『トヨタ物語』強さとは「自分で考え、動く現場」を育てることだ 野地秩嘉
ひとり遅れの読書みち 第52号
トヨタの生産方式に焦点をあてて、自動車産業界でトップの座を占める同社の誕生から成長の過程を物語る。海外でのインタビューやエピソードをふんだんに紹介しながら、どこにトヨタの強さがあるかを明らかにする。
世界中どこの会社であっても使っている工作機械や原材料などはほぼ同じだ。だが、できあがった自動車の性能や価格には差ができる。その違いを生むのが「生産方式」であると、著者は注目する。「カイゼン」とか「カンバン」などの言葉が広く伝わっている。ただ著者は、トヨタの生産方式を正しく理解している人は少ないのではないかと疑問を持ち、本当の意味での価値を探ろうとする。
「中間在庫をなくすシステム」「ムダを削減するシステム」「生産ラインに必要な部品を必要なだけ届けるシステム」などと説明されてきた。どれも間違いではない。ただ現場の働いている作業者はどうとらえているかが、明らかにされていない。全容を理解するには現場の見解を知ることだと、著者は取材を進める。
張富士夫(元会長)が米ケンタッキー工場を開いたときには「カイゼンはみんなでやることだ。現場のチームメンバーがアイデアを出すことだ」と、わかりやすく説明したという。
著者は「今日やっている仕事を疑い、明日のためにくふうを凝らすシステム」と呼ぶ。働く者が自分で考えながら作業のムダをなくす。そして他社より品質がよくて安いものを作る。すると消費者が買ってくれ、会社が儲かって賃金が上がるというわけだ。
自動車の生産を始めた創業者の豊田喜一郎は、アメリカに負けない国産車を作ることを志した。戦争によって中断を余儀なくされるものの「3年で追い付け」と、新しい生産システムの開発にも取り組んだ。アメリカではフォードシステムという大量生産、流れ作業方式を採用し、世界中のメーカーが従順にこの方式に従っていた。新システムを構築するには、外部は無論のこと、社内にも強い批判や反発を生んだ。生産過程のカイゼンのために、作業員のすぐ後ろでストップウオッチを持って作業の工程時間を計ったり、製造ラインの変更などを進めることから、現場では怒鳴られたり不満の声も強かった。しかしシステム開発は継続されてきた。
喜一郎は戦前から「ジャスト・イン・タイム」を生産システムの基本的な考え方として示してきた。「所定の製産に対して余分の労力と時間の過剰を出さない様にすること」を第一と定め、工場のレイアウトもそれに合わせてきた。
従来は、作った部品はいったん中間倉庫に入れられ、ある程度の個数が揃ったら次の段階に持っていくという過程を経ていた。倉庫のスペースが必要となり、部品が行ったり来たりする時間がムダとなる。教育が必要だった。旧来のシステムが頭にこびりついている人の意識改革が求められていたのだ。
アメリカのシステムと大きく異なっていたのは、「アンドン」方式の導入だろう。ライン作業を止めるための表示方式。作業中で不具合が起こったとき、横のヒモを押し下げるとアンドンに黄色ランプがつく。すると班長らが飛んできて現場作業を手伝う。問題が解決してもう一度ヒモを引くとランプが消え通常に戻る。原因を探って対策を立てるまではラインを動かさないというもの。とくに重要なことは、作業員の誰もがヒモを引くことができること。そして管理職はその作業員に必ず「ありがとう」と言うことだ。
アメリカの会社でラインを止めることができるのは管理職だけだった。しかもラインを止めた作業員は即刻クビになる可能性が高い。ケンタッキー工場でも、著者が話を聞いた人によると、初めてラインを止めたときには解雇されるのではと恐れたという。しかし会社からは「サンキュー」と言われ「一緒に頑張りましょう」と励まされたという。全く考え方が違っていた。
トヨタの生産方式は生産のスビードを上げることではない。作業員の働く意欲を引き出して生産性を高めることが基本だ。言うまでもなく、「モノ作りの基本は、お客様第一主義」であり、お客様に喜んでもらえる性能、品質、価格の製品を開発すること。その現場を回していくのが生産方式だ。トヨタの歴史も危機の連続だったと著者は言う。危機を越えて行く力が、この基本にあるということだろう。
(メモ)
トヨタ物語 強さとは「自分で考え、動く現場」を育てることだ
著者 野地秩嘉
発行 日経BP社
2018年1月22日 第1版第1刷発行