災害ボランティアにおける重機利用
はじめに
近年、毎年のように大規模な水害が日本各地に被害をもたらしています。また、南海トラフ地震など大規模な震災も懸念されています。大規模な災害がいつどこで起きても不思議ではなくなっています。しかしその一方で被災地を助けようと多くの災害ボランティアが全国から駆け付けています。大勢の手作業のボランティアに混じって、建設重機の姿を見かけることも多くなりました。
公費解体は以前より可能ですし、今夏の九州水害から復旧費用の公費支給がようやく始まりました。それまで一般家屋や私有地の復旧は所有者の自助努力とされていました。しかし、被災地の多くは高齢化が進み、業者も不足。そこで近年、その穴を埋めるべく災害ボランティアが活躍してきたのです。
今回ここで取り上げる重機は、土砂や瓦礫の撤去、倒壊家屋のショアリング、伐木の補助など、多様なニーズに対応する資機材の一つにすぎません。
土砂撤去は手作業でもできますが、搬出に合成油脂素材の土嚢を使うため、このことが後々環境被害につながっています。重機であれば直接ダンプに載せて集積場に搬送できるので汚染を避けることもできます。また人海戦術の手作業とは異なり、密になる必要がないことから、ウィズコロナ時代の被災地支援でその価値が改めて見直されています。
重機の種類
災害ボランティアで用いる重機の種類はさほど多くはありません。最も多いのが油圧ショベルです。主流の業界用語では「油圧ショベル」ですが、重機、ショベル、ショベルカー、ユンボ、バックホー、ドラグショベル、パワーショベルなど様々な呼称があります。
油圧ショベルの大きさはほとんどの場合「機体質量」を基準にしています。機体質量とは作業機、排土板、キャノピーやキャビン、そして燃料や潤滑油・作動油を除いた乾燥重量を指し、機械質量はそれらを含めた動作可能な状態の機体の重量を指します。トラックに搭載する場合、積載重量は機械質量を基準にしなければ過積載になってしまいます。例えば油圧ショベル2トンは、積載重量3トン以上のトラックが必要になります。
機体重量3トン未満の小型重機・ミニショベルとよばれているものが移動や作業に重宝するため多く使われています。1.5トン未満のマイクロショベルと呼ばれている超小型の機械も小回りが利くことから庭先や家屋内の作業に使われています。
人の腕のような作業機の先につけるアタッチメントを装着して様々な作業に対応します。被災地支援では土砂を掻きだすバケットや、物をつかむハサミ機(または機械式フォーク)が主流です。(大型重機では向きを自在に変える油圧式フォークや、伐木処理をするハーベスタ、解体に使うブレーカなどがありますが、小型重機には搭載できないのでここでは割愛します。)
ホイールローダと呼ばれる機種も使われます。大きなバケットで土砂をすくいダンプカーなどに一気に積み込みます。一見ブルドーザに似ていますが、履帯(クローラとも、なお「キャタピラ」は商品名です)ではなく太いタイヤで走り、自重で土砂を押して整地するのではなく、勢いですくい取ります。
トラックに付属する小型移動式クレーンも瓦礫の撤去や積み込み、屋根の応急処置の補助に使われます。今まで事例はありませんが、同じく屋根の応急処置に高所作業車を使うことも一部団体で検討されています。
重機ではありませんが、被災地支援ではチェーンソーや軽トラック・軽ダンプも大きな力になります。
ここでは最も多くつかわれている小型の油圧ショベルに絞って、周辺事情や初歩的な操作方法を紹介します。
資格
小型の油圧ショベルの操作免許はありません。ただし業として労務を提供する場合、「小型車両系建設機械整地等特別教育」「小型車両系建設機械解体特別教育」といった安全教育を受ける必要があります。これを一般に資格とよんでいます。災害ボランティアは自発的で無償なので不要ということになります。しかし、レンタルで借りる場合、保険、あるいは行政との関係の上で必要となることも考えられます。なお特別教育ではほとんど実技練習はありません。操作練習は別途準備しなければなりませんが、練習施設も教習所もほとんどありません。
保険とレンタル事情
重機の操作はボランティア保険の原則適用外です。レンタル業者から借りた場合、機械自体に保険がついているのでこれを適用することができます。
レンタルは一日単位で借りる場合、2トンクラスで1万円前後です。瓦礫などをつかむのに便利なハサミ機はそれだけで1万円ほどと本体を借りるほどの相場です。また、被災地支援では下に向かって穴を掘ることは少なく、積もった土砂をすくいとることがほとんどです。その作業に適した平爪を指定することも必要です。
履帯の指定も重要です。履帯はシューの材質により鋼鉄製、ゴム製の2種類があり前者は荒地の走破性と耐久性にすぐれ、後者は比較的軽量で舗装路面を傷つけないなどの特性があります。被災地支援では走行路面を選べませんのでゴム製または鋼鉄製にゴムパッド(下の写真参照)をはめたものが好まれます。
構造
油圧ショベルの動力は油圧です。ディーゼルエンジンの力で圧縮した油圧を作業機の動作、上体の旋回、履帯による走行に用います。油圧ショベルの可動部分はすべて円運動です。平地の泥をすくうなど直線的な作業には工夫した操作が必要です。
作業機はおもにブーム・アーム・バケットからなります。バケットをハサミなど他のアタッチメントに容易に交換できます。土砂をすくってダンプに載せるなどの作業の場合、作業機とともに走行装置の上に乗った上体を旋回させます。
走行装置の下部前面には排土板またはブレードと呼ばれるブルドーザに似た装置がついています。主な目的は簡単な整地でしが、機体を持ち上げるなど様々な応用操作に使われます。また、掘削などの作業時にあらかじめ排土板を地面におろし車体を安定させておきます。
ブームスイングといって作業機は左右にたたむ機能が付いたものもあります。この機能を使って側溝の掘削や、狭い空間での取り回しに応用します。
安全確保
被災地支援における油圧ショベルの操作は独特のものがあります。建設現場の様に乗りっぱなしということはほとんどなく、頻繁に機械から降りて手作業や打ち合わせを行います。また現場には他の多くの支援者が集まってきています。安全確保に妥協は禁物、収益事業とは異なり効率よりも安全を優先します。
油圧ショベルに限らず一般的に重機は大変視界が悪く操作に危険が伴います。小型の油圧ショベルは右側にエンジンルームがせり出しており右方や後方の視界が特に悪いのです。また正面についている作業機自体も視界を妨げます。無理に車上から見ようとせず、その都度降車してその目で確認します。周囲に他の作業者がいるなら、必ず別途監視を置いて警戒や誘導するようにします。
作業機の最大可動範囲半径+2mを目安に、このゾーンに人が立ち入る場合、安全確保を優先し作業中止。排土板を降ろしエンジンを停止しロックレバーを挙げて完全に停止状態にしてから安全を確認します。
バック走行は原則禁止です。後方に移動したいなら上体を旋回させて進行方向に向きを変えます。その場合も視界の悪い右旋回ではなく、左旋回で回ります。ただし左に重心が傾いているときは注意を払いながら右旋回で対応します。
不整地の走行は特に注意が必要です。油圧ショベルそのものの登坂能力は45度までですが、履帯だけを信頼せず、杖をつくように作業機を使って安全確保しながら走ります。
横方向の傾斜にも注意が必要です。おおむね10度以上傾いたら、上体を横に向け作業機を伸ばすなどしてバランスを取りながら走る必要があります。
重機の限界をよく知り使いこなすことが必要です。
重機の積み降ろし
油圧ショベルは一般公道を走行できません。現場の間を移動するにはトラックやダンプの荷台に乗せる必要があります。行政は細長い2本の道板(渡り板またはブリッジとも)を昇降するよう推奨していますが、しばしば転落して死傷事故が起きており、必ずしも安全とは言えません。保険会社も道板方式を保険対象から外すことを検討しているといわれています。
荷台そのものがスライドして接地するセイフティローダーやローダダンプが最も安全な積み込み手段です。
公式には推奨されていませんが、直積みという方法もあります。その都度作業機や排土板で支点を確保しながら動作すれば、むしろ道板よりも安全だという意見もあります。
基本操作
浸水被害や土砂災害の現場では平らな地盤の上の土砂をすくいとる作業が最も多く要求されます。平ツメによる「鋤取り」動作で対処します。建設現場と異なり下に向かって穴を掘りすすめる作業はほとんどありません。円運動する作業機にとってこれは苦手な作業です。作業機の各部を同時に動かしながら直線運動を実現します。
アシストターンはその場で車体全体の向きを変える場合に行います。履帯を逆方向に回せば転回(超信地転回)できますが、小型重機は履帯に遊びがあるため簡単に外れてしまいます。動画の様に作業機で車体の片面を浮かせて一気に向きを変えます。
また大きな段差はいくつかの姿勢を組み合わせて乗り越えなければなりません。
崩れやすい段差やケーブルなどの障害は、履帯で踏みつぶさないよう、車体を浮かせて乗り越える必要があります。
作業機にフックをつけてものを吊るし、そのまま移動することもできます。公式には回転可能なフックをつけることになっています。一方でその制度ができる以前からバケットにフックを直接溶接しておき、そこにワイヤを通すことが行われてきました。
緊急脱出法
以下の応用操作は公的に推奨されている操作方法ではありません。被災地支援では思わぬ事態に遭遇することもあります。緊急脱出法として参考にしてください。
履帯をウィンチの様にワイヤーを巻き取ることもあります。物を牽引するには他にはスリングを排土板の穴に通す方法もあります。
瓦礫の中には破壊された自動車やかさばる木の根などもあります。このような大きな対象物を排土板とバケットとで挟んで運びます。
メンテナンス
機械はこまめなメンテナンスが必要なのは言うまでもありません。作業機へのグリース注入や、履帯を浮かせて車体下部の点検や汚泥の除去を必要に応じて行います。
重機に使われる様々な動作油は大変高い油圧を保っています。噴き出すときの威力は拳銃弾に匹敵するものもあります。メンテナンスマニュアルをよく確認しておきます。