映画館の思い出たち③
今日は映画館の思い出話の続きから。
街にシネコンがやってきて、商店街の映画館が閉鎖し、県内は実質シネコン一強時代がやってきた。
これは今も変わらないスタイルだと思うけど、最近は配信が対等してきて、なおかつ映画料金の値上げもあって映画館へ足を運ぶ人は減ってきたように思う。
私が学生のころは、インターネットやパソコンがそこまで普及はしていなかったので、エンタメの1番ってやっぱり映画館で映画を観にいく時代だったと思う。
大学に入ったらそれこそPC持たないと就職できないよ。って時代になってやっとPCを買い始めた時代だ。
あの頃はブラウン管並みにデカいデスクトップパソコンばかりだった。
大学生になると、映画をよりいい環境で観ようと言う思いが強くなり、5.1chスピーカーを買って部屋に取り付けたりしてた。
ビデオからDVDの時代へ変わり、色んな映画のDVDを買うのが楽しかったな。
そんな私も大学を卒業後は、地元の一般企業で普通にOLをしてた。
でもそこの事務所が1年で閉鎖になってしまい、会社都合で退職することになったのだ。
新卒で就職して1年で退職は驚いたけど、事務職は刺激があまりなくて自分としても違う仕事がしたいなと日々考えていた。
そして次に働くなら絶対映画関連の仕事がしたい!と思った私は、地元のシネコンに応募したのだ。
そして中途採用の劇場マネージャーということで、地元の映画館で働き始めることになった。
自分が通っていた映画館に自分が働く事になる。嬉しさと緊張で初日を迎えたのを覚えている。
慣れない車通勤で、朝の渋滞が考慮できず初日から遅刻した苦い思い出。。。あれを教訓に今は待ち合わせの相当前に到着するようになった。
私が入社した当初は洋画も邦画も盛り上がっていて、毎日映画館は賑わってた。私が入社した2004年11月のラインナップはこんな感じ。
・スウィングガールズ
・いま、会いにゆきます。
・海猫
・キャットウーマン
・砂と霧の家
・シークレット・ウィンドウ
・コラテラル
今見返すとアニメが全然ない。この頃は今のようにアニメ映画が毎月公開されるような感じでは無くて、夏休みや冬休みなど、子供たちの長期休みに合わせて公開する事が多かったんだと思う。
そして入社1ヶ月後に超メガヒットの映画が公開した。
『ハウルの動く城』だ。
もう、もう、ほんっとーーーーに忙しかった。
どの回もどの回も満席で、グッズも飛ぶように売れるしロビーは常に大混雑だし、映画館ってこんなに忙しいの!?と痛感したのがこの作品だった。
結局半年くらい上映してた気がする。
今はもう殆ど残ってないけど、当時はフィルムの時代だったからハウルは擦り切れるほど上映してフィルムが傷んでしまい、途中交換するくらいロングランで上映していた。
人気の映画だとスクリーン1館では足らないので、時間差で上映するインターロックという方法も取っていた。
これが何ともハラハラする上映方法で、2台の映写機の間をフィルムで繋いでいて、上映している映写機から次の映写機がフィルムを巻き取って再生するという方法だった。
天井近くの壁をフィルムが走ってて、これに触ったらおしまいだ。とハラハラしながら見つめていた。
思い出深いのは『ハウルの動く城』のテストランが担当できたこと。テストランというのは、一般公開する前にフィルムに異常がないか確認する試写上映のことなのだが、ジブリ作品をテストしていることに緊張と責任感で、映画を楽しむ余裕などなく、必死で画面を見つめていた。
フィルムのつなぎ目に出てくるチェンジマークと言う印を見逃さないように、ずっと右上に目を凝らしながら見つめていたり、ストップウォッチが止まっていないか途中何度も確認したり。
入社した当初は2週間~1ヶ月ごとにいろんな部署で研修したのだが、映写研修が一番緊張したのを覚えている。でもフィルムを編集したりする作業はとても貴重で楽しかった。
あと記憶に残っていることと言えば、『スター・ウォーズ/シスの復讐 (エピソード3)』のテストランだ。朝からこんなに人来る?って言うくらい関係者やスタッフが同席していた。
私もシリーズは観ていたものの、やっぱりスターウォーズはみんな大好きだし、映画ファンにとっては別格の映画なのだと思い、ドキドキしながら観た。
あのオープニングがスクリーンで流れるだけで血が騒ぐし興奮してしまうものです。
書き出してみるとやはり結構当時のことは覚えているもんだ。折角なので映写以外の部署の研修時代のことも次は語って行きたいと思う。