夜記(よるき)(14)
嘗て少女は胸の内に殺人鬼が棲んでいるような気がしてならず、二年間ほどかけて殺人鬼に関する本を読み漁っていました。
そしてその数年後に「自分に人は殺められない」と納得した。けれどいつかその殺人鬼が爆発したらどうなるのか知らない。
10月19日 火曜日 曇りのち雨
彼女はあらゆる殺人鬼と似ていました。家庭環境も、思春期までに学んだ言葉も、肉体に特異な点があることも。(彼女は周囲に小人と称されるほど体が小さくて、弱かった)
力の無かったものが人並みの体格と力を得て、それなりの知恵が身につくと、急に凶暴になることを彼女はよく知っていました。それは自分でも同じだと。
でも、人や生き物を殺めきれない点だけがどうしても違っていて、どんなに時間をかけてもこの点だけが理解できなかった。
何かの死を願うことすらない。破壊も願わない。
既に死んでいるし破壊されている。そのうち死ぬし破壊もされる。でも生きている。
どんな目に遭っても、体に傷を負って血を出してしまうことが何度あっても、持ち金を全て失って生活が破壊されても、死や破壊以外の方法でなんとかしようとしてしまう。
それを間違っている、変だと思っていたのは誰?他の誰でもなくわたしなのではないの?
彼女の自問自答は20年以上続いたものです。
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幸い彼女は五体満足で暮らしています。
胸の内の殺人鬼は自問自答に耐え兼ねていつの間にか死んだようです。殺人鬼と一緒に自分の可愛かった何かも死んだような気がしています。
雨の夜、カーテンを開けて音楽を聴きながらぼんやり考える。自分に向ける辛辣な言葉を人には向けられない。でも輝かしい未来を願っている。
死んだのは、嘗ての愛する全ての人たちの罪と罰を肩代わりした頃の少女でした。
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誰かのしてしまったことで「わたしがいじめたの」「わたしが殺したの」「わたしが嘘をついたの」「わたしが壊したの」「わたしがバラバラにしたの」というときだけ陽の光に当たる事が出来ている少女。
永遠に許されず、引きずったまま舞台の袖で笑っていることを美徳とする少女。
さて、そんな誰もが喜んで飛びつくような自分を手離して、この女はどう自分に満足しようというのでしょう。
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とにもかくにも彼女は殺して失った自分がいることには満足しているようでした。
胸の内に棲む愛する人に、顔を見て言うのでは通じない言葉を残す方が、していないことで赦しを乞うより笑えることだ。
何もしていないのに、悪いことをしてごめんなさいと謝ると、本当の罪人になってしまう。本当の罪人みたいな生活をすることになってしまう。
わたしが償ったのだから、誰かがわたしのした選択を償う謂われはない。終わらせる。そして次の道へ。
ほとんど全て肩代わりすれば寿命より早い死刑は免れないはずで、彼女はそれを長いこと恐れていました。壊れるのか、死ぬのか。
償っても壊れも死にもせず生きられると知って彼女は、生きている間、わずかな光を集めて、大きく育てる選択をしました。
誰もわたしに庇ってもらわなければならないほど弱くはない。
いつかわたしが咲かせた花を笑ってくれる。わたしは今日もあなたを愛している。
十四日目。終わり。