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ミュージカルの稽古ピアノのはなし【後編】:ゲスト 宇賀村直佳さん

 ミュージカルに関わる方々に、これまでの歩みや仕事について伺う企画『Into the Musical』。Vol.1は稽古ピアニスト宇賀村直佳さんです。

 ミュージカルや音楽劇などの稽古でピアノを演奏し、オーケストラやバンドの役割も担いつつ、主に音楽面で作品づくりを支える稽古ピアニスト。
 今回は、宇賀村さんの稽古ピアニストとしてのこだわりや、稽古ピアノを目指す方へのメッセージをお届けします。


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1-5 宇賀村直佳さんに10の質問!
1-3 ミュージカルの稽古ピアノのはなし(前編)
1-2 ライフストーリー(後編)
1-1 ライフストーリー(前編)




ー こだわりポイント ー

 まず、稽古ピアニストとして宇賀村さんが特にこだわっている3つのポイントについて語っていただいた。(※以下、「 」内は宇賀村さんのコメント)


【1】 オーケストラを弾く

 宇賀村さんにとって、稽古ピアノに臨む際のメインテーマは「オーケストラを弾く」こと。

「稽古ピアノからオケ(オーケストラ)に変わった瞬間の違和感を少しでもなくすことがこだわりです」

 そのために、音源を徹底的に聴き込み、楽譜を見ながらイメージを膨らませる。

「音資料があれば、オケの音を聴く。そして、稽古譜に書いてある楽器名を見ながら、木管ならフルートとクラリネットの音色の違い、ベースならエレキとウッドベースの残響の違いなどを想像して、どこまで近づけられるか、楽しみながら研究しつづけます」


【2】 伴奏ではなく、共演

 そして、役者の呼吸に合わせて演奏するために意識しているのは、「一緒に演じること」。なぜなら、呼吸や気持ちの動きは、視覚よりも流れの中で感じ取れるものだからだという。

「私は、稽古ピアノは伴奏ではなく、共演だと思っているんです。ストーリーを演じるのは役者と一緒。しかも、全役を演じ分けるので、役者と一緒に世界観を作ることがすごく大事。それがやりがいであり、大変なところでもあります」

 芸術分野にもAI技術が活用されつつある昨今だが、この「共演」は、人間だからこそ叶えられる部分ともいえそうだ。


"役者さんの気持ちが高まったら、ひと間置いて出てください"

 そして、実は彼女が役者と「一緒に演じる」ことの奥深さに目覚めたのは、ある作品の稽古がきっかけだったという。

「『にんじん』(1)という作品のある場面で、演出家の方から、"役者さんの気持ちが高まったら、ひと間置いて出て(弾いて)ください"というオーダーがあったんです。

"大事な場面でタイミングを任されてしまった!"って、正直、最初はビビりました(笑)。でも、それまで動きや台詞をきっかけに弾くことが殆どだったので、そのオーダーに深さを感じて、すごく面白いなと」

 今でも正解のタイミングで出られていたかどうかはわからない。だが、毎回、ただひたすら役者と心情を共にして、自分が"ここだ"と感じた瞬間に覚悟を決めて弾いていた。

 そして、気づけば連日、その刺激的な稽古に痺れ、魅せられていたという宇賀村さん。

 「それで芝居好きになっちゃったんですよ、私!」と身を乗り出した後、「でも、同時にミュージカルが苦手な人の気持ちが少し分かってしまったところもあって」と苦笑する。しかし、一部の人に苦手だと感じさせてしまう原因は、決してミュージカルのつくりそのものではないと感じている。

 たとえば、ミュージカルの違和感あるあるとして時々語られる"突然歌い出す"場面。これについても、「全ては持っていき方次第」だと語る宇賀村さん。

「突然歌うことも、お客さんの感情がついてこられるなら全然あり。でも、たとえ(技術的に)上手くても、歌で急にモードがコンサートのように切り替わると"うっ…"となります(笑)。
つまり、そこを活かせるかは演出の流れや歌う人の力量次第。私は役そのままの表現が聴きたいから、気持ちで歌える人がすごく好きです」

 ミュージカルならではの要素を感動や興奮に昇華させるか、はたまた違和感として浮き立たせてしまうのか。それは、演じ手や演出家の意識にかかっている部分が大きいのかもしれない。

※(1)『にんじん』:ジュール・ルナールの小説を元につくられたミュージカル。初演は1979年だが、2017年8〜9月、38年振りに東京と大阪にて再演された。


ー 稽古ピアニストを目指す方へ ー

 つぎに、将来、稽古ピアニストを目指す方に向けて、きっかけの掴み方や準備について詳しくお話を伺った。


【1】 チャンスの掴み方

「自ら門を叩いた人に聞くと、プロデューサーや制作会社に問い合わせたり、大手の劇団やミュージカル科がある学校で募集を見つけたという話が多いですね」

 宇賀村さんのように、知人から偶然紹介される場合もあるが、稽古ピアニストを目指す場合は、関係各所に直接問い合わせたり、日頃から募集情報をチェックしておくなど、積極的な行動が有効といえそうだ。


【2】 準備

 そして、稽古ピアノの仕事を目指すにあたって、事前にしておいた方が良い準備や、実際に仕事を始めてから経験しておいた方が良いこととしては、主に次の3点が挙げられるという。
(※写真はイメージ)

■ 生の音楽に幅広く触れる

「私は仕事を始めてからたくさんのジャンルの音楽に出会いました。特にジャズは、その空気感や音に近づきたくて、とにかく生のライブに足を運びましたね。生で触れた経験は絶対無駄にならないし、助けになります」

■ 他の楽器とのアンサンブル経験

「稽古ピアノはただ合わせる仕事ではなくて、指揮者がいない時は引っ張っていく必要があるし、その都度、臨機応変に対応できなきゃいけない。だから、他の楽器の中で存在する体験をしておくことはすごく大事です。
また、私の場合、大学時代に専攻以外の楽器を演奏するオーケストラサークルでフルートを担当した経験も、他の楽器の音を表現する際やオケの擬似体験としてすごく役立ちました」

■ (+α)本番のオーケストラでの演奏

 また、これは仕事を始めてから得られる機会ではあるが、稽古ピアノをしていると、公演本番でのピアノやシンセサイザー演奏のオファーを受けることがある。こうした本番のオケでの演奏経験も、稽古ピアノに大いに活かされているという。

「鍵盤を叩くとすぐ音が出る鍵盤楽器は、下手すると他の楽器よりタイミングが前に行っちゃうし、シンセサイザーは数小節ごとに音色を変えるケースがあるので、ピアノにはない機械的な操作に苦労することもあります。

でも、楽器によって音が出るまでのタイミングや発音の長さなどが違う中、自分がどこに存在すべきかを考えたり、オケの中で各楽器の音の響きを肌で体感することは、稽古ピアノをする上でもすごく大きな経験になっています」


 演者の息づかいを感じ取りながら、オーケストラの壮大なスケールや、繊細なニュアンスをピアノだけで再現する稽古ピアノ。稽古場の音楽を一手に担う稽古ピアニストにとって、肌で覚えた音や楽器の響きの感触こそが大きな指針となることがわかった。


 2回に渡ってお送りしてきた"稽古ピアノのはなし"、如何でしたでしょうか?
 宇賀村さんへのインタビューも残すところあと1回となりました。次回は、"宇賀村さんに10の質問"をお届けします!どうぞお楽しみに♪

【企画・取材編集・撮影:Tateko】

※記事、写真の無断転載はご遠慮ください。


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Vol.1-1 ライフストーリー(前編)


★ 宇賀村 直佳(うがむら なおか)プロフィール

国立音楽大学卒業後、青年海外協力隊に参加。
2年間ザンビアの大学に音楽講師として派遣される。
帰国後は、数々の舞台で稽古ピアニストを務める他、ライブやイベント、ミュージカルでの演奏活動も行っている。
稽古ピアニストとしての主な参加作品に、『ミス・サイゴン』『レ・ミゼラブル』『エリザベート』『Tootsie』『VIOLET』『ベルサイユのばら~半世紀の軌跡~』『Endless SHOCK』などがある。


( ロゴ・ヘッダーデザイン:  大槻ゆか )

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