幼少期に強烈な感情刷り込みが生じやすいことについて
伝えておきたい論点は
① 幼少時の刷り込みは感情記憶と情報記憶とでピークがやや異なるのではないか
② 世に散在する各人各様の見立ては、感情刻印期で説明し直せないか
③ これからは「情動主義 affectivism の時代」だよって今月の Nature Human Behaviour でDaniel Dukesさんたちも言ってた
■ 人間には発達・成長の順番と仕組みが備わってる
人間には発達・成長の順番と仕組みが備わってる。
でたらめ奔放に発達・成長してくるんじゃなくて、およその範囲の段取りと縛りの中で、人間は出来上がってくる。
身体も、脳も、五感も、成長につれて、年令によって、できること、できないこと、できなくなることの変化が、だいたい予想できる。
「定型発達」なんてワードもそこそこ流布しているようだし、このへんはみんなけっこう実感してわかってると思う。
で、この「備わってる変化」は、マテリアル&フィジカルな身体のことだけじゃない。
マインド、心についても、発達・成長の順番と仕組みが備わってる。
あなた自身の思考と心の変化は、成長過程でどんな変化をしてきて、これからどうなっていくのか。
身長や体重や見た目などを記録・比較しやすい身体の場合に比して、心についてはちゃんと把握できている人は少ないと思う。
ほかならぬ自分自身の心のことなのに。
■ 知覚における文化的刻印
何を見て、何を聞き、どう感じるのか、ヒトが成長過程で何を経験したかによって、五感を司る脳みその出来上がり具合は違ってくる。
子猫の視覚にある臨界期(感受性期:特定の成長期に訓練や経験ができないとモノを見る能力が発達しない) も有名だし、人間でも立体視などで視覚の発達具合(機能の出来上がり)が変わりやすいことが知られてる。
人類の各個体は、成長過程でさまざまに異なる経験をしながら育ってくる。
生育環境、文化環境によってだいぶ違う。
すると、遺伝子や栄養が同じでも、経験しだいで異なる脳が育ち上がってくる。
▶『「視覚処理における文化的(学習・獲得)刻印」資料置き場』
┗ 日本などの、コメづくり文化圏で育ったヒトは「人面をどんな視線でチェックするか」が、ムギ文化圏人とは違ってくる。
▶『嗅覚における文化的(学習・獲得)刻印:資料置き場』
┗ 「プルースト効果」については、だいたいが「幼少期の思い出」がらみで語られてるし、嗅覚記憶の刻印が最も強まる感受性期(臨界期)があると思うというかアルハズなんだけど、資料として挙げておきたいレベルの「嗅覚刻印の臨界期」について述べた資料が手元で見つからなくて、ちょっと宙ぶらりん。
成長過程に経験する諸々によって、異なる反応をする脳ができあがる。
一般で言う「学習」のレベルとは違う、もっと根深いところで回線が違ってくるんだ。
インストールするデータの種類以前の、基盤回路が異なってくるというか。
その異なり具合は、モノの見え方や感じ方だけにとどまらない。
違い具合は、深い深いところの「好み」、そして人生の選択にまでも影響してくる。
●心を許せる相手だとみなせる相貌は、生育過程で刷り込まれる
●育ての父親になついていた女性は、育ての父親に似た男性に恋する傾向がある
●育ての親が高齢なら、熟女やオヤジも許容範囲になりがち
■ 感情における文化的刻印
本稿で記しておきたいのは特に『幼少期に強烈な感情刷り込みが生じやすい』ことについてだ。
刷り込まれる「好み」。
「好み」とは、すなわち、幸福感に直結する経路。
何を好ましく感じ、何に不安を感じるか。
その漠然とした「好み」が、生育環境によって基盤回路に刻印されていく。
ヒトの好みは文化環境に左右される。
そこまで、文化環境に左右される。
刷り込み(刻印)は、上で挙げたような、視線や性欲などの基礎的(プリミティブ)な感覚処理だけでなく、思考や推論といったかなり高次の部分も、成長過程での経験に影響を受けて象られる。
上掲のニスベットは、文化心理学の研究で、東洋の文化圏と西洋の文化圏とでは、行動心理が大きく異なる人間が育ってくることを提示した。
経験しだいで、異なる脳が出来上がってくる。
言われてみれば当然のことなのだけれど、日本の一部の心理研究者は「日本人の心理は西洋と根本的には変わらないはずで、違いが観察されるのはセッティングが異なるからに過ぎない」つまり「脳に刻み込まれた違いではない」という否定方向で研究を進めてしまい、文化がらみの心理学の研究が進んでない。
思考や推論といったかなり高次の部分への影響。
これは単純な「学習」を超えて、かなり深いところ、つまり、高次の判断が縁(よすが)にする「感情反応:光明感と不安」の扁桃核あたりに刻み込まれるものなんじゃないかと思う。
「深い」ことを強調してるけど、ほんと、「学習」という表現じゃ追いつかない根深さがあるようなので、というか、そこを強調するためにこの稿を書いているので、下手にくどいけどごめん。
特に高次の判断への影響の違いが出やすいのは、「何に不安や逆境感を感じ、不安や逆境感を感じたときに、どう行動すると状況が改善すると感じるのか」あたりの部分。
▶『各種感情刻印と、適応障害などの事例について』
▶『自死を容認する日本の世界観:資料置き場』
▶『ミニ特集:文化依存症候群を考える本 その1』
▶『ミニ特集:文化依存症候群を考える本 その2』
■ 感情刻印が強く刻まれるのは幼年期
刻印は、未熟な子どもの頃、ヒト幼年期のほうが、強く深く刻まれやすい。
脳が成長中のころなら可塑性が高くなることももちろんその理由のひとつだけれど、なにより、ヒト幼体は周囲から世話をされなければ生きていけない状態で成長せねばならないがゆえに
【他者完全依存レベルのしょぼい能力の中で 生育することができた環境が 深く選好として刷り込まれることの安牌さ】
が、進化的に強く作用しているのだと見える。
育つことができた環境に執着し、再現したがる。
そういう好みを抱えている個体は、当然ながら繁殖成功度が高めに出たと思われる。
生育環境のご当地事情とかには無関係に生物種として「本能的に固執する」快不快も、ヒトにはもちろん備わっている。
そのうえで、さまざまな環境に進出してハビコリまくる人類としては、別途さらに「ご当地用にカスタマイズされた快不快」が獲得されることで、さらに適応度が高まる経緯が、あってしまった。
■ いわゆる「思い出」とはちょっと違う
さても。
過去の「エピソード記憶」も、若い頃に強く残りやすい時期があると報告されているけれど、
選好感情の刷り込み と
エピソード記憶 (思い出記憶)
この2つは、似て非なるものではないかという気配がある。
(「感情刻印」と「思い出記憶」の混同にはご注意を、的な)
長く残る「過去記憶」が刻まれやすいのは、10〜20代メイン。範囲が思春期を超えてなお少し余りある。
かたや「感情刻印」のほうは、もう少し若い頃の幼時〜思春期がメイン。
それぞれにピークが違うかもしれないんだ。
推察するに、
★ 感情記憶では、保護者の加護のもとで生き延びることができた幼若年齢期の環境を選好する
★ 情報記憶では、独立行動と繁殖行動につながりやすい時期のノウハウを刻み込む
そういうセッティングになっていると、総合的な繁殖成功度が高まる…のかもしれない。
こういうのはどうやって検証するのかな。
■ つきまとう感情プロジェクションマッピング
思考や推論といったかなり高次の部分も、成長過程での経験に影響を受けて象られる。
それはすなわち、自分では合理的に理性的に思索し論理建てて判断していると思っていても、その実は、ごく偏った感情視野で世界を見ている状態だ。
↑ 長いから全部は貼らないけど、この稿の元になった粗雑なメンションツリーがぶら下がってます
自覚していないかもしれないが、ヒトはみな、自分が育つ中で埋め込まれてしまった感情プロジェクションマッピングに視野をがっつりと覆われながら、感じ、受け止め、判断して、行動している。
脳と意識のエピジェネだ。
刷り込まれた光明感が成就するように努め続ける、選択し続ける。
刷り込まれた光明感が陰るような状況に置かれれば、傍目に幸福なはずでも、本人は不安と逆境感にさいなまれ続けることになる。
● 例えば、不幸を追い求める以外に「救われる道」が見えなくなる「苦痛志向」刷り込み。
▶ 『各種感情刻印と、適応障害などの事例について』
┗ 感情記憶が刻まれやすい時期が思春期までということは、各種民俗の「イニシエーション 通過儀礼」が行われる年齢層を考え合わせると、けっこう強烈かもしれない。
● 例えば、「死ねばいいことがある」という設定に逆境感を感じなくなる日本文化の刷り込み。
▶ 『自死を容認する日本の世界観:資料置き場』
┗ 韓国の文化では自死行動についての評価はどうなってるのか把握してないんだけど、誰か教えて。
● 例えば、他者の光明が逆境感のトリガーになり、幸福な人を攻撃することが幸せへの道になってしまうスパイト日本人。
▶ 『コメ作りが忖度文化を生む仕組み』
┗ 別の国に育っていたら、ネタミで燃え上がらない良い人に育っていたかもしれない。
たぶん、ヒトは学習がうまい生物なので、成人後でも、強烈な体験とか適切な認知行動療法とかの、さらなる光明感マップ刷り込みがあれば、幼少時に形成された脳内感情基板は、なんぼか調整や是正はしていけるんだろうとは思う。
でも、そんな調整を得るケースは多くはない。
実際には、ほとんどの人が、自分になにか刻まれた感情刻印があるのかどうかさえ、自分自身の日々の行動偏向についてさえ、自覚しきらずに生きている。
■ 各論を見直してみよう
本稿『幼少期に強烈な感情刷り込みが生じやすいことについて』の目的の1つは、なんかこう、みんなそれぞれに脳内セットされたプロジェクションマッピング見ながら生きてるんだよー、
★ 感情記憶では、保護者の加護のもとで生き延びることができた幼若年齢期の環境を選好する
★ 情報記憶では、独立行動と繁殖行動につながりやすい時期のノウハウを刻み込む
そんなゆる〜い設定の影響にまみれながら、みんなそれぞれ生きているんだよ、という話を提示することだけれど、もう一つ合わせて提示しておきたい点がある。
「リビドー」だの「無意識」だの「ヴァーチュー」だの「ミメーシス」だの「ハレケガレ」だの「虐待の連鎖」だのの、文系だか哲学だか心理学だか精神分析だか世にてんでにバラバラと摘み上げられているヒト心理反応の「見做し」あれこれを、
【他者依存必須のしょぼい生存能力の段階で 生育することができた環境こそが 深く選好として刷り込まれる現象】
として、ごくごく無機的に一括してしまえるんじゃないかと。
幼少時の感情刻印は、特に人間関係(ヒトモデル)を抽出するように特化したものじゃなく、光景や状況ひっくるめて刻まれるものなわけだし。
▶ 『各種感情刻印と、適応障害などの事例について』
体験した光明感や不安条件が、自閉スペクトラムのサヴァンさながらに、感情マップにそのままジュワァ…と焼き付けられるだけなわけだろうし。
焼き付けられた感情データが、プロジェクションマッピングよろしく一生、そのヒトの視野を覆い続けてつきまとう。
刻まれた感情布置が、磁場のごとく働いて、そのヒトの行動選択に一生のあいだ作用し続ける。
念のため、今一度。
根深いんだ。
個々人に刻まれた、拭えない感情記憶の影響は。
【2021年6月 Nature Human Behaviour】
情動主義の台頭 The rise of affectivism
過去数十年の研究で、我々ニンゲンが行う思考・行動・予測に際して、感情・気持ち・動機・気分などの「情動プロセス」がさまざまに影響を及ぼしていることが明らかになってきた。
いまや新しい科学の時代、つまり 「情動主義 affectivism の時代」が到来したのではないかと提示しておきたい。
本稿は、別稿の『高齢政治家の痛さの原因と、三つ子の夢は百まで効果』の補稿として、汎用できるよう時事話題抜きで置いておく資料です。
なんとなく、たぶん今書いておかないともう、あとがないような気がして、そんな無根拠な感情マップが騒いでるので、粗雑でぐちゃぐちゃのままでも仕方ない、トマトを投げつける感じで書き付けています。
オリンピックのせいかな。
以上です。
以下は、本稿と同じ「感情刻印」系列のお話へのリンク
●あなたがしんどい原因は「感情刻印」だったりしてないか
→『各種感情刻印と、適応障害などの事例について』
●見境のない「感情担当」は可用性バイアスがお好き
→『自死を容認する日本の世界観:資料置き場』
●目立つ人を攻撃することに快感を感じてしまう日本人
→『コメ作りが忖度文化を生む仕組み』
●『「恋愛スイッチも成長過程の刻印しだい」資料置き場』
●『「視覚処理における文化的(学習・獲得)刻印」資料置き場』
●『嗅覚における文化的(学習・獲得)刻印:資料置き場』
●『故・山岸俊男氏について (日本から文化心理学を駆逐した?)』
本稿とほぼ同じ文章は▶ 自前のブログにおいてあります。
追記はブログの方で行います。
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