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資本レンズ

ビジネスでは「これまでと明らかに違う」という現象が生まれる瞬間がある。そういう現場には人間の集中力に頼った頑張り・情熱よりむしろ、リソースを否応なく一点集中させる資本のレンズのような物理環境が意図せず整っているように思える。資本レンズはキャッシュ、人材、時間、情熱などでポカポカした空気を一点に集中させて発火(相転移)させる。

資本レンズ

同じような話は研究分野でも知られている。知り合いの研究者が好んで米国の田舎で研究している。「ピッツバーグは何もないから研究に集中できる」らしい。この現象はAnnus Mirabilisとして知られていて、ニュートンもペストで強制的に田舎に閉じ込められていた期間に万有引力・微積分を発見している。シュレーディンガー方程式もリゾート地でのスキー休暇中に生まれたと言われている*3。

隔離・集中・発見という現象は1つの会社でも起こりうる。iPhoneがいかに作られたかを書いたTHE ONE DEVICEではスティーブ・ジョブズが意図的に隔離状態を作っていたことが書かれている。ジョブズはチームを紫寮と呼ばれる一つの建物に小さなチームごとに部屋を分割して押し込めた。チームは徹底的に分離されており、あらゆる情報交換が規制された。UIのチームはiPhoneの発表プレゼンを見て初めて自分がiPhoneを作っていることを知った[1]。

翻ってスタートアップで爆発的なユーザーの増加が起きる時、アリー効果が発揮されていると言われている[3]。アリー効果は個体群の密度と拡大に関する効果で、例えばミーアキャットは個体数が少ないうちは1匹が食われさらに目が少なくなり次の1匹が食われ個体数が減っていくが、個体数が十分多いと天敵を察知しアラートを鳴らす"目"が多くなり一気に個体数が増える。

アリー効果の閾値を超えると爆発的に個体数が増える

例えばUberはドライバーの数が少ないとユーザーの待ち時間が増えて利用率が下がるが、ドライバーの数がある点を超えると爆発的に使われるようになる。XのようなSNSでも同じ現象が見られる。

この現象はネットワーク効果として語られることが多いが、本来のアリー効果は個体のネットワークではなく個体の密度に着目している。つまりAirbnbが成功したのは単に自分の家を貸し出す人が増えたからではなく「ある街のある区画で高密度にAirbnbでホストをするユーザーが」増えたからだと言える。ユーザー間のネットワークやバイラルはあまり関係がない。密度のパラメータが閾値を超えることで現象の裏側にある数字が動いているように見える。

換言すればネットワーク効果の正体はRead Write Own[6]で語られているような「新規ユーザーの獲得コストが新規ユーザーから得られるコネクションに対して極端に低くなる」効果によるものではなく、むしろ単純な集中によって発生した現象の1つと言える。Facebookが爆発的に成長したのはFacebookがソーシャル「ネットワーク」だったからでも、ハーバードの学生だけを排他的に集めて権威性を高めたからでもなく、サービスの機能やバイラルをハーバードの内側に集中させたからだと言える[5]。同様にもしAirbnbが初期に10倍のホストを獲得してもサンフランシスコに数十軒、リオデジャネイロに数十軒、といったように世界に散らばっていれば爆発的成長はあり得なかった。世界の100件ではなく一都市の数十件を獲得したため全ての機能やサポートを集中することができた。

サムアルトマンはHow to Be Successfulというブログエントリで集中の重要性を指摘している[2]。

6. 集中

集中は仕事の拡張器と言える。

私が出会ったほとんどの人に当てはまるが、みんな何に集中すべきかにもっと時間を割くべきだと思う。正しい仕事をする方が、長時間働くよりはるかに重要だ。多くの人が意味のないことに時間を浪費してしまっている。

何をするべきか分かったら、小さな目標をすばやく達成するまで止まるべきではありません。晩熟型の成功者を見たことがありません。

How to Be Successful (Sam Altman)

原文の「be unstoppable about getting your small handful of priorities accomplished quickly」という部分。大きな目標に集中しろとも諦めるなという文言の代わりに「small」と書かれていることからもサムアルトマンにとっての集中は長時間何かをすることではなく、小さな点にリソースを注ぎ込むことを示唆している。

これらのネットワーク効果、アリー効果、集中は同じ現象を異なる角度から説明している。つまり、ある資本(お金・時間・情熱etc)が与えられたとき、これを高密度に集中させることで「これまでとは明らかに異なる」相転移を発現させられる。はたらきかけるイシューの幅と期間で表せる四角形の面積に対する投下資本の比がある閾値を超えるかどうかで発生する現象が変化する。

イシューの幅と期間が投下される資本に対して十分小さい時に閾値を超える

問題は2つある。「いかに資本を増やすか」と「いかに集中するか」だ。一般的な人間は資本を持ってないし、集中力も限りがある。集中力を自力で上げることはできない*1。

しかし否応なく資本が集中してしまう環境を設計することはできる。この資本レンズの設計はニュートンやシュレーディンガーのように偶発的に田舎に隔離されて生まれることもあれば、AppleやFacebookのように意図的に生み出されることもある。もしAmazonが最初に扱う商品が上着と下着で形状が大きく違う服だったら資本レンズ効果は半減していただろう*2。

注)資本レンズは自分や他人の資本を否応なく非常に限られたイシュー・期間に集中させる物理的環境を指す点で、精神論で使われる集中と異なる。Appleで言えばUIチームとシステムチームをわけていた(建物の)壁だし、Airbnbで言えば都市を隔てる距離が資本レンズとして機能している。frは資本主義とともに大きくなるので、今ニュートンが田舎に行ってもfrを平均以上に引き上げるのは難しい。

(本文終わり)

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