それは優しさではないぞ
優しさに見える厳しさ
厳しさに見える優しさ
大きな失敗をした。
任せて欲しいと懇願され、任せた仕事で凡ミス。
さて、上司としてどう部下と向き合うか。
もちろんシチュエーションにも、部下の性質にも、ミスが引き起こす損害にもよる。
厳しく叱りつけ、落ち込ませ、発奮させるのか。
優しく言い聞かせ、慰め、反省を促すのか。
優しさに見せかけた無責任さというものもある。
優しく慰め、反省を促し、言い聞かせはしない。
↑↑これが実は一番簡単で、失敗した部下は最も慰められた気になり、慰めてくれた上司を好むようになる。なぜならその失敗を乗り越えた先にあるものに全く気付かないからだ。
部下にとっての優しさと、上司にとっての優しさには大きな認識の差がある。
部下にとって優しくされるということは、辛い気持ちを慰めてくれたり、辛い気持ちを取り除いてくれること。
上司にとっての優しさとは、二度と同じ失敗をせず、今回の失敗を糧に成長をさせることだ。
しかし、部下の目先の求めている優しさにつけこみ(無意識で)、ただ慰めたり、補ったり、手助けしたりしてしまう上司がいる。
部下を成長させる方法はいくらでもあるし、部下一人ひとり、その方法は違う。
でも、成長をさせることを目的に、手段を考えるのと、成長させることは考えず、今目の前の苦しみから解放してやることは意味が違う。
部下にとっては、今目の前の苦しみから解放されたいってのがあるからたちが悪い。
今好かれなくてもいい。
そんな気持ちで部下と接して欲しい。
数年後に部下が成長し、さらにその部下を成長させられる上司になっているかどうかは、今の上司であるあなたの言動次第だぞ。
優しさは時に部下の未来を閉ざすことになることをわかって欲しい。
知らんけど。
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