【再掲・創作SS】蘇るウミネコ丸
海砂糖とは海から取れる砂糖のこと。海の水はしょっぱいけど、宮古の海から採れる塩は少しだけ糖を含んでいて甘いんだよ。
ウミネコ丸のエンジンをかけた時、ふと、元恋人に話した古い記憶が蘇った。
初めて船の操舵を任され緊張したせいで、過去の記憶に現実逃避したのかもしれない。仕事や恋、将来の不安に悩まされていた時代だけど、煌めくような時間も確かに在った。
今日の航海、不安はあるけど煌めくように海は輝いている。
ドッドッドッドッ。
唸るようなエンジン音がして、船が動き出す。
操舵に集中しなくては。
眼前に広がる海、島のように張り出した大地に向き合う。
エメラルドグリーンの海が美しい。
海猫たちがミャウミャウと鳴きながら船に寄ってくる。
乗客の歓声が上がる。何人かはパンを海猫に献上するのだろう。
風が強いので、乗客も海猫もタイミングが合わせにくそうだ。ほんの少し船のスピードを落とす。
あの時の俺たちもちょっとだけ、タイミングが悪かった。
『蘇るウミネコ丸、乗組員募集』
そのニュースを知ったのは、彼女に交際を申し込んだ直後だった。
恋を愛に育もうと思いながら、仕事で疲弊した自分の逃げ場として、彼女を利用しているような不安感と罪悪感があった。
同時に、地震と津波で大きな被害を受けた故郷に、何もできない自分へのもどかしさが心に積もっていた。
彼女にはもっと良い男との縁があるはず。
ウミネコ丸を救うことは俺の務めかもしれない。
家族や友人たちとの思い出を育んだ宮古海岸への郷愁、衝動的な想いに心を突き動かされ、宮古に帰った。
船は順調にコースを辿り浄土ヶ浜に着いた。ここで、前の便で到着して周辺を散策してきた乗客と今回の乗客の入れ替えをする。
船が係留されたのを確認し、乗客を迎え入れる。いつものとおり笑顔を浮かべ、
「足元に気をつけてください」
乗客たちに声をかける。
夏日の6月だというのに笑顔が凍りつき、声を失った。
思い出と変わらぬ姿の彼女がいた。
俺に気づくと、悪戯っ子のような笑顔を浮かべ、小さなタラップを登ってきた。
「踏ん切りをつけに来たんだけどなぁ、タイミング悪かったかも」
そう呟きながら、スカートを靡かせて船に乗り込んだ。
俺は仕事モードに気持ちを切り替え、タラップを外し出航の準備をする。
ドッドッドッドッ。
胸の鼓動が激しい。
昔読んだ小説の一節が胸に浮かぶ。
『西野との物語は、まだプロローグだったらしい。
ここで、ここから一緒に創ろう。「幸せな家族の物語」
僕らはもう、一人じゃない』
未曽有の大災害から、街は復活した。
ウミネコ丸は蘇った。
僕たちの恋も蘇らせてみせる。
舵を持つ手に力が入った。
(本文ここまで)
こちらのお話の続きです。
また、このパターンでごめんなさい。「恋する旅人」から続く、男女の視点入れ替えです。引き出しが少なくて申し訳ないです。
けど、言い訳させてください。何とか締切前に「何を書いてもハッピーエンド」に船を着けたくて、手段を選ぶ余裕が無かったのです。
難破せずに着けそうで安堵しています。
#何を書いても最後は宣伝
本文で引用している「恋する旅人」はこちらです。
さて、言い訳させてください。何故、この作品を再掲したのか?
それは「文学フリマ東京38」での失敗を反省し6月に開催される「文学フリマ岩手9」に気持ちを切り替えるためです。
東京38で「ウミネコ制作委員会」さんのブースに開幕前に訪問したのです。ところが空振りで終わりました。その後、もう一度向かったのです。激混みの人の海を書き分け進んだのです。
ブース番号を確認すべくスマホを開いたら「おだんごさんのブースも是非」との文字。
私は急遽おだんごさんのブースに向かい、ウミネコさんを諦めました。
『あの時の俺たちもちょっとだけ、タイミングが悪かった』
だけど、また会えると信じています。
未曽有の大災害から、街は復活した。
ウミネコ丸は蘇った。
僕の願いを叶えてみせる。
スマホを持つ手に力が入った。
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