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短編93.『働きたくない、と呟けど、外は夜明け』
ーーー大丈夫。今はただ、売れていないだけだ。
そして、それこそが大問題だった。四九歳まで売れなかったブコウスキーに私淑したが故の毒のようなものか。その歳まではあと十三年ある。なんとかなるような気はしていた。世界的大作家を向こうに回しての大見得だと思って頂きたい。
しかし、十三年。バイトで食い繋ぐにも、やる気は年々減衰していた。
ーーー働きたくない。
それが真理。書け、と言われれば一日中でも書いていられるのに、接客という名の挨拶ひとつまともに出来ない。社会不適合者たる自覚はある。こう生まれついてしまったのだからしょうがない。諦めにも似た境地は、悟りと呼ばれるものなのだろうか。
ーーー朝は起きられず、夜は遊びたい。日中は昼寝をしたいし、金は欲しい。
欲の権化のような性格を併せ持つこの肉体は一体いつまでもつのだろう。若くして死んだ天才達の肖像が頭をよぎる。どうやらこの魂は天才の系譜には繋がっていないらしい。ならば何に繋がっているのか?自堕落な自分を責める気にもならない。
*
MacBookを開く。そこにはギガとして積み上げられた大量の文字が保存されている。悪くはない、と云う自負と売れそうにもない、と云う悲嘆のせめぎ合い。誰でも出せるAmazon Kindleではなく、紙へと印刷された自分の文章の匂いを嗅げる日は来るのだろうか。
有終の美、なんていらない。生きて在るうちに金と名声が欲しい。歴史に生きた証を刻みつけたい、この爪で。歴史が「痛い痛い」と呻くほど強く強く。ガウディのように次世代に繋いでいく礎を創り出したい。「〇〇したい」ばかりの我が人生。一体、どんな奴が操っているのか見てみたい。…また「〜たい」だ。お里が知れる。底が見える。でも、そうして見えた底には砂金が眠っているかもしれないだろ?
短い時の間に吸い重ねた煙草は、一本吸うごとに不味さが際立つ。それが故に、「これは身体に悪いものだ」と思い知らされる。ただ、その実感はあれど手放す気にはなれない。何十年にも及ぶ付き合いをそう簡単に切れるほど、情のない男ではない。墓には火の点いた煙草を立ててくれ。俺を偲ぶ時は、ハードボイルドに頼むよ。
*
仕事から帰ってきた夜な夜な、台所で酒を飲みながら小説を書く。台所のカーテン越しに窓の外が明るくなってくるのを感じながら。まるで若き日の村上春樹。報われなさはブコウスキー譲りか。書いておきたいことは山とあり、それをしたためる時間だけがない。
夏の明け方は嫌いだ。こうして、まだ起きている自分に罪悪感を覚えるから。
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