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相手を子供扱いする人ほど、実は子供なのかもしれない


細かいことが気になってしまうのが僕の悪い癖
 
これは、ドラマ『相棒』杉下右京うきょうさんの口癖ですが、私にもそんな「細かいことが気になってしまうワルい癖」があります。
 
以前からずっと気になっている、私にとっての細かいこと、それは・・・
 
例えばお笑い番組で、40代前半の中堅芸人が20代の実力派芸人のことを「あの子はこうすればもっと面白くなる」と言っていたとき。
 
例えばトーク番組で、30代半ばぐらいの俳優が若手人気俳優たちに対し「最近若い子たちから刺激をもらうことが多くて」と言っていたとき。
 
成人を過ぎた大人に対して、この「」という言い方をする人。なんで、この「」とか「」とか「彼女」って言えないの?って思うのです。
 
「彼(彼女)はこうすればもっと面白くなる」
「最近若い人から刺激を貰うことが多くて」
 
こうした言い方なら、相手と誠実に向き合い、そして対等に接していると感じられます。
 
しかし、ひとたび自分より年下あるいはキャリアの浅い相手に対して「子」という言い方をした途端、その人は相手に対してマウントを取り、無条件に自分はお前より立場は上だよ、というある種のハラスメントをおそらく無意識的にやらかしてしまっている気がするのです。
 
なんか、まともに対峙たいじしたらいろんな意味で相手より劣っていることがバレるので、年齢やキャリアなどをたてにして絶対的優位な立場を示しておこう、みたいなセコさとうつわの小ささが見えませんか?
 
実力以上に自分を大きく見せようとか、たまたま年上だとか、ただ長くやってるだけのハリボテキャリアで年下や初心者たちに対して威張いばろうとしている心理がけて見えるので、「子」呼びする人をメディアや日常で見かけると、私の中でその人の評価は急降下、本当にガッカリします。

私がこんな風に思うようになったのには、対照的な二つのきっかけがあります。

1つは、おそらく誰もが一度は経験したであろう、わかりやすい「子ども扱い」や、初心者ゆえの「未熟者扱い」。そしてもう1つは、立場のあるとてもえらい人にお会いした時の、その人の対応。
 
その人は、どこの誰かもよくわからないしかも当時かなりの下っ端したっぱだった私に対して終始しゅうし丁寧な言葉(ほぼ敬語)で話しかけてくれ、呼び方も「さん付け」でした。
 
あまりに無知だった私は、その人が業界では「雲の上の人」だったことをのちに知ります。
 
その出会い以降、私はどんな相手に対しても敬語や丁寧語、そして年齢やキャリアに関係なく、可能な限り同じ目線で対等な関係を築こうと決めたのです。
 
ただ・・・そうしたスタンスによって相手からナメられるんじゃないか?そう思う方もいると思いますが、まさにお察しの通り。
 
それは誠実な対応を心がけたことによって起こる副作用ともいえますが、私はそれを副次的効果と捉えています。
 
例えば、年長者や熟練者が、年下あるいは初心者に丁寧かつ誠実に接することに対して「その気配りや心遣いに応えて、私も礼節れいせつをもってきちんと対応しよう」ではなく「コイツはお人よしそうだからうまく利用してやろう」とか「多少手を抜いたりルーズな対応でも許してくれるだろう」と、年上あるいは熟練者の相手にナメた対応をする人。
 
もしそんな対応されたら、あなたならどうします?
 
私ならそんな相手とは、その後付き合いません。塩対応に切り替えたりする方もおられるかと思いますが、そんなことはやめたほうがいいです。
 
塩対応の結果、そういった自分本位な人に逆恨さかうらみされたり目のかたきにされるだけ損ですし、なにより時間と労力の無駄です。
 
まるで、恩をあだで返すような相手に対して、あなたの大切な時間を浪費し、そんな無礼ぶれいな相手に気持ちをがれるなんてバカバカしくないですか?
 
こちらが常に誠実で丁寧な対応を心がけるだけで、その反応によって相手の人間性がわかるというのはなかなか痛快つうかいです。
 
以前こんな記事を読んだことがあります。
 
とある大企業のオフィスビル。
警備員が毎朝エントランスに立って「おはようございます」と挨拶をすると、挨拶を返してくれる人はわずか2割程度。3割の人は軽く会釈えしゃく、残りの5割は完全に無視をして通り過ぎる。その中で、一流と言われる人のほとんどは警備員に挨拶をしてくれる。なぜかというと「警備員を人間だと認識している」から、だそうです。
 
ここからわかることとして、いろんな商品やサービスを利用するのは人間であり、一流の人は警備員の例にあるように、接する相手の気持ちをはかる想像力があることで、ヒトという消費者の心をつかみ寄り添う商品を生み出せるという、確かそんなめくくりだったと思います。
 
こちらが挨拶をしているのに完全無視な人、私もかなり経験があります。かつて私の周りにいた「挨拶を返さない人」のほとんどは、私に挨拶を返さないことで自分のほうが偉いんだということを見せつけている人たちでした。
 
何かにつけてマウントを取りたがる人、あるいは自分が大物、偉い人だと思われたい人というのは、手っ取り早く簡単にマウントが取れそうなものはすぐに取りにきます。
 
そして、周りからしたわれてないがゆえに、必要以上に威張ったり、偉そうにしたり自分の立場を誇示こじしたがるもの。
 
逆に、本当の大物や偉い人は謙虚けんきょで腰が低く、誠実に相手と向き合う人が多い気がします。それはきっと、威張ったり偉そうにする必要がないほど周りから慕われ、愛され、そしていい意味で自分に揺るぎない自信を持っているからではないでしょうか。
 
まさに「みのるほどこうべを垂れる稲穂いなほかな」です。
 
今日もまた、メディアや身近なところで「子」呼びしているのを見かけるたびに思います。
 
平気で「子」呼びしている人にも若い頃があって何のキャリアもない時代があったはず。露骨ろこつな子供扱い、未熟者扱いされてイヤな思いをした経験を忘れてしまったのか。あるいは、昔自分がされたから、その仕返しをしているのか。もし仕返しだとしたら、他人事ながらそんな心であることが悲しいし、残念です。
 
もちろん、なにげなく「子」呼びしている人もいると思いますが、こんな風に思う人もいることを気持ちのどこかにとどめておいて欲しいな、と思います。
 
確かに子供かもしれない。未熟者かもしれない。
 
けれど、そこで簡単に「子供扱い」「未熟者扱い」するのではなく、一人の「人間として」「大人として」接することで、彼ら彼女らに強い自覚が芽生えたり、責任感を持つなど、後輩たちが大きく成長するためのきっかけになる可能性があるのです。
 
意識的にせよ、あるいは無意識的にせよ、マウントを取る暇があるなら人生や仕事の先輩として、ますます自身のスキルを磨き、人間性を磨くことに時間と気持ちを使ったほうが、心の精神衛生上いいのではないでしょうか。
 
もしかしたら私以外誰も「子」呼びなんて気にしていないかもしれませんが・・・つい、
 
細かいことが気になってしまう
 
ワルい癖だと思っていても、やめられないのです。
 

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