、「以上/~超える」のときと同様です。ただ、この「以下/未満」という表現の場合、翻訳時に悩むことはあまりないように思います。どちらも簡潔な熟語なので、「以下」または「未満」を素直に使っておけばよいかなという印象です。

強いて注意点を挙げるとするなら、数値の極小さを示すような表現に見える場合でも、巨大さを示すときとは異なり、キッチリと「未満」にするべきケースが多いという点でしょうか。たとえば、

The line width of the semiconductor is less than 0.1 micrometers.
半導体の線幅は0.1マイクロメートル未満である。

このように、ミクロなスケールでの仕様や測定データを述べていることが多いのです。実務翻訳ならではの傾向かもしれませんが、大抵は「極小さを印象づけるためのどんぶり勘定」ではなさそうですので、「以下」と訳して数値Xを含めてしまうのは、おそらく危険でしょう。

それにしても、「巨大さ」と「極小さ」でなぜこのような差が出てくるのか不思議です。極小さというのが、そもそも細かく測定しないと数値化できないものだからでしょうか。
逆に、あえて「以下」を使って極小さを強調できる文があるとしたら、「そんなことが起こる可能性なんて0.00001%以下しかないね」みたいな適当な文章くらいしかない気がします(小学生か!)

およそ:「~」(チルダ)に注意!

知らないと間違えやすいことなのですが、英文に出てくる「~」はチルダという記号で、「およそ」という意味です。

The school has ~200 students.
その学校にはおよそ200人の生徒がいる。

日本語の波ダッシュは範囲を示しますので、「~200」と書かれていたら「最大200人」というような意味になりますが、うっかりチルダをこれと見間違えて「最大生徒数200人である」とやってしまうと、全くの誤訳になります。初めてこれを知ったときは冷や汗でした……。日本語の波ダッシュの用法とは大きく異なるので注意しましょう(たぶん一度知ったら怖くて忘れられないと思います)。

No more, no less!

以上、数値の範囲についての記事でした。
正確に範囲を伝えるべきなのか、そうでないのか、あるいは客先の好む表現は何か、見極めながら臨機応変に対応することが大切ですね。

余談ですが、昔ジュール・ベルヌの『80日間世界一周』という作品の古い映画がテレビで放映されていたことがあります。そのときの私は中学生か高校生くらいで、劇中のセリフの「No more, no less!」だけを辛うじて聞き取り、「おおっ、『それ以上でも、それ以下でもない』って言ってる!」と嬉しがっていたのですが、数値の範囲として考えたら「それ以上でも、それ以下でもない」っておかしいんですよね。数値Xがどっかいっちゃってます。その点、「No more, no less!」なら数値Xしか指定されないので正確です。

もしかして「それ以上でも、それ以下でもない」という表現、もともと日本になかった翻訳表現だったりするんでしょうか? 私には真相を確かめる術がないのでただの思いつき発言ですが、もしそうだったら面白い。もしそうでなかったら、すみません。

(2024/02/20 更新)


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