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仏教とキリスト教についての随想

母は禅寺で産まれた。私が小さなころには、車で二時間はかかるところにあり、途中で山道を走るとき、きまって嘔吐した。遠くを見て、と姉に言われ、懸命に耐えようとしたが、毎回、紙袋を入れたビニル袋のお世話になった。
 
寺の本堂は、子どもから見てとても広かった。仏教についての説明された模造紙が貼ってあるなど、なんでもないものと思っていたが、後に歴史を習ったとき、全部知っていたので、役立ったのは間違いない。
 
しかし、なんといっても怖いのは夜だった。はばかりに行くのに、暗い部屋を幾つも通り抜けねばならない。いや、それならまだよかった。そちらには祖父母が寝ているから、と言って本当に真夜中には、外にある庭に行かねばならないことがあった。これがたまらなく怖い。墓地と納骨堂の最中にあるのだ。とてもひとりでは行けなかった。
 
私は怖がりだった。そこにいろいろな意味があるのではあるが、割愛する。男の子のくせに、などと今言えば問題だろうが、当時はそれがあたりまえの道徳だったから、要するに弱虫極まりなかったのだ。
 
「般若心経」を母は愛していた。魔除けになる、とか何とか言われて、小学生のときに覚えた。もちろん意味など分からない。呪文である。いまも殆ど出てくる。意味をある程度知るようになったのは、近年になってのことだ。確かに、仏教らしい知恵である。日本仏教のように、風土化された教えではなく、インド的な知恵というものに相応しいと思った。
 
それにしても、仏教は、あまりにも枝分かれしていないか。ゴータマ・シッダールタと呼んでよいのか、それとも単純に釈迦と呼ぼうか。シャカ族という名ではあるからためらうし、仏陀と呼べば悟りを開いた者ということになる。さしあたり、一般的な響きから釈迦と呼ばせて戴く。この方の知恵というものが、日本人の口にする「仏教」に、どれほど残っているのか、疑問である。
 
仏典が多様に編まれた。そのどれもが、我こそは仏陀本来の教えなのだ、と権威をもとうとしたが、もはやまとまりもつかないほどになっているのではないだろうか。そもそも上座部と大衆部とに分かれたのが、釈迦の入滅語一世紀を経た辺りだとも言われている。これがもはや日本伝来の後、原形を留めないほどになったと言われても仕方がないくらいに、アレンジされた。鎌倉仏教になると、ますますそうなったと言えるだろう。
 
だから、「仏の教え」という法話があっても、どんな経典に基づいているのかによって、意味合いがだいぶん違うことになるだろう。ざっくりとした受け止め方しかできないほどの素人なので、これでも無責任に、誤りであることを言っているかもしれない。特に、仏教の多様性については、私のたんなる思い込みであるのかもしれない、という懸念は強い。
 
何が言いたいのかと言うと、日本人で「無宗教」と称する人の問題だ。それは多分に、たとえばキリスト教徒のように、聖書というひとつの基準があり、信仰のエッセンスについて一定の理解を、誰もがある程度説明ができる、というあり方が、宗教を信じている、ということだとすると、そんなことのできない自分は、宗教を信じているとは言えない、という気持ちになるのではないか、と私はほのかに想像している。
 
中にはもちろん、神道について真剣に学んでいる、という人もいる。先日、福岡の宗像大社に行った。参拝目的ではなかったが、私たち夫婦は、あちこちの神社仏閣をよく訪ねるので、そのひとつでもあった。鳥居をくぐる際に深々と礼(一揖・いちゆう)をして入る人が幾人も見られた。柏手を打つというのはよく見られたが、祝詞のような唱えことばを歌うように祈り続けている人もいた。
 
もちろん仏教についてもそうなのだが、自覚的な信仰があるというのでなしに、墓が寺にあるから、という意味で仏教徒の扱いを受けている人は多い。地域に住むだけで神社の氏子にカウントされているというのは意識外かもしれないが、少なくとも墓があるという意味では、寺の門徒であると呼ばれることは納得の上であろう。
 
ただ、それでは自分は仏教を信仰しているのか、と問われれば、仏教についてはあまりよく知らない、と答えざるをえない人も少なくないだろう。
 
阿弥陀信仰というものがある。日本に伝来したのは七世紀ごろだろうと言われている。これは日本人の心に適うものだったらしく、いまは真宗関係に受け継がれ、人口的には半分はそれではないか、とも言われている。その信仰内容をよく知るひとももちろんたくさんいるのだが、「家の宗教」として「仏教」だという自覚である程度だと、なんとなく手を合わせるとか、お経をありがたく聞いているとか、「極楽浄土」というものを想像するとか、そういうことが宗教だと捉えている人もいることだろう。
 
何か仏様にまつわる逸話があればよいほうで、なんとなく先祖を大切にしましょうとか、人助けは尊いものですとか、そんな法話を聞いて、仏教を知ったことになっている場合も、あるかもしれない。
 
さて、それが信仰なのか。そもそも「信仰」という言葉の示すものが、キリスト教と仏教とでは異なるに違いないわけで、何をどうなどと議論しても仕方があるまい。教会で聖書の話を聞いて、信仰について学んだとしても、仏教という世界でしみついたものがあるからそれを離れてキリスト教へ、というふうには考えられない、というのが平均的なところであるのではないか、と推測する。
 
心の中はしっかり仏教がしみついていながら、聖書を開き、賛美歌を歌っている、という人も、現実に教会にいることだろう。家の仏教行事になんの違和感もなく、適応しているタイプの人も、少なからずいる。ときに、先鋭的に、そうした家の宗教に抵抗する人ももちろんいるのだが、仏教的慣習の中に、親和性を以て接している、というあり方がわりとあるような気がする。
 
その家で、教会に通うのが自分ひとりだ、というような場合もあるのだ。特に夫がキリスト教徒ではない、という女性はどこでも見られ、夫婦で教会に通う私たちは、一人だけ教会に行く者の生活は、なかかな想像がつかないでしょうね、と言われたことがある。確かにその通りだった。どれほど毎日の生活の中で、キリスト教信仰について葛藤しているか、また夫婦が信仰が異なるというのがどう辛いもので、礼拝説教でもどんな気持ちで聞くことになるか、私の想像が行き届いていなかったことを思い知らされたのであった。
 
中には、神を信じないと滅びるのだ、と強い態度で、家の仏教を護る人に迫るようなタイプの伝道をしている教会もある。昔はもっと強かったかもしれない。いまはそうまでは言わないのが普通である。しかし、だからこそキリスト教は弱くなり衰退しているのだ、という形で迫る声もある。
 
心から仏教を信仰している人の心に無理に立ち入るつもりはない。時に、そうした人に神が働きかけ、あるとき教会へ導かれる、という例もあるにはあるから、それはもう神の領域なのだろうと思う。しかし、なんとなく昔から家の宗教として仏教に関わりがある、という程度の人であれば、機会があったら聖書を読んでくださったらいいな、と思っている。
 
キリスト教徒が、知恵の本として仏教書を読むこともあるのだ。私も時々読む。そこには豊かな知恵がある。仏教は、宗教と呼ぶよりは、知恵の宝庫であるように私は思っている。だから、仏教徒と考えている人が、知恵の本として、教養書として、聖書を読むことも、あってよいのではないだろうか。何かを教えてくれる、ためになった、そのようなことは、かなり日常的なものであり得るのではないか、と私は思っている。

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