とある画家
とある画家は得意な水墨画を完成させると
黒く塗り潰したくなる癖がありました
作品を眺めれば眺めるほど
もっと上手く書けた
やり直したい
こんな作品を描き続ける意味は何もなかった
こんなのは売れるはずがない
そう思えてくるからです
蠢く感情は画家に黒いペンキを持たせます
せめて力任せに塗り潰し感情を発散することで
意味を持たせたかったのです
ペンキの入ったバケツが空になった時
僕にはもう描くことは出来ない
筆をそっと置きました
とある画家は定職に就くことにしました
残念ながら神様は微笑んでくれません
持って生まれた不器用さ
何事も上手くいくことはありませんでした
日々を塗り潰したくなる衝動に駆られます
仕事を辞める事はせず
まずは蠢く感情に身を任せペンキで殴る事にしました
黒の気分
片手を振り上げて殴るように紙に筆を打ち付けました
赤の気分
また片手を振り上げて紙に打ち回しました
よく分からない何かが完成しました
出来上がった作品を眺める事なく
離れにある不用品を回収する箱に仕舞いました
気分は少しだけ晴れやかになっていました
働きながら毎夜毎夜
水墨画に囚われず
好きな作品を好きな手法で
とにかく描き続けました
完成するたびに箱に仕舞います
蠢く感情に囚われないよう
隙間を作らないよう
描き続けました
上手いか下手か価値があるかなど誰にも分かりません
何せ不用品が固まる箱にしか存在しないのですから
画家はそんな人生を繰り返しながら
筆を紙につけたまま息を引き取りました
とある画家は幸せだったのでしょうか?
誰にも分かりません
ただ自分の為だけに絵を描いていました
死後誰にも評価されませんでしたが
とある画家には知ったこっちゃないでしょう