50 、侵略者~ 呼び戻せ人間の世界へ、呼び戻せカメ子とカーメルを。。。1/6
カメ子とカーメルの姿が完全に消え去ってしまった後、僕は茫然としたまま二人が消えた空間を見つめていた。
だけど僕がどんなに目を凝らしてその空間を見てもそこにはもう二人の痕跡は微塵も残ってはいなかった。
いつかはこの時が来るだろうと分かっていたけど、こんな急に行ってしまうなんて夢にも思わなかった。
足元で床にへたり込んだままのお母さんもきっと同じ思いでいるだろう。
しかし少しずつ時間が立つと静まり返っていた部屋から、段々と人の話し声やがちゃがちゃとパソコンのキーボードを打つ音や空調設備から吹き出る風の音などが耳に入るようになり余韻に浸っている事も出来なくなった。
それはまるで止まっていた時間がゆっくりと動き出していくようだった。
だけど僕もお母さんもそんな現実に戻ることが出来なかった。
カメ子とカーメルのいない現実には戻れなかった。
それどころか何も考える事が出来ず、まるで何かの抜け殻の様に静かにそこにいるだけだった。
そんな僕達を見るに見かねたからなのか増田さんがこちらへと応接室に案内してくれた。
「どうぞこちらのお部屋をお使いください。 今は来客などありませんし、他の者が出入りする事もありません。何も気にせずにご家族だけでゆっくりして頂いて結構ですから」
その時僕はかろうじて歩くことはできたけどお母さんはお父さんに支えられながらやっとという感じで歩いていた。
そして部屋に通された僕とお母さんが豪華な皮張りのソファーへ倒れ込む用に座ると案内してくれた増田さんは何かあれば内線で呼んでいただければすぐに参りますのでとお父さんに言い僕達家族を残し部屋を出ていった。
「丸男」
お母さんが悲しそうな声で僕を呼ぶ。
何か言葉を返そうと思うが、何を言ったらいいのか言葉が見つからない。
僕はお母さんのその寂しそうな顔を見つめるしかなかった。
「呼び戻さなきゃ。カメちゃんとカーメルを呼び戻さなきゃ。ねぇ丸男、早く二人を呼び戻さなくちゃ・・・・お願いよ丸男・・・・」
お母さんは嗚咽をもらしながらそう言うと僕のことを力一杯抱きしめた。
それを見ていたお父さんはその悲しく震える背中に優しく手を添えた。
きっとお父さんもお母さんにかける言葉が見つからないんだと思う。
そんなお母さんに対して酷な事だと思ったけど、誰かが言わなければならない。
どんなに辛くても悲しくても現実をしっかりと受け止めなければいけない。
そう思うと僕はお母さんに向き合った。
その時僕の頰に涙が伝った。
その涙はお母さんが流す涙と同じ悲しい涙だった。
「聞いてお母さん。無理なんだよ。カメ子とカーメルを呼び戻す事はできないんだ。残念だけど誰にも出来ないんだよ。僕だって悲しいけど二人を呼び戻す事なんて出来ないんだ。誰にも、誰にも呼び戻す事なんてで・き・・な・・い・・・ん? あ、」
その時、僕は ”ある事” を思い出した。
それは今の事態にとても重要な事だった。
僕は込み上げてくる自分の気持ちを抑え悲しい事実をお母さんに伝えなければと思いなんとか言葉を口にしたけど、その ”ある事” を思い出した途端、僕の心はいきなり厳粛というか張り詰めるような緊張したものに変わった。
そしてその時僕の頰にはもう悲しい涙は流れていなかった。
「お母さん、お父さんよく聞いて。もしかしたらカメ子とカーメルを呼び戻せるかもしれない」
話を聞いてもきょとんとしてる二人に僕はもう一度言った。
「とにかく家にかえろう。カメ子とカーメルを呼び戻す為に」
そして僕達は研究所を後にした。
「もう一度言う、我等は一度飛び出せば二度と帰れぬかも知れぬ。しかし、我等でなければダメなのじゃ。我等が人間を守り、そして我等がカメムシ達の未来を切り拓くのじゃ。その心づもりを忘れんでくれ」
カメムシの世界ではカメ爺が戦いに出向く為に集まった年老いたカメムシ達の先頭に立ちその士気を鼓舞していた。
カメ爺は集まった者を鼓舞する為に何度も我等がと呼び掛けていたが、その心の内は自身を鼓舞する為のものでもあった。
正直カメ爺にも宇宙からやって来た得体の知れない一つ目に対して、どの様に戦いに臨めばよいのかわからなかった。
そんな相手に作戦など思いつくはずもなく、カメ爺はただ真正面から向かって行くのみと考えていた。
そしてその先頭には自分が立とうと考えていた。
そんな中若いカメムシも戦いに協力したいと申し出て来たがカメ爺はその申し出を頑なに断った。
特に以前カメ爺にたしなめられた若いカメムシが心を同じくする他の若いカメムシ達と共にカメ爺の元へ何度もやって来た。
「カメ爺、俺たちも連れて行ってくれよ。あんた達が得体の知れない奴らと戦うっていうのを指をくわえて見てるなんて俺達できねぇよ」
若いカメムシ達は何度断られても必死に食い下がり戦いに参加させて欲しいと申し出た。
しかしそれに対してのカメ爺頑なに断り続けていた。
そして今回は今までになく大勢の若いカメムシ達がやって来たが、カメ爺はその大勢のカメムシ達に向け凄まじいほどの気迫で答えた。
「だめじゃだめじゃ。何度言えばわかるのじゃ! 何があろうと我々年老いた者達だけで行くのじゃ! お前たち若いカメムシはその後の事を考えるのじゃ」
カメ爺が発したその気迫は若いカメムシ達を圧倒し、カメ爺の首を縦に振らせることはできなかった。
若いカメムシ達の中には自分達が信用されてないのではないか、自分達の力を認められてないのではないかと思うものもいた。
しかしそれは違った。
カメ爺は顔にこそ出さなかったが集って来た若いカメムシ達の気持ちが頼もしくもあり嬉しくもあった。
だが、たとえ一つ目が自分達カメムシを苦手とするといっても戦いの場では何が起こるわからない。
何かの間違いが死に直結する事もあるだろう。
そこへ未来ある若者を向かわせることは絶対にできない。
それだけは断じてならない。
カメ爺はこの戦いを決意したその日からこの気持ちの変わることは無かった。
結局、決意して集まった若いカメムシ達はその場でうなだれるしか無かった。
そんなうなだれる若いカメムシ達の所にカメ婆がやってくると諭すように言った。
「カメ爺もそなた達の気持ちは十分わかっておる。だからそなた達もカメ爺の気持ちをわかってあげなされ」
「でも・・・・」
若いカメムシが口ごもるとカメ婆はその姿に微笑みを送った。
「若者が立ち上がってくれるのは本当に嬉しいことじゃ。本当はカメ爺は喜んでおるよ。勿論このカメ婆もじゃ。しかし若者には未来を担ってほしいのじゃ。その命を大切にして欲しいのじゃ」
「カメ婆・・・・」
カメ婆は若いカメムシ達がカメ爺の思いを理解してくれたのを確認すると最後に笑顔で言った。
「みんな本当にありがとう」
その時、突然大勢のカメムシ中から歓声が上がった。
「ん? なんじゃ? 何かあったのかカメ婆」
「さあ、なんでしょうかねぇ」
最初カメ爺にもカメ婆にもカメムシ達が沸き立つ理由がわからなかったが、しばらくすると何者かがカメ爺とカメ婆の名を呼びながら飛んで来ているのがわかった。
やがてその歓声の中から現れたのはカメ子とカーメルだった。
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