夢のまた夢カード
人が見た夢の話ほど興味のないものはない。という人もいるが、自分はどちらかと言えば人が見た夢の話を聞きたい派だし、自分の見た夢の話も人にしたい派だ。
しかし、そうでない人がいるという事も知っているので話をする相手は慎重に選ぶようにしている。
事のついでに、夢の話の良いと思っている所を発表したいと思う。
夢の話の、無責任であるところが良いと思っている。展開がしっかりしていようがいまいがに関わらず、見てしまった事が全てなのであるからありのまま話せば成立する。場面が切り替わること、登場人物が突如減ったり増えたりする、オチがついていない、途中で終わる。そのすべてを許容してしまうのが夢の話だ。
「なぜ?」という質問を受け付けないどころか「そういう夢だったんだから仕方ないじゃないか。」という開き直り前提で話が始まる所に魅力を感じている。
そして時折、「あぁ、テレビでカレー特集をやっていたからカレーが出てきたのかもな。」などと、ヒントというのかカケラのようなものが現実にあったりもするから余計に惹きつけられる。
夢の話の魅力に似ていると思っているものが民話だ。
民話も好きで、何年か前から旅先などで古本屋や図書館に寄った際には必ずその土地土地の民話の本を手にするようにしている。
自宅の本棚に、装丁も大きさも異なる民話の本が溜まっていく感じも相まって気に入っている。
民話は、同じ話でも書き手や語り部によって差異があったり、語り継がれる中で重要だと思われる箇所が抜け落ちてしまったんだろうな。と思う未完成な良さがある。
こちらも語られることが全てなので、読み手は受け入れるしかない。
読み手は受け入れるしかないが、逆に言えば、疑問点は自分の想像や予想で勝手に補ってしまって良い。という権利みたいなものが与えられている事のような気もする。
その土地のルーツに迫っているような気にもなるが、結局なにもわからなかったりするのも良い。そして当然のように妖怪がでてくるのも良い。コンビニのような感じで妖怪が登場する。最高だ。
と、コロナの濃厚接触の疑いで、自宅付近のホテルで七日間生活した話を書こうとしたのに、夢の話に夢中になってしまった。夢だけに。
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