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レザボア・ドッグス〜「無名には映画を作らせてくれない」現実と闘い続けたタランティーノ

『レザボア・ドッグス』(Reservoir Dogs/1992年)

無名の才能が直面する、“よくある話”。

『レザボア・ドッグス』(Reservoir Dogs/1992年)で監督デビューする直前のクエンティン・タランティーノも、例外ではなかった。

あらゆる所に売り込み続けた。5年も。でもどうやったって誰も僕には映画を作らせてくれないことを、その5年間で思い知らされた。そこで最初の脚本『トゥルー・ロマンス』を売って、3万ドルの自己資金を作ったんだ。

悔しかったよ。自分の身を切られるような思いだった。腹も立った。その状況の中、以前から考えていた『レザボア・ドッグス』を4週間で一気に書き上げた。それで3万ドルを使って友人に出演してもらい、16ミリで撮影するつもりだった。(クエンティン・タランティーノ)

『レザボア・ドッグス』パンフレットより

ところが、この新しい脚本を読んだパートナーのプロデューサー(ローレンス・ベンダー)が、「面白いからもう一度売り込もう」と言い出した。

これ以上、無為な日々を過ごしたくなかったタランティーノは、2ヶ月の期限を条件に再び挑むことにした。もしダメでも16ミリで撮ればいい。だから話し相手とは一切妥協なんかしない。

その開き直りの態度が功を奏したのか、今度は次々と協力者が現れた。その一人が知り合いから紹介されたハーヴェイ・カイテルだった。ハーヴェイは脚本を読むと、たった3日でタランティーノに返事を出した。

「気に入った」

大好きな俳優からそう言われて、タランティーノは歓喜した。有名俳優が出るということで、資金繰りは突然楽になった。

しかもハーヴェイは、プロデュースまで引き受けてくれた。こうしてビデオ屋で働いていた無名の28歳の映画オタクが、遂に監督デビューすることになったのだ。

脚本を読んで興奮したね。裏切り・信頼・忠誠について書かれたとても素晴らしい作品で、これは絶対に映画化にこぎつけたいと思い、クエンティンとローレンスに「何かできることがあれば手伝いたい」と申し込んだんだ。若い才能ある人たちとの仕事は、まるで最高の旅行でもしてる気分だった。クエンティンは凄い奴だよ。
(ハーヴェイ・カイテル)

『レザボア・ドッグス』パンフレットより

集まってきた俳優はハーヴェイのほか、ティム・ロス、マイケル・マドセン、クリス・ペン、スティーヴ・ブシェミら。リハーサルは1991年7月から2週間に渡って行われ、クランクイン。ロサンゼルスにある元死体安置所などを使って5週間で撮影された。

出来上がった『レザボア・ドッグス』は、世界各地の映画祭で絶賛。数々の賞を獲得する。

日本公開時の映画チラシ

マドンナの「ライク・ア・ヴァージン」に関する猥談で始まるオープニング。強盗そのもののシーンを描かずに、失敗した直後の逃走から幕開ける本編。一人二人と倉庫に逃げてくる登場人物たちの素性明かし。ぼんやりとしていたストーリーが次第にはっきりと浮かび上がっていく流れ。そして瞬間的なクライマックス……

それは、当時のハリウッド映画には思いもつかない、余りにも新しい感覚だった。

ロサンゼルスのレストラン。大かがりな宝石強盗を計画したボスのジョーのもとに、6人の男たちが集まっている。

全員がブラックスーツにブラックタイ、サングラスといった出で立ち。計画の成功のためにはお互いの素性を明かさず、それぞれがコードネームで呼び合うのがこの組織の鉄則だ。

だが、計画は失敗。すでに大勢の警官が待ち伏せしていたのだ。Mr.ホワイト(ハーヴェイ・カイテル)は、瀕死のMr.オレンジ(ティム・ロス)を引き連れて、命からがらアジトの倉庫に逃げ帰る。

続いてMr.ピンク(スティーヴ・ブシェミ)がやって来ると、ブラウンが死んでブルーが行方不明になったことを知る。

ジョーと息子のエディ(クリス・ペン)に連絡を取ってその場を脱出しようとするが、同時に一つの疑惑に囚われ始める。

「仲間の中に裏切り者がいるのではないか」

その直後、Mr.ブロンド(マイケル・マドセン)が人質の警官を手土産に戻ってきた。ブロンドは誰が裏切り者か吐かせようと、狂気じみた拷問を繰り返す。

ホワイトとピンクたちが、逃走中に隠してきたダイヤモンドを取りに行っている間、倉庫には死にかけたオレンジ、ぐったりとした警官、そしてブロンドの三人が残された。果たして裏切り者はいるのか。それは誰なのか?……。

音楽はジョージ・ベイカー・セレクション、スティーラーズ・ホイール、ジョー・テックス、ハリー・ニルソン、ブルー・スウェードといった、1970年代のヒット曲を絶妙なタイミングで使っているのも印象的だ。

僕には僕のビジョンがあり、望んだのはこの基本的なレベルの情熱をはっきり形にすることだった。この映画のチームは僕が投げたボールを受け取り、それを持ってゴールに走ってくれた。予想を超えた働きをしてくれながら。

僕はいつもパットンの一節「もしあなたが人にどうやってやるかではなく、何をやるかだけを伝えれば、あなたはきっと彼らの工夫力に驚かされるだろう」という言葉に導かれて仕事をしてきた。そしてそれは、今回みんなが僕に見せてくれた仕事そのものだった。(クエンティン・タランティーノ)

『レザボア・ドッグス』パンフレットより

タランティーノが次作『パルプ・フィクション』で、世界のポップカルチャーのアイコンになるのは、2年後の1994年だ。

文/中野充浩

参考/『レザボア・ドッグス』パンフレット

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