「約束された移動」と、考えたこと。

「約束された移動」小川洋子の短編集。
この人の書く物語は、どれもみんな、とても透き通って感じる。
透明で、密やかで。静かで、美しい言葉。
時代も、国も、忘れてしまう。
この世のどこかにこんな場所が存在していて。
その中で、きっとあったのだろう、誰かの出来事。
それが、静かに語られていく。

荒んでいるときほど、静かな美しさに救われる。冷たい、静かで美しい言葉に触れて、自分が荒れていることに気がつく。棘を向けられたら、人は傷ついてしまうことを思い出して。

言えないなら、無理に言わないでいい。そっと私の胸にしまっておけばいい。いつか告げるときが来るならば、その時でいい。
そう思わせてくれる、静けさ。穏やかさ。
あれもこれも、とつい考えすぎてしまうけれど。
あるものが、そっと、そこにあるのだ、と静かに語られる物語。ただ、そこにあるもの、そこにあったもの。そのものの間にも、時間が流れていて。
焦らずとも良いのだと、教えてくれるような。

浮かれて、あれもこれも考えてしまって。
別に、なくたっていいし、あってもいい。それだけのことなのです。
それがそこにあること。それだけでしっかりと繋がるものも、この世には存在していて。長い目で見たら、それは細い糸のようなもの。細くても、しっかりと何かを繋いでいるはず。
だから。繋がりを確かめようと、焦る必要もないのでしょう。私も、もう少し穏やかになりたい。

私が私の言葉を繋ぐように、相手も相手の言葉を繋いでいく。
自分と相手の、確かな違い。それでも感じられる親しさ。
同じになる必要なんてないし、同じものを見なくてもいい。
ただそこにある、それそのものを、そのまま大切に思えたら。それがいちばん美しいのではないか。

届かない、分からない、触れられない。
それをそのまま、美しいことと思えたら。そのまま大切にできたら。
無理に触れようとして、壊してしまうほうが怖いから。焦って、触れようと手を伸ばして、傷つけてしまったら嫌だから。
もっと、丁寧に。大切に。優しく扱わなければならないのだ、と。私が触れているのは、人の心なのだから。心に触れさせてくれているのだから。
甘さなどなくてもいい。せめて、もう少し穏やかに、優しく。
上手く扱えないから、と乱暴にしてしまうことのないように。自分の気分で、人を傷つけてしまうことのないように。
…私が思うより、人につけられた傷は痛むのでしょう。
だからせめて。傷を癒せなくても。痛みを和らげることができなくても。私が人を傷つけることはないように。
そんな穏やかさを。静けさを。私も持てたら。
密やかな優しさを、胸に仕舞っていられたら。


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