奇妙な夢の記憶
自分は強い人間だと思っていた。それがある時から抑鬱状態になった。原因は分からなかった。
悪化の一途を辿っていた時、珍しく心療内科の診察に同席した妻が言った。「この人、うなされてるんです。」
長年悪夢を見てきた。そんな時はいつも脂汗をかいて目を覚ました。これが原因の一つであったことは明白であるように、今は思われる。
しかし妻の発言を聞くまで、悪夢を見ている自覚がありながらも、それが要因だと僕は気がつかなかった。おそらく僕は寝てはいるが、睡眠は取れていない、といった状態だったのだと思う。
多くの夢は忘れてしまった。あまりの恐ろしさに、悪夢を見たという記憶だけが残り、後は消えてしまうのだ。しかし幾つか覚えているものがある。それらは記録として書き留めて来た。
十分恐ろしいが、おそらくこれでもだいぶましなものなのだと思う。脂汗をかくほどではなかったから。
まるで物語のようなものが多いですが、どれも本当に見た夢です。
このような不思議な夢を見るようになってから、幻想的な小説を読むと、本当にそういう夢をみたのではないかと思うようになりました。
夢1 温泉宿
温泉宿に友人数人と来ている。木造の宿はたいへん大きく入り組んでいる。温泉に行くにはその宿を出て、道路を渡っていかなければならない。
温泉に入って宿に帰り、皆で部屋へ戻ろうとするが、迷路のような宿で、皆と逸れてしまう。
行けども行けども誰もいないし、迷うばかり。
細い木造の階段を上っていると、窓の外に清楚な長い黒髪の女の人が立っているのが見えた。
一瞬通り過ぎそうになるが、そんなところに人がいるはずがないともう一度見ると、こちら側の壁と向こうの出窓に向けて1本の細い板が繋いであって、その上に立っている。高さは非常に高い。いけないと思って近づこうとするが、飛び降りてしまう。
慌てて人を探してまわるが、なかなか見つからない。やっとの事で、着物姿で野菜を盥で洗っている人達をみつけて、女の人が飛び降りたと言うと、最初は驚いて聞いていたが、僕が道路を渡って温泉に行った帰りだと言うと、途端に皆の表情が曇り、つっけんどんな感じに変わる。
どうも道路向こうの温泉に入る客は安い部屋の客で、そんな客の言う事は信用できないと思っている様だと感じる。
つっけんどんに「どこに落ちたのさ」と聞くので「裏手だと思う」と言い、宿の裏手に黒髪の女性が倒れている様を思い浮かべると、彼女が僕の手を伝って上へ這い上がってくる様に感じる。腕を見ると、肩より少し下の所に女性の顔がある。目を閉じていて清楚な感じで恐ろしい顔ではないが、その顔が徐々に上の方へあがって来ているのが分かる。ついに僕の頭の所に来て、僕の顔が彼女の顔になる。いよいよ閉じていた瞼が開きそうだ。ああ、このまま乗っ取られてしまうのかと思ったところで目が覚めた。恐ろしかった。
夢2 祖父の言葉
山小屋に1人で来ている。夢の中で僕は女性なのですが、その事に違和感はない。外は嵐が吹き荒れ、雷が窓の前で何度も光り、凄い音を立てて落ちる。何か悪魔の仕業の様に感じ、また幽霊の様な影が、部屋の中を縦横に通り過ぎて行くのを目にし、恐ろしさのあまり目を閉じ、耳を手で塞いでじっと蹲る。
気がつくと嵐は去り、朝日が差している。立ち上がり外を見ると、木の電柱が並び、その電線に不気味な人形が、ほぼ等間隔にずっと先までぶら下がっている。一瞬ギョッとするが、祖父が昔言った「どんな恐ろしい事も、決して悪魔の仕業などではない。人がやった事だ。だから恐れる事はない。人が対処すればいい事だ。」という言葉を祖父の顔と共に思い起こす。(僕の本当の祖父はそのような事を言ったことはなく、夢の中の女性である僕の祖父の言葉として回想される。思い起こされる顔も僕の祖父のものではない。)
立ち上がり外に出て、長い棒で電線の人形を1つづつ外して行く。(感電する危険がある様に目が覚めて直ぐ感じるが、夢の中では平気である)だいぶ行った所で腰の曲がった老婆に出会う。一瞬恐れる気持ちが蘇りかけるが、心を落ち着けて近づくと「あんたどっから来たんだい?ちょっと運ばなきゃならないものがあるんだけど手伝ってくれないかい?」と言うので「はい」と言っておばあさんの後ろをついて行く所で目が覚めた。
夢3 異国の星
僕は異国の星に住んでいる。何故この星に来る事になったのかよく覚えてはいない。昔からの知り合いは一人もいない。この国に来てから世話になった人の紹介で結婚する事になった。相手は年端も行かない少女だ。インドかどこかの少女の様に見える。こんな小さな子と結婚してどうするんだ?とも思うが、世話になっている人達の勧めだし、ここで暮らしていく為には仕方がない。彼女も断れない事情があるんだろう。
大きな湖があって、その中の浮島で結婚式が行われるらしい。沢山の人がいる。何でも荘厳な婚約の儀式が行われるらしい。少女のきらびやかな衣装からも、それが窺われる。
流れに任せるしかない。婚約の儀式が終わったら、この子と何とか仲良く暮らしていけばそれでいいだろう。そんな事を考えていると、少女の姿が見えないと騒が起きる。さっきまで直ぐ近くにいた少女の姿が見えない。皆大騒ぎで探している。なかなか見つからない。僕は、このまま見つからずに、婚約が解消になってくれたらいいなと思う。子供のした事だ。いくら何でも罪に問われたりはしまい。しかし程なく少女は見つかって僕の隣に連れて来られる。すると彼女は僕の方をまっすぐ見て「私、この人嫌い。」と言った。僕はほっとして少女の頭をなでて「君がそう言ってくれて良かった。嫌なら辞めよう。嫌な結婚なんてする事はない。」と言った。周りがなんと言うかと心配したが、思ったほど騒ぎにもならずにその場は治まった。
あれから2年がたった。婚約が解消した事は良かった。ただそれからずっと気になっている事がある。
「私、この人嫌い。」と言った後、小さな声で口ごもりながら、少女は何かを言ったが聞き取れなかった。何を言ったんだろう?気になる。何度か夢に見る。「私、この人嫌い。」そして俯き気味にボソッと何か言う。だってと唇が動いた様にも思える。だって何なんだ?一所懸命聞き取ろう、口の動きを読み取ろうとするけれど分からない。
そんなある日、偶然街で少女に会った。手を上げて「よう!」と言うと、彼女は押し黙ったまま訝しげにこちらを見て目を伏せた。
やっぱり自分から嫌いと言って婚約を解消したのが気まずいんだなと思って、そのまま通り過ぎた。でも後から考えると、少女の訝しげな目は、それだけではない何かを現している様に思えてならない。何だ?何があるんだ?あの時、結婚式で彼女は何と言ったんだ?
その晩夢の中で、今日会った2年分成長した少女が、結婚式で僕に向かって言った。
「私、この人嫌い。だって死相が出てるもの。」驚いて目を覚ます。死相だって?あんな少女が口にする様な言葉じゃない。あの荘厳な婚約の儀式。彼女は何か、そういった特別な事が分かる家系の出なのか?あの時、皆黙って何も言わなかった。皆には聞こえていたのか?彼女が言った事が。死相だって?あれからもう2年もたつじゃないか?俺の命はあとどれくらいなんだ?まさかあと数ヶ月とか?だとしたら、やはり婚約解消して良かったんだ。結婚していたら、あんな歳で、彼女は2年ちょっとで寡婦になっていたんだから。で、俺はあとどれくらい生きられるんだ?とここまで考えたところで気を失った。
目を覚ますと病院の個室の様な部屋のベッドに寝ている。周りに何人か人が座っているが、殆ど見覚えはない。一人だけ、長くケニアに暮らしていた友人のTがいるのが目に入る。何だ、誰もいないと思ってたけど、お前は来てたのか。やっぱり外国の方がお前はあってるのか?嬉しくなって彼の方を向くと、Tは俯き気味に「※っちゃんさ」と言う。俺は慌てて「やめろ、聞きたくない。俺の命はあと数ヶ月なんだ。そんな事は分かってる。俺はそれまで精一杯楽しみたいんだ。そんな事はいいから、何か楽しい話をしよう。」いつもみたいに、太鼓やリズムの話、トニー ・ウイリアムスの話なんかをしてくれ!
Tは「そうか。」と言うと、いつもみたいに話はじめた。楽しい話だ。僕も相槌を打ちながら答えて楽しいひと時。なのにどうした事だろう?何を話したのかちっとも頭に入って来ない。自分の命が短いと分かったショックで何も頭に入らないのか?違う!体調が悪すぎるんだ。聞いたそばから何を聞いたのか分からなくなる。俺はそんなに悪いのか?あと数ヶ月どこじゃない。数日の命とかなのか?
「※っちゃん、そろそろ行くよ。」Tが徐に言った。「うん」「またな」「うん」。Tが出て行くと他の人達も皆出て行って、病室に一人になった。
具合が悪い。気を失いそうだ。今、気を失ってもちゃんと目覚める事が出来るのかな?朦朧としながらそんな事を考えていると、突然ドアが開いてYH(女性お笑いタレント)が入って来た。僕の方を真っ直ぐに見て「あんた死ぬの?」と言う。「うん。あと数ヶ月なんだ。」「医者がそう言ったの?」「うん、そうみたいだ。」「医者が死ぬって言ったら死ぬの? 私は信じない。」
病気で亡くなった叔母に俺が言った言葉みたいだ。叔母は死んだ。良くなった様に見えたのは一時の事だった。
「とにかく行くよ。」えっ?「あんたの部屋へ行くよ。」俺の部屋? 俺の部屋ってどこだっけ? 俺はどこに住んでるんだ? 思い出せない。YHは僕をベッドから起こし、手を引いて連れて行こうとする。僕がふらつくと、しようがないなという風に僕の事を支えながら、2人で外へ出た。
その後どこをどう歩いたのか分からない。気がつくとビルの駐車場にある金属のドアの前にいる。このドアの向こうに、俺の部屋があるのだろうか?
YHは「ちょっと待って。電話がかかってきた。」と言って、少し離れてスマホで話し出した。こんな具合の悪い俺をここまで連れて来といて、ほっとくのか!と頭にきたが、なかなか電話は終わりそうもない。何か込み入った話の様だ。金属のドアを開けるのも億劫だけれど、彼女に話しかけるのも億劫だ。芸能人だし、やっぱり何かと忙いそがしいんだろう。僕は諦めて何とかドアを開け、中に入った。
真っ直ぐ一本の廊下が続いている。思い出した!ここを真っ直ぐ行った突き当たりに俺の部屋がある!ホテルの部屋だ。俺はホテル暮らしなのか?それは思い出せない。とにかく部屋まで行こうと、ゆっくりと一歩一歩部屋の方へ向かう。何か下半身が変な感じがする。見るとズボンはびっしょりと濡れ、真っ黒い水の様な便がスボンを伝って流れ廊下を汚している。
前を見るとエレベーターの前に大男が立っている。僕の方を振り向いて「あっ、お前、何してるんだ。」と言う。
僕は何も言わず、俯いたまま部屋の方角へ向かう。何歩進んだか分からない。部屋はまだまだ先だ。気を失いそうだ。とてもたどり着けそうもない。僕は諦めてエレベーターの前に戻った。
男はまだそこにいた。黙って僕を見下ろしている。「すいません。こんな風に汚してしまって」「・・・」「でも僕もう死ぬんです。」
男は黙って頷いた。「それで・・・?」低い声だ。
僕は無理に満面の笑みを浮かべて(そしてそれが満面の笑みだと映っている事を願いながら)「どうか皆に伝えて下さい。あいつは死ぬ時も笑顔で死んでいったよって」そう言って気を失った所で目が覚めた。
夢4 精霊
夢の中で僕はある信仰の敬虔な信徒で、大昔に地中深くに埋められたという精霊を探して、仲間と共に荒野をさまよっているのでした。
そしてついにここではないかという場所にたどり着き皆で掘り起こすと、出てきたのは巨大なイカの化け物の様なものでした。なんだこれは!精霊なんかじゃない、イカの化け物じゃないか!という事になり皆動揺するが、僕らの後を追って多くの信者がやって来る。イカさん足を隠してと、無理矢理に白い細長い精霊であるかに見せようとする。イカの目はキョロキョロと皆を見ている。「これが探し求めていた精霊である!」と1人が言うと、皆ひれ伏して拝み去って行ったが、何人かが訝しげに目配せをしている。「あいつら気がついたんじゃないか!」「足を見たのかな?!」「どうする...」「やっちまおう!」と1人が言う。イカは「食っちまうか?」と。僕は「ちょっと待て、物騒な事を言うな!俺が話して来るから」と言って信者達の方に向かうが、いい案は浮かばない。どうしようかと思いながら歩いていると、始まりの仲間と荒野をさまよう場面に突然戻る。皆真剣な面持ちで精霊を探している。まて、それは精霊なんかじゃない!イカの化け物だ!さっき見たじゃないか!と思うが声にならない。そしてまた掘り起こす。あぁイカの化け物だ!でさっきの繰り返し。また皆を諌めて去るが、やはりいい案はない。思案しながら歩くとまた始まりの場面に!これを4回繰り返し、あまりの事に苦しくて目を覚ましました。
夢5 学生寮
開けた場所に頭でっかちの不思議な形のビルが建っている。横から見ただけでも下の階の3倍以上はあり、とても奇妙だけれど、中に入ってみるとその膨れた部分の部屋はとても開放感があって心地いい。この形状がいいのだと力説されるが、その点はよく分からない。しかし好感を持った事は確かで、K先輩と「良かったねぇ」と話しながら歩いて行くと、先輩の大学に程なく着く。大学のこんな近くにあんな良いところがあったなんてと驚く。あの変な形状のせいで住みたがる人が少なく、学生も歓迎らしい。
そんな事を話しているとKさんが「でもうちの学校の寮もなかなかだよ、見て行ったら?」と言うので見に行くと確かに変わっていて、コンクリートの打ちっぱなしで、すごく1部屋が広い。そこへ皆で雑魚寝をしている。最近ここを解体する話があり、学生達に様々な嫌がらせがあるという。
そんな話を聞いていると、キングコブラを連れた男が入ってくる。年恰好は学生達と大して変わらない。キングコブラは明らかに威嚇のポーズをしていて、今にも襲って来そう。
学生達は慣れてるのか無視して寝転んでいる。見かけない奴がいると思ったのか、蛇を連れた男は真っ直ぐ僕の方へ向かってくる。僕が怖くて緊張していると「そんなに緊張してると噛まれちゃうよ、リラックスしないと、ほら、こんな近くでも僕はなんともない。あぁでもそんなじゃ危ないなぁ」などと言う。
そんなこと言われてもリラックスなんて出来ない。なんとかすり抜けて逃げ出したが追ってくる。エレベーターを上がった次の階の部屋でまた捕まり、僕は布団を被り、緊張して硬くなって過ぎ去るのを待つ。リラックスしないと、などと声が聞こえるが無視して待つ。
気がつくといつのまにか蛇と男は居ない。ホッとしてもといた部屋に戻ると、学生達は、何ともたわいのない話をしてくる。キングコブラなどはもう慣れっこでどうでもいい事らしい。僕は彼らがまた戻ってきはしないかと気が気じゃないが、皆の話は止まらない。うまく切り上げられず話に付き合っていると、案の定キングコブラを連れた男が現れる。僕はまた布団を被って硬くなり、去るのを待ちながら、もし噛まれたら死ぬのかな? 今はキングコブラに噛まれても助かる方法もあるのかもしれない。だけどハブに噛まれて毒を吸い出し助かっても、腕は腫れ、何日も痛くて熱が出て大変だと聞いたな、やだなと思ってますます緊張して硬くなっている所で目が覚めた。思わず「疲れたぁ」と声に出してしまった。妙に腹が減って、冷や飯と納豆と豆腐を食べて、また寝た次第です。
夢6 荒野
荒野の中をさまよっている。こんな暮らしをどれくらい続けているのか分からない。とにかく長い事だ。時々ミミズの化け物の様なものに出くわし襲われる。そいつは激しく絡み合っていて、頭が幾つもある。剣で応戦するがきりがない。ヘトヘトになると神社へ行き一休みする。
人は自分以外に見当たらない。皆あの化物に殺されてしまったか、どこか遠くへ逃げてしまったのだろう。そんな事を思い佇んでいると、突然空に被さっていた蓋が開けられ、僕はつまみ上げられた。
そして僕のいた所は透明の箱の中に作られた世界で、機械に入って自分の体を小さくしてからその箱の中で遊ぶのが最近の流行りだと急に思い出す。(僕はそんな事ができる、遥先の未来にいる。)
普通は安全な様に誰かがいる時にやるのだが、妻(実際の妻とは違う人、目が覚めても全く覚えのない人でした。僕自身も別人の様でした)が出張で留守中についうっかり入って、出られなくなっていたのだった。ほんの3日間の事という。化物は魚の餌に使われるイトミミズの丸い固まりだった。
夢7 殺人者
とても焦っている。脂汗をかきながら大きな建物の中をさまよっている。
僕は少女を殺したらしい。詳しく覚えてはいない。やむを得ない事情があったという事は覚えているが、どんな事情かは思い出せない。もうすぐその少女が現れる。そうすれば皆の前で彼女の体は溶けて崩れ、殺人が露見する。その前に友人に会っておきたい。そう思って探している。
カフェテリアへ行くと何人かの友人がいた。食事をしながら少し話をする。少女が現れそうで落ち着かない。他にも会いたい友人がいる。さよならを言ってそこを出る。
しばらく行くと駅のホームに友人が集まっている。近づいて行って話かけると皆温かく迎えてくれた。話に花が咲く。
すると階段を見知らぬ黒ずくめの男達が降りてきて僕の前に立ちはだかる。途端に僕の体は溶け出し崩れる。「あっ、お前、殺人を犯したんだな!」と男の1人が言う。友人達は悲しそうな目で僕を見ている。「あぁ、皆知っていたんだな」と思う。僕の体はすっかり溶けて骨だけになった。僕が殺した少女は僕自身だったのだ。
夢8 少女
少女が部屋で怯えている。女の子らしいかわいい飾り付けのある小さな部屋。少女の姉が「どうしたの?」と声をかけるが、少女は姉を振り切って逃げ出す。どこをどう逃げたのか木造の広間に出る。少女はバルコニーへ出て大声で助けを呼ぶ。
僕は古い帆船の様な姿の飛行船に乗っていて、そこへ通りかかる。手を差し伸べて少女を船へと乗せる。大きな霧の塊がやって来て、少女がいた建物ごと飲み込んでいく。飲み込まれると、生き物は皆霧になってしまう。
船は急いでその場から逃げる。生憎速度は船の方が早く追いつかれはしないが、こちらの場所を察知できるのか追ってくる。
だいぶ距離を離す事ができ、少しほっとして船から下を見ると僕の職場の仲間が集まっている。彼らと旅行中なのだという事をその時思い出す。
「どうしたの?遅かったじゃない?」などと言われるが、何か話してはいけない様に思い、黙って皆を乗せ船を出す。少女と皆はすぐに打ち解け、話をしている。良かった。
皆をホテルまで送り届けそれぞれが部屋へ向かうと霧の気配がする。行けないと思い、少女の手を取って船に乗ろうとすると、1人残っていたKさんが「どうしたんだ?何処へ行くんだ?」と言う。僕が不安気に彼を見ると、彼は僕の顔をじっと見て「分かった。あとの事は何とかする。早くしな。」と言うので、礼を言って乗り込む。
船を出すと、霧の塊がすぐそこまで来ている。船の方が早いので追いつかれはしないが、どこまでも追ってくる。
しばらく行くと男が1人助けを呼んでいる。近づいてみると、霧と組んでさんざん悪さをして来た男だと気付く。今は仲たがいして追われているのだと言う。複雑な心境だが見捨てるわけにもいかず、彼を乗せて船を出す。
どれだけ逃げただろう、大きなビルの屋上際に船は泊まり、動かなくなってしまう。何か最初からここを目指して来た様に思えてならない。
屋上へ降りると、人が1人やっと乗れる位の丸い小さな台がある。その台に乗ると、霧に呑まれても消えない大きな体になれるという事を俄に思い出す。
台に乗ろうと前に出ると、先程船に乗せた男が先に乗ってしまう。男はビルと同じ位の巨人のなりビルの横に立つ。すると霧がやってくる。男は霧に向かって大きな棒状のもので殴りかかるが、あっという間に霧に呑まれて消えてしまう。
この台に乗って、霧に呑まれても大丈夫な体になれるのは自分だけなのどだと悟り、台に乗る。
僕が巨人になると、霧は巨大な鬼へと姿を変える。僕と鬼で五分の組んず解れつの戦いが続く。互いに疲れて息がきれる。見ると少女はいない。この間に遠くへ逃げてくれればいいと思いながら意識が遠のく。
気が付くと僕は最初に少女がいた部屋に座っている。誰かが声をかけてくるが、誰だか分からない。霧の塊が迫っていると感じ、その人を振り切って逃げ出す。どこをどう行ったのか木造の広間に出る。霧は間近だ、助けを呼ばなければとバルコニーへ向けて走り出した所で目が覚めた。
この夜は2度途中で目を覚ました。しかし夢は途切れず続いたのでした。
夢9 老婆
老婆が煮込んでいる。糞やら何やら汚きたないものばかり入れてぐつぐつと。出来上がりは糞やゲロの様ではないが、何かドロドロとした油粘土の様で食べられた代物ではない。それでも皆、老婆に「お食べ」と言われると逆らえない。僕はたまらなくなって街を出た。
それから何年経つのか、僕は山小屋で暮らしている。
ある日小屋へ帰ると、何と老婆が煮込んでいる。嫌な匂いが漂う。お調子者らしきおじさんが「いやぁ、これはほんとにうまいんだよなぁ」とか言っている。しかしほんの少し口に入れ、分からないように出して、後は手をつけようともしない。
そのお調子者が婆さんをおだててここまで連れて来たのだという。あまりの事にカッとなり、小屋を出る。怒りでしばし震える。
微かな音に気が付いて小屋の方を振り返ると、少女が小屋の前で淡々と掃き掃除をしている。こんな時によく落ち着いていられるものだと、頭に来て少女を睨と、彼女は前方の斜め上を指差した。
そちらを見て、真っ暗なのにセミが鳴ないている事に気が付くと、すっと3匹の光るエゾゼミの様なのが、空のかなたに並行して飛んでいく。
その方向、山の向こうを見ると、何と富士山が橙色に燃えている!僕は驚いて部屋に駆かけ込むが、料理の事を思い出して再び駆け出す。
でたらめにだいぶ走った。どれだけ行っただろう?息が切れて動けなくなり佇む。
しばらくしてふと上を見ると、また先程の様に3匹のセミが、すっと坂の上の方へ飛んで行く。僕はセミに導かれるように坂を登って行った。そこで目が覚めた。
夢10 ダンスクラス
N先生のダンスクラスに行くと、皆てんでバラバラに変わったふざけたようなダンスを踊っている。N先生が僕を見て「ひらひらも適当に何か踊って、これはそういうものだから」と言う。
見るとドラマーは誰もいない。太鼓もない。
N先生は「これは太鼓は入らない。そういうものだから」と。しかしよく見ると、バスドラに本皮を張ったような変わった太鼓が1つだけ落ちている。
「ひらひら、やりにくかったら、その太鼓を抱えて叩いてもいいよ。ただ、これは太鼓が入らないものだから、ちゃんと叩かずに、ビョンって感じで」とN先生。ビョン?「あとダンスも忘れずに」
僕が恐る恐る太鼓を抱えて撫でる様に叩くと「そうそう、そんな感じ、踊りも忘れずに。じゃあみんな行くよ」と言って、皆で教室の中を踊りながら進む。窓際(いつもは窓などないが)まで来ると、窓1つに1つ顔が穴から覗いている。顔以外の部分は覆われていて見えない。
皆いつものドラマー達だろうか?と思ってよく顔を見るが、皆変な風に顔を歪めたり、メイクをしているのでよく分からない。ダンサー達はそれぞれ踊りながら、にこやかに顔に話しかけたりしている。顔を出している側も、変な顔のまま何か答えている。実に楽しそう。
「いい感じ、これはこういうものだから」とN先生。僕はどうしていいか分からず、左端の顔をじっと見つめてしまう。誰なのか分からない。誰だ?もしかしてKなのか?と更にじっと見つめると、窓が左端にスライドしてカーテンの陰に隠れてしまう。
「ひらひら、そんな風に黙って見つめちゃダメ。これはそういうものじゃないから」とN先生にたしなめられたところで目が覚めた。
あとがき
最後の夢はとてもユーモラスだ。こういう夢も時にはある。
6番目の夢も目覚めてみれば滑稽味を覚える。しかしこの中で1番苦しかったのはこの夢だった。そのループする抜け出せなさは恐ろしかった。忘れてしまった多くの悪夢はこの種のものなのかもしれない。
治療の成果もあってか、うなされる事は今はなくなった。
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