鍼灸の東洋医学と漢方の東洋医学の違い
東洋医学を学習していくと、鍼灸での東洋医学と漢方での東洋医学の違いを感じる場面も多くあります。
考え方でどういったところが違うのか、治療ではどう違うのかという部分について書いていきたいと思います。
1.症例
何が違うのかというのをただ書いても分かりにくいところもあるでしょうから、症例を読んでみて、東洋医学的にはどのような状態にあるのか考えてみてください。
「27歳の女性。生理不順が数年前から続いている。月経時の出血量が少ない。普段から身体が疲れている感じがあり、なかなか疲れが抜けないと感じている。軽く頭痛がすることもあり、たまに立ちくらみが生じることがある。立っている時間が長いので、足腰が痛く感じることは多い。足先は冷えていることが多い。やや軟便気味。舌は胖大、脈は細。腹部を触れるとピチャピチャと音が鳴ることが多い。」
こういった症例は非常に多く、臨床の場ではよくお会いすることがあります。
2.鍼灸での東洋医学
鍼灸の学習している人は病能把握ができたでしょうか?
難しかったですか?
実は、こういう症例は教科書、国家試験では出てこないので、病能としては把握しにくい傾向があります。
情報としては血虚、痰湿あたりが読み取れれば十分ではないでしょうか。陽虚も生じているかと考える人もいるのではないでしょうか。
血虚:生理不順、月経時の出血量が少ない、疲労感、頭痛、立ちくらみ、細
痰湿:疲労感、軟便、胖大、胃内停水
陽虚:冷え
学校、国試として考えようとすると、血虚・痰湿・陽虚と出てきてしまうので、治療方針が四択にしにくいですよね?
ということで、臨床では遭遇しやすい症状でも、学校、国試から削除をされることになります。
ではこういった症状の人はどのように治療をしたらいいのでしょうか?
血虚・痰湿・陽虚という情報がありますが、脈所見は血虚、全身状態は血虚と痰湿、陽虚というには冷え症はそれほどでもないかと考えていくと、血虚か痰湿かとしぼっていきます。
後は、治療者の得意なところでやっていく場合もあるので、血虚から治療を初めて体調の変化を待つか、痰湿から治療を初めて体調の変化を待つかになります。
通常、どちらから始めても、非常に敏感で治療にシビアな反応を示す患者さんではない限り、血虚と痰湿のどちらの治療から始めても、だんだんと両方ともよくなり、全身状態は改善していく傾向になると思います。
血の不足を補っていくために、生成に関わる脾を治療として使うことになるでしょうし、痰湿を取り除くためには脾を治療として使うことになるので、どちらの治療から始めたとしても、同じような配穴、治療になることは多くあります。
3.漢方での東洋医学
ここで上げた症例問題のベースは「当帰芍薬散」の証になります。当帰芍薬散は女性に用いられやすい代表的な漢方薬の一つになります。
当帰芍薬散の効能は、補血調肝・健脾利水になります。
どういう病能かというと、肝の病能と脾の病能が合わさっています。
肝血虚となることで、肝自体の血による滋養効果が低下してしまい、肝気を滋養し、制御することができない状態になっています。
脾の働きが弱くなってしまっていることで、痰湿を生成させてしまい、身体に痰湿が停滞している状態にあり、痰湿による気血の循環不全も生じているので、冷えも発生していることになります。
制御できなくなってしまった肝気は横逆することがあり、ここでは、脾が弱くなってしまっているがために、肝気は脾へ影響を及ぼしてしまうことで、脾は元気よく働くことができずに痰湿をさらに生み出し、痰湿により脾の活動もより低下をしてしまっています。
どうでしょうか?
漢方の方が細かくないですか?
当帰芍薬散は血虚の代表的な漢方としても紹介されることがありますが、実は、漢方だと、血虚だけではなく、その他の気・津液などの調整も含まれていることがほとんどになります。
漢方はいくつかの生薬が集まって当帰芍薬散という方剤になっています。
当帰芍薬散は、当帰・芍薬で肝血に対応し、川芎・当帰は活血にも関わり、川芎は疏肝理気も行います。白朮・茯苓は健脾に関わり、沢瀉・茯苓は水の流れにも関わっていきます。
さらに症状がある人は、他の漢方薬も合わせて処方していくことになるので、東洋医学的な見方がさらに深く複雑になっています。
4.なぜ、鍼灸と漢方で違いがあるのか?
これは結論がないので何とも言えないですが、鍼灸の方が緩くて、漢方の方が厳しいといのもあるのかもしれないですね。
鍼灸はツボを使う数、刺入などの刺激技術、鍼や灸などの道具の違いなど、施術中に変えられるところがたくさんあるので、足すことも引くことも非常に簡単です。
漢方の場合は、身体の中に入ってしまったものを消すことはできないので、入れる前にしっかりと判定して、無駄を省かなければいけないのかもしれません。
中国では中医学として、一人の患者に対して、漢方・鍼灸を同時に利用しているので、日本の学校のようなやり方、国試の内容とは少し違うのかもしれないですね。
中医学の配穴は、気虚に対してや気滞に対してなど、パーツ毎に分けてまとめられているので、当帰芍薬散のような、血虚、肝気横逆、脾虚、痰湿の場合も、補血・疏肝理気・健脾・去痰去湿の配穴パーツを組み合わせれば治療は可能です。
5.結局、どちらを使うのがいい?
結論は、どちらでも好きな方をやればいいのではないでしょうか。
学校、国試で習うようなやり方でも食べていけている人もいるでしょうし、漢方的な考えでもやっている人もいるでしょうから、どちらでも問題ないと言えます。
私自身は、鍼灸を学習し始めたときに、「漢方の考えは漢方だから鍼灸とは違う」という言葉の呪縛にしばらく捕われていたので、漢方的な考え方は考慮することがありませんでしたが、今は漢方的な考え方が面白いと感じ始めています。
漢方的な考え方をしたらかといって、治療の効果がよくなっているかどうかはわかりませんが、自分が納得していけるというのは大事な要素です。
漢方といっても、中医系だけではなく、その他の考え方ややり方もあるので、どれが漢方として一番かというのはわかりませんね。ただ、私自身は鍼灸師になる過程で中医学を学習していますし、学校の教科書も中医学がもとになっているので、鍼灸師は中医学の漢方が一番なじみやすいのではないでしょうか。