『藩邸差配役日日控』 砂原浩太朗
ひとり遅れの読書みち 第35回
神宮寺藩江戸藩邸の里村五郎兵衛は、差配役を務める。陰では「何でも屋」と揶揄されるが、藩内のあらゆる揉め事が持ち込まれ解決を目指す。藩邸の管理を中心にして、殿の身辺から人事はもちろん襖障子の貼り替え、厨の事まで目を配る。やや年長で汗かきの副役とやる気なさそうながら剣の腕はたつ若侍などとともに、藩内の困り事に対応を迫られる差配役の日々を描く。江戸家老と留守居役との確執も裏で展開され、目が放せない。
ある日、桜見物に行った10歳の若君が行方知れずとなり、すわ一大事と探索に向かおうとする。その時、江戸家老からは「むりに見つけずともよいぞ」と謎めいた言葉をかけられる。次代の藩主をめぐる争いに関わるものかとの疑いも消えぬまま、上野周辺を探し回る。
また、藩御用の商人を定める入れ札が行われる場にも姿を見せる。これまで御用を請け負ってきた大店の主人が病を理由にして辞めるというからだ。しかしここでも江戸家老からの暗示があり、密かな探りを入れることに。すると廉潔と評判の御納戸頭が賄賂をとっていることが暴かれる。
さらに藩主正室の愛玩する猫の姿が見えないと、やはり探索を開始することに。猫の似顔絵を回覧しつつ、藩邸内だけではなく市中にも猫かごを持って泥まみれとなる。
里村は「誰にもできぬ役」を果たしているとの矜持がある。藩を二分する家老と留守居役との争いが、いよいよ表舞台に上がってきて、緊張感が高まり、双方から「自分側につくよう」迫られきた。国元に戻っていた藩主の病が重いとの情報が届き、次の藩主の座を狙った策謀が動き始めていたからだ。
季節ごとに桜や椿、紫陽花、紅葉などを描き、その香りが漂ってきて、物語に彩りを与えてくれる。里村が親しい者と訪れ酒を酌み交わす小料理屋も登場し、わけありの女将が提供する料理は、蕗のおひたしや鰊の煮物など。
里村は妻に先立たれ、二人の娘と暮らす。妻の妹が時折相談に来る。秘密はここにも隠されていた。物語は謎を含んだ一節が重要なところに挟まれるなど、読ませる工夫が多く、次のページを繰る指が自然と早まる。続編が期待される。
(メモ)
藩邸差配役日日控
砂原浩太朗
文藝春秋社
2023年4月30日 第1刷発行