第3回「いじめの増加と一般化」
いじめ予防を語る前に・・・
いじめ予防のアイデアを皆さんと一緒に見いだし、考え出していく前に、いくつかおさえておきたいことがある。「いじめの現状」と「いじめ防止対策の現状と課題」だ。できるだけその共通認識を持っておきたい。
というのも、いじめに関しては世代を超えて多くの人が直接的に間接的に何かしらの経験を持っている。だから、いじめ防止対策について話し合おうとすると、ついその強烈な個人的経験をもとに誰もが語りがちになる。議論がバラバラになり、収拾がつかなくなる。
(2018年6月のOAより)
私は2018年6月に「ザ・フォーカス~いじめ予防」を放送して以来、いくつか大学の授業で、いじめ予防について担当教授や学生たちと一緒に考える貴重な機会を得た。
限られた時間で議論をするには、共通の基礎知識があったほうが、より建設的になると実感した。いじめの現状と課題についてきちんと踏まえている彼らと話すのは、とても有意義だった。もちろん、その上で個人の経験談も活きてくる。
いじめ研究の泰斗・最晩年の講演
そうした基礎知識を共通基盤とするために、“いじめ研究の泰斗”森田洋司の最晩年の講演のエッセンスを紹介していきたい。
森田洋司・鳴門教育大学特任教授
(2018年2月11日の講演)
国のいじめ防止対策の実践を率いてきた森田の熱いラストメッセージが込められた講演の一つは、私が取材した「BP(Bullying Prevention)プロジェクト・いじめ防止支援シンポジウム」(2018年2月11日)の講演だった。
ちなみに森田は、この講演の翌年(2019)の大晦日に亡くなったが、2019年2月には同じBPプロジェクトのシンポジウムで「いじめの総括」というタイトルで講演している。森田がどう“総括”していったのかについても、折々で触れていく。
2018年2月11日(日)、東京駅近くの会場には、前の方の席にBPプロジェクトにかかわる4つの教育大学の学長ら大学幹部や大学教員、文部科学省、国立教育政策研究所や東京都の職員などがズラリと並び、後ろには一般の教職員や保護者も集まっていた。いじめ防止対策にもともと関心がある人たちが主だった。
(写真提供:鳴門教育大学)
いじめ防止対策推進法
講演タイトルは、『国の「いじめ防止基本方針」の改定とその趣旨』。まずこのタイトルの背景について。
2011年10月、いじめを受けた滋賀県大津市立中学2年の男子生徒(当時13)が自殺した。自殺の翌月、市の教育委員会は「いじめはあった」と認めたものの、「自殺の原因とは断定できない」と主張した。
事態が動いたのは翌年(2012)7月。同級生3人が男子生徒を暴行した疑いで警察が中学校を捜索した。異例の事態を受けて、学校側はようやく生徒たちからのアンケートを公表した。そこには悪質ないじめの実態を示す150件もの回答があった。
「昼休みに毎日自殺の練習をさせられていた」「手をひもで縛られ、口をガムテープでふさぎ、歩け、走れと命じていた」…。
当時「報道特集」ディレクターだった私は、MBS(毎日放送)の記者と共に、いじめ自殺を検証する放送に関わった。MBSの取材に同級生は「ハチを食わそうとしていたのは記憶に残っている」などと現場となった市内の陸上競技場で答えている。
(「報道特集」2012年7月21日 アーカイブ)
この事件を受けて国が動き2013年9月、「いじめ防止対策推進法」が施行された。それにあわせて策定されたのが、国の「いじめ防止基本方針」だ。学校での組織的な取り組みや発生時の迅速な対応など、法律の具体的な運用について定めている。
森田は、この基本方針を決める有識者会議の座長を務めた。またその後の問題点を踏まえた基本方針の改定(2017年3月)にも「いじめ防止対策協議会」の座長として関わった。取材したBPプロジェクトの講演は、森田がその強調したいポイントを解説する形で行われた。
「いじめ防止基本方針」の改訂はこちらから
いじめの現状
講演の冒頭、森田はいじめの現状を2つのキーワードで説明した。「一般化」と「流動化」だ。
「いじめの一般化」とは、子どもたちにとっていじめが“すぐそこにあること”を意味する。かつていじめは数名の加害者と1人の被害者という、特定の関係の子どもたちの問題として捉えられていた。だが今では、子どもたちの“誰もが”この問題の関係者となっているという。
それを反映するのが「いじめ認知件数」の増加だろう。2017(H29)年度、全国のいじめ認知件数は41万件だったが3割増えて、2018(H30)年度は54万件になった。
「平成30年度 問題行動調査結果」はこちらから
ここ数年の認知件数の増加はショッキングだが、森田らが言うように「いじめの芽をたくさんキャッチしていこうという積極的な学校側の姿勢を表している」可能性もあり、むしろ肯定的に評価していいのかもしれない。
だが、深刻に捉えるべき数字の増加もある。子どもの生命や心身、財産に重い被害が生じた疑いのある「重大事態」が474件から602件と約3割も増えたのだ。
(「重大事態」の発生件数)
グラフの「1号重大事態」は「いじめにより児童の生命,心身または財産に重大な被害が生じた疑いがあると認めるとき」で、「2号重大事態」は「いじめにより児童が相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認めるとき」を指す。1号にも2号にも当てはまる場合、それぞれに計上されている。
プライバシーの問題などもあって、どれも報道されているわけではないが、この国では「深刻ないじめ」が、把握されているだけで年間600件も起こっているのだ。
“いじめの一般化”を示すデータ
「深刻ないじめは、どの学校にも、どのクラスにも、どの子どもにも起こりうる」というのは、1996年1月に当時の文部大臣が出した緊急アピールの一節だ。この表現が、単に比喩でなく、実態そのものだと示すデータもある。
森田が講演で例示したのは、国立教育政策研究所による「いじめ追跡調査」だ。1998年から18年間、日本全体の状況を推測できる地方都市で繰り返し調査し、経年的な変化を追ったものだ。3年ごとに発表され、最近では2013年から2015年の調査がある。
「いじめ追跡調査」はこちらから
調査は、某市の全小学校と中学校で、小学校4年生から中学3年生までの全児童およそ800人を対象に行われた。2010年に4年生だった小学生が2015年に中学3年生になるまでの「いじめ経験」を6年間にわたり年2回、計12回、聞いた。
それによると小学4年生から中学3年生までの6年間を通してでは、「仲間はずれ・無視・陰口など暴力を伴わないいじめ」を「された経験がある」という被害経験者が、なんと9割もいた。さらに驚くことに「した経験がある」という加害経験者も9割に上ったのだ。
いじめ問題は1980年代から社会的関心を集めているが、今や特定の子どもたちの問題ではなく、かなり多くの子どもたちが関わっていることが顕著にデータとして表れた。
川上敬二郎 TBS報道局報道番組部ディレクター
ラジオ記者、報道局社会部記者、「Nスタ」・「NEWS23」・「報道特集」ディレクターなどを経て現職。2003年4~6月「米日財団メディア・フェロー」(アメリカ各地で放課後改革を取材)。2005年、友人と「放課後NPOアフタースクール」を設立(2009年にNPO法人化)。著書に『子どもたちの放課後を救え!』(文藝春秋・2011年)など。2019年6月に「ザ・フォーカス~いじめ予防」をOA。現在、続編を取材中。