星型の魔除━━洋の東西
五芒星という図形があります。五つの角のある星です。五芒星が魔よけのしるしというのは今ではよく知られていることですが、以前はオカルトに興味のある人以外には、それほど一般的ではなかったかと思います。
五芒星の魔よけのしるしが一般化したのはやはり荒俣宏さんの『帝都物語』(1985年、昭和60年初版)のヒット以降ではないかと思います。
「みんな壊してやる…」(by 加藤保憲)
五芒星とともに、この作品では平安時代の陰陽師安倍晴明を有名にしました。(今年の大河ドラマにも安倍晴明が出てくるそうですが、筆者はドラマを見ていないので、それについてはコメントできません。悪しからず)
晴明をまつる神社の神紋にもなっていて、安倍晴明判とか晴明桔梗紋などとよばれています。
この晴明判は陰陽道のルーツである中国の道教の陰陽五行説からきています。陰陽五行説のうち五行説ではこの世は木・火・土・金・水の五元素から成っているとされ、それぞれ五芒星の頂点に配置されて、互いに「相生」「相克」の関係にあって循環するというのです。
五行説の説明はめんどくさ……なるべく簡潔に説明しますと、五行相生とは「木生火、火生土、土生金、金生水、水生木」の循環をいいます。例えば「木から火が生じます(木はよく燃えます)」とか、「火から土を生じます(燃えた灰は土になります)」と、五つの元素は影響しあっています。
五元素は循環しており、隣同士は相性がいいというわけです。
五行相克とは「木克土、土克水、水克火、火克金、金克木」の循環を言います。例えば「木は土に克つ(木は土の養分で生えます)」「土は水に克つ(土は水を止める)」などです。
一つ飛ばして向き合う二つの元素は、働きを抑制する関係です。
この相生、相克のバランスが釣り合っていると、物事が安定している状態と言えます。
この五行に、陰と陽の二つの要素(すべてのものは陰陽ふたつに分類できるという考え)を合わせたのが陰陽五行説です。陰陽だけでなく、木・火・土・金・水の五行にもあらゆるものが分類できるとしています。
そして相克図でできる五芒星の形が、晴明判になったと思われます。(なるべく簡潔にしたつもりが、やっぱりめんどくさ…長い説明になってしまいました。ふぅ~(・。・;))
しかし、五行説のつくる五芒星には魔除という働きはありません。
昔、三重県鳥羽のミキモト真珠島に旅行したとき、そこの真珠博物館に、海女が被る手拭いが展示されていたのですが、手拭いの中心のかぎ型の模様の両側に五芒星と格子の模様が縫われていて、それは「セーマン、ドーマン」という魔除だという説明がありました。
五芒星がセーマンで、格子がドーマンです。セーマンとは安倍晴明の晴明からきていて、ドーマンは晴明と同時代の法師陰陽師蘆屋道満の道満からきているといいます。両方とも魔を払う働きがあります。中心の矢も退魔の矢または剣です。
素潜り漁は大変危険を伴う仕事なので、このような魔除を肌に身に着けたのでしょう。
五芒星は一筆書きであることが肝心で、魔が付け入るスキがないようにという願いが込められているといいます。陰陽師の晴明に結び付けられていますが、五行説とは関係がないように思えます。
ついでにドーマンについても少々触れておきましょう。この格子もようは、修験道(陰陽道、密教)の九字と結び付けられています。
そのもとになったのはやはり中国の道教の呪文でした。「臨兵闘者皆陣列在前」の九文字を唱えながら、二本指を立てて剣の形を作り、縦、横、縦、横…と空を切るしぐさをして、魔を払うのです。護身のための呪法です。
ドーマンはそれを図形化したものといいますが、海女の伝承ではこの格子は目(四角く区切られた部分)がたくさんあることで、魔物を威嚇する護符だというのです。
これも、この格子が道教、陰陽道とは違うルーツがあるのではと思わせてくれます。というのも、格子の線は必ずしも九本とは限らないらしいのです。格子状に目がたくさんあるということのほうが、重要なのでしょう。
六芒星もやはり魔除の働きがあるといいます。六芒星は籠目ともいいます。竹かごの編み方の一種ですが、この竹細工自体も魔よけの道具になります。
例えば千葉県佐倉市井野では、節分の日に目籠の中にヒイラギやイワシの頭などを入れて、軒にかけておきます。たくさんの目で鬼を退散させるのです。
竹虎四代目(山岸義浩)さんのnoteの記事に籠目の魔除について書かれたものがあります。
鬼(魔)がたくさんの目を恐れるというのは、格子の呪術に似ていますね。
籠目と似ている模様に麻の葉模様があり、麻の成長の早さや虫よけの効果から、魔除になると信じられてもいたそうですが、これは星型とは言えないので、別物でしょう。
日本の五芒星、六芒星(籠目)の魔除のまじないは、形そのものに呪力があり、これは筆者の考えですが、元来は道教由来の五行思想や九字とは別のルーツではないかと思うのです。
海外でも一筆書きの五芒星(ペンタグラム)は強力な魔除の呪符として知られています。その歴史は古く、5000年前のメソポタミア時代にまでさかのぼれるとか。
その後も、エジプトやバビロニアにもあり、現代のオカルトにも受け継がれています。
五つの頂点は火・水・風・土・霊の五元素に対応しているとか、五行説によく似た説があります。
逆さ五芒星は悪魔のしるしなどとされますが、中世以降にヨーロッパで作られた説でしょう。
これほど古い記号が今でも生き残っているのは、よほど強力な呪符と考えられていたからでしょうか。
実は古い時代の星型の魔除は、五芒星とは限らなかったようです。一筆書きで描けるなら、もっと角が多くてもよかった。一筆で描ける星というのが肝心で、その中でも一番簡単なのが五芒星なのです。
このような護符をハーキュリー・ニットというそうです。ハーキュリーとはヘラクレスのことです。怪力のヘラクレスのように強い網目ということでしょうか。(もちろんハーキュリー・ニットという名称は、現代の学者が命名しました)
六芒星(ヘキサグラム)はどうでしょうか。六芒星も工夫をすれば一筆で描けないこともないですが、ハーキュリー・ニットとは違う種類の図形のようです。
六芒星は二つの正三角形を組み合わせた図形と考えられます。
この形ですぐに思いつくのはイスラエルの国旗ですね。イスラエルの国旗に描かれた六芒星はダビデの星といいます。(ソロモン王の印章とも)ただ、ダビデ王が六芒星を用いたという記録はありません。
また、伝統的にユダヤ人の象徴とされたのは17世紀以降のことで、意外と新しいのです。三十年戦争[1618~48]のとき、神聖ローマ帝国側のユダヤ人民兵部隊に適当な旗印がなく、ダビデの頭文字Dのギリシャ文字Δを二つ組み合わせて考案されたのがダビデの星だというのです。(諸説ありますが、他の説でも11世紀を遡ることはありません)
六芒星はヨーロッパのオカルトではスピリチュアルな解釈がいろいろあります。
例えば二つの正三角形は男性原理と女性原理を表すという、道教の陰陽説のような考えです。
ただ、日本の籠目のように、魔物を退ける「目(邪眼 evile eye)」のような考えはないようで、全く別物といったほうがよさそうですね。