「ケイデンス」は、カオスなスタートアップ組織に秩序を与える
こんにちは。ALL STAR SAAS FUNDの神前達哉です。VCとして新規投資D.Dや投資実行後のサポート体制の構築を担当しています。
SaaSスタートアップのピッチやメンタリングの中で、ケイデンスについて話をする機会が多くなってきたので、noteにまとめてみます。
PMF達成後は総力戦
PMF達成後(シリーズA以降)のSaaSスタートアップは、成長スピードが命です。シャープな成長曲線を描くためには、魅力的なプロダクトを開発し続けることに加え、
という部門を超えた総力戦を行う必要があります。
一方で、組織の急拡大に伴い、情報共有をおこないながらオペレーションを回していくことが難しくなります。そのカオス状態に秩序を与えるのが「ケイデンス」です。
日本でT2D3を目指す意義を改めて考える
SaaS企業であればT2D3をもとに成長計画を立てている会社が多いと思います。日本ではSmartHRがその成長軌道にのっており、大型調達をしたことが話題になりました。(記事はこちら)
一方で、T2D3はグローバルSaaSの成長曲線をベースにした「理想的な成長スピード」ではあります。では日本のSaaS企業がT2D3を目指す意義は何かについて大きく3つの観点で整理してみます。
①S&M費に大きく投資ができる有利な市場環境を実現
まず一つ目は当たり前のことですが市場での有利なポジショニングにつながるということです。ARRが拡大すればその分投資できる額が大きくなります。つまりマーケやセールスに予算をかけて競合よりも早くシェアを獲得することができ、ブランドづくりや第一想起をとれるなどのMOATを築くことにつながります。
また、海外SaaSの参入や大手企業の新規事業などの新規参入への意欲をさげ、有利なマーケット戦略の展開を意味します。
②キャッシュが集まる(グローバルからの高い評価)
T2D3はグローバルに通用するSaaS指標でもあります。高い年度成長率を達成していることはvaluationにおいて重要な指標の一つです。
資金調達も国内だけでなく海外の機関投資家を巻き込んだ形でラウンドを開くことができる可能性も高まります。言語は違えど、SaaS KPI(数字)は万国共通です。
③「人」が集まる
特にB2B SaaS企業は少数精鋭では事業推進することは難しく、高い成長率を実現するために採用を加速させる必要があります。年間に100人以上の採用が必要になる場合もあります(3日に1人は新入社員が入る状況)
大型調達などにより、マーケットでの注目度が高まると、もちろん採用においても他のベンチャー企業よりも優位な環境を生み出すことができます。
その上で、高い成長率を実現するためには、営業・採用・開発といった複数のオペレーションを高速で回していく非常にカオスな状況に突入するということを意味します。
この状況を突破するためには組織に秩序を与える必要があります。ケイデンス経営はその切り札です。次に具体的にケイデンスのステップについて確認していきます。
ケイデンスの進め方
ALL STAR SAAS FUND ブログによる日本語版記事をもとにプロセスを整理してみます。
続いて、それぞれのステップについて考えてみます。
①四半期を「1ターム」として捉える
スタートアップのPDCAのサイクルは四半期がベスト。セールスサイクルは初回商談から2ヶ月〜3ヶ月くらいクローズまでかかるため、月次目標はボラが激しく予測しづらいからです。またイレギュラーが発生するとリカバリーが効かないのでモラルを下げることにもつながります。もちろん年次単位だと軌道修正に時間がかかります。
②「セールスとファイナンス」/「プロダクトとマーケティング」の2つのカレンダーに分ける
セールスとファイナンスは報告上の理由から同じカレンダーで動くことは馴染みがあると思います。個人的にケイデンスの肝は、プロダクトとマーケティングを同じカレンダーで繋げて考えるということだと思います。
開発とマーケティングの連動をさせることで、四半期ごとに大きな山場を設定し、そのリリース効果を最大化することに寄与します。開発サイドでは、対外的なリリースという明確な期限が設定されることで、目玉となる新機能の開発の優先度が高まります。そしてその上で日常のバグの改善やアップデートに必要なリソースを確保するという体制を組むことができます。
一方、マーケや広報はプロダクトロードマップを元に、マーケティング効果を最大化するために、新機能や獲得大型ロゴ、資金調達などの「ニュース」をどの時期にどの順番で盛り込むかをデザインすることができます。
③四半期ごとにローンチイベントを企画
そしてケイデンスの最重要ポイントは、四半期ごとに新機能のローンチイベントを企画するということです。AppleのWWDCやsalesforceのDreamforceをイメージしてもらえれば理解しやすいと思います。
年に1回、大きなユーザーを巻き込んだカンファレンスを企画し、残りの3回はウェビナーなどで進め、四半期ごとに1回は対外的な発信イベントを実施することが理想です。
ただし、開発体制が完璧に整備されていないと、年に4回の大きな機能開発を組むことは難しいので注意が必要。最初はローンチイベントは年に2回、リード獲得のための他社(有力企業)との共催カンファレンスを2回などでも良いと思います。
大切なのは新機能の開発の優先度を下げず、リリースの効果を最大化するマーケティング戦略を組む。そして社内に勢いをつけることです。
※CAB(Customer Advisory Board)との連動
Treasure DataのCEO太田さんのブログには、このローンチイベントとCABの連動について解説されており、目から鱗でした。
ローンチ前に一定のロイヤルカスタマーやエバンジェリストに新機能が使われている状態をつくることでイベント後のCSのUpsellなどの拡大営業やSales新規営業も加速させることができます。
ケイデンスはカスタマーサクセスにも非常に重要で、永遠のベータ版として常にアップデートしていくことへの期待感を醸成するためにも新機能やアップデートは最新情報を顧客にデリバリーしていく必要があります。
④「イベント」と「四半期決算」を軸に2つのシステムを統合
上記を踏まえ、セールス、ファイナンス、マーケティング、プロダクトのそれぞれが、イベントを起点に動き方が整理されてきます。
ケイデンスのメリットについて
①会社全体の「テンポ」が合う
ケイデンス経営を行うことの最大のメリットは、階層(経営/メンバー)や部署の違いを超えて「組織全体のテンポが合う」ところにあります。
経営がいかに「T2D3だ!ARR100億を目指そう!」と言っても、メンバーからすると具体性やリアリティがなく、遠すぎます。それにより職種ごとにも見えている景色が違ってくるので、戦略についての解釈のズレが生まれやすくなります。
一方で、山場となるローンチイベントや四半期ごとの営業目標をしっかり設計することは、期限が設計されることを意味します。よって、目標に対しての目線が合いやすく、チームのモチベーションを飛躍的に高めることに貢献します。
②組織同士の対話を促し、良いカルチャーへ
ケイデンスはカルチャー作りにも影響します。ローンチイベントに向けては、一つのチームでもズレるとうまくいかないため、それぞれのファンクションが連携する必然性がうまれ、組織同士のコミュニケーションを促し、組織の断絶を防ぎます。
③新機能のローンチを前進
SaaS企業において、よくある悩み事の一つがエンジニアのOKRが設定しづらいということです。新機能のリリースや機能アップデートが遅延すると、どれくらいの痛手になるのかを算出することが難しく、どうしてもバグの修正やユーザビリティの問題を優先しがちです。
ケイデンスを回すことにより、新機能開発という将来の収益につながる重要事項に緊急性をもたらし、機能開発を前に進めることができます。
また、カミナシ SaaS FMの第8回エピソードでは、ログラスCEOの布川さんによるケイデンスの解説が非常に具体的でわかりやすいです!(45分頃からケイデンスについての話が始まります)
事業相談や壁打ちはいつでもご連絡ください!
シリーズA〜B調達以前のスタートアップで、どのように事業を進めていくかで悩んでいる方や、モメンタムを社内で醸成したい方に少しでも参考になれば幸いです。
SaaSスタートアップの資金調達や事業壁打ちは下記よりいつでもお待ちしています。
※My special thanks to 前田ヒロ
参考文献
①Treasure data CEOの太田さんのブログ(日本語)
②The Cadence: How to Turn Your SaaS Startup into an Army with David Sacks (Video + Transcript)
③SaaSスタートアップは「ケイデンス」で運営せよ──PayPalやYammerを率いた経営者が伝授
④ユニコーン企業となったSmartHRは、どれほど規格外なのか?(ITmedia ビジネスオンライン 2021年06月09日 05時00分 公開)
⑤ユニコーン企業となったSmartHRは、どれほど規格外なのか?(ITmedia ビジネスオンライン 2021年06月09日 05時00分 公開)
⑥Helping Entrepreneurs “Triple, Triple, Double, Double, Double” to a Billion-Dollar Company Battely Ventures