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#2|人類総シンパイ時代|2024.08.08

楊駿驍『闇の中国語入門』/ケルシー・マン『インサイド・ヘッド2』

キラキラした、意識高めのワードが並ぶ、どこか現実味を欠いた中国語教科書の更新を目指したという『闇の中国語入門』。「何らかの「闇」の一面を日常的に抱えて生きているという状態のほうが、はるかにリアルなのではないか」。そう問う著者は「心の闇」「社会の闇」をめぐる語彙を紹介しつつ、人間を、世界を「闇」から眺め直す。

冒頭、印象的な引用がある。中国旧満州が舞台の、小説家・小川哲による直木賞作品『地図と拳』の一節である。「光とは命であるのに対し、闇とは想像力だ」。

で、『インサイド・ヘッド2』。少女・ライリーの脳内の感情をキャラ化したシリーズの新作だ。今作では、ライリーを「子供の頃から見守る感情たち」(ヨロコビ etc.)に加え、彼女が思春期を迎えて「新たに現れた大人の感情たち」が描かれる。

なかでも、今回脚光を浴びるのは、負の感情として、ヨロコビに対立するシンパイ(Anxiety)だ。ヨロコビが、人間に不可欠な「光」=「命」ならば、シンパイは「闇」=「想像力」を司る存在である。

シンパイは、夜、暗躍する。とくに記憶に残るのが「枕の砦」での、ヨロコビとの論戦。最悪の想像でみんなの不安を煽り、過剰な排除を求めるシンパイは、たとえば、はっきりドナルド・トランプっぽい。ふたりがモニター上で赤(オレンジ)/青の割合を奪い合う様子は、大統領選そのままである。

制御不能になった「闇」は、容易に誰かに利用される。

ちなみに、中国版シンパイの表記は「焦焦」。似た言葉を『闇の中国語入門』で探すと「焦虑」(焦慮する、焦燥感)という単語がある。著者によれば「焦虑」は「2000年代以降の中国をもっとも強く特徴づける言葉の一つ」で、いまや「全民焦虑」時代だという。

人類総シンパイ時代。せめて、自分の「闇」とは、関係良好でいたいと思う。その助けとなる、本と映画だ。

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