見出し画像

2022.08.20〜メイドの手帖〜

交際相手からのDVをきっかけに、乳幼児とともにホームレス生活を強いられた主人公が、ハウスキーパーをしながら、少しずつ生活と希望を取り戻していく、回想記。
バラク・オバマの2019年リーディングリストに入り、Netflixでドラマ化もされた作品だ。


読み終わってまず真っ先に思ったのが、筆者が、パートナーと子どもを育てることができない気づいてから、この本を世に出すことを諦めなかったことが、世界にとって、どれだけ価値があることなんだろう……ということだ。

英米では、自分の家を自分で掃除するということがあまりなく、多くの家で掃除婦を雇っているそうだ。掃除婦を担っているのは筆者のような貧困に苦しむ女性。

筆者のもともとの家庭環境は、裕福ではないが、暮らしに困窮するレベルではなかった。しかしながら、パートナーが妊娠を受け入れず、シングルマザーとなってからは、状況は一変する。

筆者の両親は既に離婚しており、支援できるほどの経済的な、そして(これがとても重要に感じた)精神的余裕はなく、一気に彼女は孤立してしまう。
生まれたばかりの我が子と、ホームレスにならざるをえない。突如筆者に訪れた不安や焦り、そして人生への諦めが、文章を通して重く響いた。

娘のよりよい暮らしのために、そして自らの夢である学士取得のため、筆者は文字通り奮闘する。いや、奮闘という言葉では全然正確に描写しきれない。掃除婦という仕事は、読前の想像を絶するハードさだった。汚い、だけならまだしも、衛生的に問題がある故に、働くことがアレルギー等といった疾患発症につながってしまうこともある。
また過酷な肉体労働により、身体を壊すことも多い、その中で、筆者の心身の余裕はどんどんと失われてしまう。

精神的な安定が得られない中でも、筆者の考えなければならないことは山積みだ。日々の生活、お金、娘のこと、娘の父親のこと、同僚とのトラブル………。毎日が強風に吹きさらされているような、落ち着きのない、痛々しさに包まれている。

米国でも低所得者層支援への批判は大きく、彼らは怠慢ゆえ貧困に陥り、その改善に努力もせず政府にもたれかかっていると評される。彼らがフードスタンプでスナック菓子を購入するのは娯楽の気持ちからではなく、身体にいい食べ物を得る経済的な余裕がないからだけなのに。

そのように周囲から見られることで、筆者は自分への自信を無くし、他人に迷惑をかけるだけの存在だと、友人関係すら築けなくなってしまう。ちょっとした気分転換も許されない。「自分のような低所得者層の人間が、そんなことをしていいのか。もっと勤勉に生きていかなければならないのでは」と思い詰めてしまうのだ。また、多少収入が上がってしまうと、途端に支援制度が使えなくなり、ますます困窮状態に陥るという点についても、状況を好転させる難しさとなっているのだろう。


筆者は、フェイスブックを通じて個人で仕事を取り、ブログを通じてこうした日々の仕事を発信することで、少しずつ道を切り開いていく。
そうした彼女の発信する力によって、完全に孤立することを避けられたことは、状況改善において大きな一手だったと思う。
が、現実にこんなに行動力のある(そして育児仕事、大学の勉強を終えたあとにそうしたことを行う気力体力)人が多くいるのだろうか。その結果、こうした人々の実態が深く理解されることなく、社会制度が築かれていってしまっているのだろう。

全編読み通しても、筆者の精神力にただただ圧倒されるが、それでも、彼女の強さを持ってしてもギリギリのラインなのだ。少しでも諦めてしまったらこの本はなかったのだと思う。

読めてよかったし、読んだからには、自分の日々の生活、とりまく社会を、もっと正確に捉えて生きていかなくちゃと、強く思わされる一冊だった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?