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リンカーン 上 南北戦争勃発 下 奴隷解放宣言

ドリス カーンズ グッドウイン 

                   平岡緑 訳

    ひとり遅れの読書みち  第7号    


    米国第16代大統領エイブラハム リンカンが大統領候補として共和党の指名をうけた1860年から暗殺された1865年までを詳しく描いている。
    リンカンや南北戦争を扱った著作はすでに数多く出版されている。本書が特色としているのは、リンカンとその妻、家族をはじめ、政権で主要な閣僚を務めた人物たちとの関係を、これまであまり省みられなかった情報など日記、書簡、メモなど膨大な資料から読み込んで書き進めていることだ。細部にこだわっている。
    それぞれの人物の家族や親友たちの喜びあるいは嘆き悲しむ姿、戦争の過酷な情況への苦悩を克明に記すとともに、リンカンがどのように政治的な手腕を発揮して、様々な主義主張をする閣僚や軍人などをあやつり「連邦」の維持を果たしていったかに光をあてる。
    バラク オバマが大統領に就任する際に、最初にホワイトハウスに持って行く本としてこの書を挙げたことが評判にもなった。
    またスピルバーグ監督の映画「リンカン」の原作でもある。この映画はアカデミー賞の作品賞や監督賞などを獲得した。
    原題は「ライバルたちからなるチーム エブラハム リンカンの政治的天才」。リンカンが大統領候補への指名を争ったライバルたちを政権の中枢に配して、いかに彼らを巧みに操縦して信念を貫き目的を果たそうとするか、その姿を、様々な書簡や日記の文面から蘇らそうとする。ライバルは、ウイリアム シワード、サーモン チェース、エドワード ベーツで、それぞれ国務、財務、司法の長官に任命した。
    リンカンは大統領就任前は、州議会議員や連邦下院議員を短期務めただけの片田舎の弁護士に過ぎなかった。一方ライバルたちは、家柄や教育は申し分なく、州知事や上院議員などを歴任したキャリアを誇る有能な政治家たちだった。大統領になる夢を抱きその能力があると考えている者ばかり。リンカンとは主義主張が必ずしも一致するものではなく、大統領を軽視する気持ちもあった。
    こうしたライバルたちを主要な閣僚に任命したのだ。当然最初はギクシャクした関係になったり、意見がまとまらなかったりする。数多くの難局を迎える。それを「政治的天才」と著者がいうほど巧みに調整し、時には強引なまでに指導力を発揮して目的を果していく。
    政権も一枚岩ではない。国内にも様々な主義主張が混在している。奴隷制度についても、奴隷を即刻解放すべきと主張する急進派。奴隷制度は維持すべきとの穏健派。南北の境界に位置する州では南北どちらにつくかを決めかねているところも多い。
    リンカンは「もしも、全ての奴隷を解放することで連邦を救えるものなら、そうする。もし一部の奴隷を解放し他のものをそのままにしておくことによって連邦を救えるものなら、そうする」と明言している。国家の分裂を阻止して連邦の維持を図ることこそ目的だと繰り返し強調した。
    ライバルの中では特にシワードとの関係が興味深い。互いに敬愛するような関係に発展していったことが、いくつかのエピソードを交えて明かされる。チェースはリンカンと対立する場面が多く終盤には辞任した。
    著者のグッドウインはジョンソン元大統領の補佐官を務めたのち、ハーバード大学などで教鞭をとり執筆活動を始めた。ローズベルト大統領を描いた作品はピュリッツァー賞を受賞している。
    原著は750ページ以上、翻訳本は上下で1300ページに及ぶ。登場人物はライバル以外にも600人を超える。人間関係が複雑で錯綜しているので、しっかり読み抜くことが要求される。
   


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