クラブ活動と私#17-2:祭りのあと②
《これまでのまとめ》
※前回までのあらすじ※
部室から1人、また1人と去っていく先輩たち。
感じる一抹の寂しさと共に、刻限は迫りつつある。
土日に行なわれた文化祭。
月曜日に代休を挟んだ翌火曜日の事。
日直だった私は適当に書いた日直日誌を職員室に
戻すと、いつもより少し遅れて部室に向かった。
職員室のある2階から部室の書道室がある5階まで
ようやく階段を上り切ろうかというところで、その
書道室から飛び出してきた人影とすれ違う。
階段を駆け下りるその雰囲気にただならぬものを
感じた私は声を掛けようとするが・・・。
「氷・・・。」
(氷子さん?今、泣いてた?)
「氷ちゃん!」
そんな氷子さんを慌てて追い掛けて行く五月さん。
階段の最上段に足をかけたまま走り去る2人の姿を
見ていると、踊り場で一瞬足を止めた五月さんが
私を見て首を横に振った。そしてまた、氷子さんを
追って行く。
何が起こっているのか。
立ち止まっていた足を部室に向けて歩き出すと、
書道室のさらに奥の廊下に幼馴染の見慣れた
顔があった。いささか表情が暗い。
部室に入ろうとする私を呼び止め、そのまま奥の
廊下へと手招きするK君。
5階には書道室、そしてその奥に美術室がある。
廊下を挟んで1年の教室があるが、放課後ともなると
この廊下を利用するのは美術部と創作部の部員
くらいしか居ない。
だから時折、部室の中では話せないような事を
ここで話したりする。
K君があの表情でここに居る事。
氷子さんが涙を浮かべて走り去った事。
事態をおおよそ把握した私に、K君が口を開く。
「・・・K(私)ちゃんは知ってたんか?」
「知ってたよ。というか協力してた。」
この後に及んで取り繕っても仕方がないだろう。
「何で教えてくれんかったん?」
・・・やれやれ、こういう奴だからこそ、なんだが。
「教えられるわけないやん、それじゃ氷子さんの
気持ちはどうなるんや。それに教えたとしてどう
なるんさ?そしたら氷子さんの事、少しは考えて
くれたりするんかオマエは?」
怒っているわけではない。むしろ”諦め”に近い。
「いや、だってさ・・・そういうのって、今は興味も
ないし、そもそもよくわからんし・・・。」
「わかってるよ、オマエがそういう奴やっていう
のは。氷子さんとは気が合いそうな感じやったし、
もしかしたらオマエのそういうところも変わる
かもって思ってたんやけどな。」
少々周りとはズレた感覚の持ち主であるK君と、
それを上手くイジってそこから話を拡げられる
氷子さん。傍から見ていてもその空気は悪く
なかっただけに残念だった。むしろ、結局は
何の力にもなれていなかった自分が申し訳ない。
「まだ何か隠してるとかないやんなK(私)ちゃん?」
「もうないよ。」
ウソである。まだ候補者は居る。
ただ氷子さんと違い、あまり期待は出来ないが。
これで氷子さんと五月さんはもう部室に来る事は
ないだろう。
また寂しくなるな、それに・・・。
「次は私の番」という重圧がのしかかっていた。
その翌日。
部室に入ると隼人ちゃんが待ち構えていた。
”もう1人の候補者”である。
「はいこれ、K(私)さんの分。」
渡されたのはルーズリーフを折って包んだ手紙の
ようなものだった。
開けてみると中には文化祭の時の写真が入っていた。
『キメラ』の売り子をしている自分を見て、思わず
苦笑いする。
「うわ~何コイツ。」
「K(私)さん、いつもそんな感じですよ。」
「え、ホンマに?」
なかなかのアホ面である。
いつもこんな感じ、は色々とアカン気がする。
何枚か自分のアホ面を見ていると、一番後ろに別の
被写体を撮った1枚が混ざっていた。
「これ・・・。」
その写真を見て思わず息を飲んだ。
「あ、それいいでしょ?私のお気に入りです。」
そこには玉ちゃんが写っていた。
文化祭が終わったあと、玉ちゃんが書を認めていた
姿を隼人ちゃんが撮ったあの1枚。
それは夕日に赤く照らされた部室と後ろの黒板、
白いブラウスに紺色のベストを纏った玉ちゃんが
織り成すコントラストが絶妙のバランスだった。
それに何より、被写体の表情が良かった。
玉ちゃんの写真は私や氷子さんが撮ったものが
何枚か手元にあったが、どれも「今から写真を
撮ります」といった風にどこか”身構えた”感じの
するものだった。
隼人ちゃんが撮ったこの1枚は、玉ちゃんの自然で
柔らかい雰囲気の笑顔が、夕焼けでほんのり紅く
色付いて実に際立っていた。
とても使い捨てカメラで撮ったものとは思えない、
素人目に見ても芸術性の高い美しい1枚だった。
「隼人ちゃん、イラストだけじゃなくて写真も
いけんの?」
そんな言葉が思わず口を突いた。
「たまたまですよ。でもキレイでしょ?」
「何?どうしたん?」
入口近くで話していたせいで、後ろから入ってくる
人に気づかずいきなり声を掛けられた格好になった。
玉ちゃんである。
何で毎回気配もなく人の後ろから現れるんだこの人。
というかマズい。
私が今手にしているのはこの人の写真だ。
どう考えても言い逃れ出来る状況ではない。
内心かなり焦っていると隼人ちゃんが私の手から
その写真を取り、玉ちゃんに渡した。
「これ良くないですか先輩。キレイに撮れたな~
って思って今K(私)さんと話してたんですよ。」
「うん、この写真いい。もらっていい?」
「ハイ、もちろん!」
こうしてベストショットは被写体本人の手に渡った。
あの写真は名残惜しいが、ひとまず”危機”は脱した。
「K(私)さん、面白かった。」
そう言いながらニヤニヤしている隼人ちゃん。
「気づいてたんなら教えてよ・・・焦ったわ。」
隼人ちゃんは玉ちゃんが入ってくるのを知っていて
わざと何も言わなかったのだ。
そしてカバンから別の”包み”を取り出す。
手渡されたそれは、裏に玉ちゃんの名前が小さく
書かれていた。
「ちゃんとありますから、K(私)さんの分も。」
「ありがと。今日は奢るわ。」
「イェーイ!」
この後のビリヤード代は私持ちになった。
周りの目を伺いながら、もう一度さっきの写真を
見返す。
そこに写るのは、夕日に赤々と染まる部室。
”日暮れ”が迫ってきていた。