緊急報告!幻の巨大生物は実在した‼︎
香川県仲多度郡まんのう町!
日本最大級の溜め池、満濃池!
湖にも匹敵する広大な池の水面に!
われわれは、ついにその姿を捉えた!
恐竜か!?
はたまたUMAなのか!?
迫り来る巨大な影!
飛び交う怒号!
隊員たちの運命やいかに!
緊急報告!
香川県仲多度郡まんのう町、満濃池!
幻の巨大生物!
『マンシー』を捕獲せよ‼︎
乞うご期待!
*
つくづく、やりづらい世の中になったものだと
Nテレビディレクター・矢吹は思った。
人気特番である『山岡弘探検隊シリーズ』のロケ収録を終え、オンエアまで一週間をきったところで番組の予告CMを流し、あとはオンエア当日を待つのみであった。
ところが、
予告CM放映直後から、番組公式ツイッターに、視聴者から苦情が寄せられ始めたのである。
「マンシーだって… なんか名前が嫌」
満濃池で目撃された巨大生物だから「マンシー」。なんの問題もないはずだ。あれしきのネーミングで波風立てていたのでは、むしろかえって視聴者に、いかがわしい印象を与えかねない。
ネス湖のネッシー、池田湖のイッシー、屈斜路湖のクッシー、昔から水面で目撃された未確認生物には、その「地名」と「シー」を融合させたネーミングが、いわばお決まり・お約束となっていたはずだ。
やましい点など、なにひとつない。
矢吹は寄せられる苦情に無視を決め込む算段であったが、Nテレビ上層部が、それを許さなかった。
「スポンサーの手前もあるから、矢吹、がんばって差し替えろ」
目の前では急遽招集した放送作家たちが、マンシー代替案を、ホワイトボードに好き勝手に書き散らしている。
「やっぱマッシーが無難でしょ?」
「マーシーでいいんじゃね?」
「いまマーシーは余計まずくないすか?」
「たしかに!」
「はははははははは!」
作家に求められるものは「非常識」だ。これは彼らにしてみれば、むしろ健全な光景かもしれない。
だが、タイムリミットが押し迫るなか、矢吹は彼らの能天気さに恨めしさを覚えていた。結局、作家連中なんて、不測の事態に直面したところで、彼らが矢面に立たされることなどない。責任というものを背負っていないから、この期に及んでも言いたい放題でいられるのだ。
現実問題として、出演者たちは2時間に及ぶVTRのなか、随所で「マンシー」というフレーズを口にしてしまっている。それをバッサリ編集で切り落としてしまったのでは、まったく意味のない2時間となってしまう。
一体、どう編集すれば成立するのだろうか? いや、そもそも編集する事自体、無理があるのではないか?
こうしている間にも、いたずらに時間だけが過ぎていく。
背に腹はかえられない…
矢吹は冷めたブラックの残りを一気に胃袋に流し込み、そのまま黙って会議室を出た。
*
「矢吹、おまえも大変だなあ」
深夜に出迎えた後藤の口から出た第一声が、いたわりの言葉であったことに、矢吹は、時代が令和になってしまったという事を、あらためて実感せずにはいられなかった。
昔の後藤なら問答無用「いいから直せよバカヤロー‼︎」のひと言で、鉄拳制裁も辞さなかったはずだ。
ラリー後藤。
かつて天才演出家の名を欲しいままにし、手がけるバラエティ番組の視聴率はどれも40%超え。バラエティ黎明期だった無人の野を、力技で駆け抜けてきた男である。
矢吹はNテレビ入社以来、師と仰いできた後藤のマンションを訪ねていた。
現在は演出稼業の第一線から退いているとはいえ、後藤なら、師匠なら、この窮地から救ってくれるかもしれない。
矢吹の厳しい現状を汲み取った後藤もまた、その表情は、かつての弟子から頼りにされて、どこか嬉しそうでもあった。
矢吹がマンシー代替案への助言を求めると、後藤から、いともあっさりと打開策が提示された。しかし、この策が正解であるかどうかは、まだ誰にもわからない。
ただ、作家連中があれだけ議論を重ねても捻り出せなかった代替案を、後藤はこの僅かな時間で提示してくれた。それはなによりも、ディレクターである矢吹自身が、しっくりくる代替案であった。
やっぱりこの人にはかなわない。この案で心中しよう。
後藤から提示された代替案は現実的、かつ非常にシンプルなものであった。
ー撮ってしまったものは仕方がない。VTRは、ほぼそのまま活かせ。追加ロケは、タレントのスケジュールも考慮して15分のみ。その15分間に、おまえのすべてを懸けろ。
*
上層部を説き伏せ、スポンサーにもなんとか納得してもらい、香川県での追加ロケは滞りなく終わった。
大御所俳優である山岡弘のスケジュールも、彼と旧知の仲である後藤の口添えで無事おさえることが出来ていた。
後藤の後ろ盾がなければ、どうなっていたことやら。
矢吹は師匠への感謝と同時に、心のどこかで、後藤を試していた自身を恥じた。あの頃とは時代が違う。いくら後藤さんでも、この局面ではお手上げなはずだ…
だが、結果は現に、こうしてすべて丸く収まっている。
一番大事なことは、どんな形であれ、成立させて期限まで納品することだ。
昔は破天荒でオラオラ演出だった後藤も、事実、現代社会に求められる複雑な条件に見事適応し、あっさりとそれをクリアしてみせた。
自身にとって、後藤とは、永遠に越えることが出来ない存在かもしれない…
香川県からとんぼ返りでNテレビへ戻った矢吹は、その足でナレーターと共に編集室にこもり、本番用の2時間VTR、そして予告CMの再編集を終えた。
これが、オンエア当日まで、残りわずか三日での出来事である。
デスクのデレビモニターに、再編集された予告CMが映し出されたのを見届け、矢吹はそのままイスの上で、泥のような眠りに就いた。
*
香川県仲多度郡まんのう町!
日本最大級の溜め池、満濃池!
巨大生物を追っていたわれわれは
信じられない光景を捉えた!
満濃池からクルマで10分!
燃えたぎる炎!
飛び交う小麦粉!
伝説の手打ちうどんは
たしかに実在した!
緊急グルメ報告!
香川県仲多度郡まんのう町、
大行列のさぬきうどん!
名店『やまかわ』
全メニューを食い尽くせ‼︎
乞うご期待!
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