マスターズ大会 #シロクマ文芸部
こちらの企画に参加です。
風薫る5月だというのに、勝浦市の体育館ではもわっとした汗の臭いと野太い声が溢れていた。
日本マスターズ柔道大会が開催されていたのである。30歳以上100歳以下が5歳刻みの年齢と体重別にカテゴリーされて行われる柔道愛好家の大人たちによる祭典である。
日本と銘打っているとおり北は北海道から南は九州・沖縄から選手が集う。が、地方予選はなくいきなり全国大会である。ある意味では職場や家族から承諾を得て、旅費を工面し、体調と体重を整えるのが予選のようなものかもしれない。
小椋は一回戦を不戦勝で勝ち上がり勝てば3位となる試合、相手は同じ柔道倶楽部の田中となった。緊張からか青白い顔をして開始線に歩き出した田中を見ながら小椋は自然と笑みが浮かんだ。
(これで入賞確定か)
田中は倶楽部最弱であり、普段から投げて飛ばしているが投げられたことはなく、負ける気がしなかった。
審判の「ハジメッ!」の声を待ちきれないように小椋は前に飛び出し、柔道着の右袖と奥えりを捕まえ得意の内股を仕掛けると、田中の体は宙を舞い半回転して畳に叩きつけられた。
審判の声が響く
「技あり」
2人にダミ声で声援を送る仲間が見守る中、小椋は次々と技を出し田中の体を揺さぶり続ける。
小椋は再び「内股」を仕掛け、田中が耐えようと踏ん張った瞬間に体を翻し大内刈りに切り替えた。2人の体が少し縺れながら畳に倒れ込み田中の背中が畳についた。
「技あり以上」なら小椋の「合わせて一本」で試合が終わり、小椋の銅メダルが確定する。小椋は判定を確認するように審判に目を向けた。
刹那、小椋の体が畳に押し付けられ、足を固められる。
「有効」、「抑え込み」
審判は小椋の大内刈りを「有効」とし、田中の「抑え込み」を宣言した。副審は異議を訴えなかった。
田中には長く辛い規定の時間が過ぎ、ブザーとともに主審が
「一本!それまで」
田中の勝利を確定させた。
2人の試合を見守っていた部長の阿部は、田中が思いつめた顔で、大会参加を伝えてきた時を思い出した。
「被災した故郷の仲間に、弱い自分でも気持ちを振り絞って闘う姿、諦めず挑戦する姿勢を伝えたいんです」
潮を含んだ薫風とともに田中と小椋がお互いの健闘を讃え合いながら笑顔で倶楽部員のところに帰ってきた。
平成23年5月に開催されたマスターズ大会での話である。
(おしまい)
以前書いた作品のリライトです。最初に書いたものはこちらの「恋する旅人」に収録しています。
実は、ほぼ私の実話になります。私は高校を卒業してから5年ほど柔道の稽古を行い初段はいただきましたが二段にはなれずに柔道から離れました。
2010年4月から2年間の東京勤務を命ぜられたのを機に「二段に挑戦しよう」と、社会人の柔道倶楽部に加入し「倶楽部最弱の男」として活動させていただきました。
下手でも、弱くても諦めずに挑戦し続けようとする精神は、この時の柔道倶楽部で鍛えていただいた宝物かもしれません。
#何を書いても最後は宣伝
下手でも試合に出れば奇跡が起きるかもしれないと考えながら「創作大賞2024」に応募しています。
「銀山町 妖精綺譚」と「会津ワイン 黎明綺譚」です。
スキや感想文で応援いただきますようお願いします。
なお、サムネ画像は「銀山町 妖精綺譚」の没挿絵になります。挿絵にはカラーイラストを採用しました。
しかし「モノクロ版」を観ていただきたいので「文学フリマ東京38」で「モノクロ版(A4サイズ両面)」を無料配布します。ブースにお立ち寄り受け取っていただきますようお願いします。