『UXデザインの法則』は、10個の法則を学ぶための本ではない
『UXデザインの法則 最高のプロダクトとサービスを支える心理学』が5月18日に発売されました。この本は、Jon Yablonski氏の"Laws of UX: Using Psychology to Design Better Products & Services"の邦訳です。
この記事では、翻訳チームの1人であるtantotが考える「この本の良いところ」を3つご紹介します。
1.法則を10個しか取り上げないところ
2.必ず「起源(origin)」から語るところ
3.実践のノウハウや倫理にも触れているところ
1.法則を10個しか取り上げない
有名な『インターフェースデザインの心理学』(原著のタイトルは"100 Things Every Designer Needs To Know About People")ではなんと100個もの心理学的な指針やノウハウが紹介されています。これはこれで網羅的で大変役に立つし、無駄なものが載っているわけではなくどれも大事な項目ばかりなんですが、いかんせん多すぎて覚えられない笑。
また、これだけの大著になると、専門的なUXデザイナー以外にオススメするのも気が引けてしまいます。
UXデザインに使える認知心理学の知見はたくさんあるし、デザイナーであれば幅広く知って使いこなせるべき、ということは理解しつつ、「敢えて」10個に絞っているのが本書のポイントです。
実際、本書の元になった"Laws of UX"のウェブサイトでは20個の心理学法則を紹介していますが、書籍ではそこから10個だけを取り上げる形になっています。
しっかり認知心理学や行動経済学を勉強している人から見ると、「あれも載ってない、これも載ってない」と言いたくなるかもしれませんが、敢えて10個に絞っていることで、初学者やUXの非専門家にとっても非常にとっつきやすい入門書になっています。
2.必ず「起源(origin)」から語る
初学者や非専門家でもとっつきやすい入門書、と言いましたが、だからといって内容が薄いわけではありません。
10個に絞っているからこそ、各法則についての解説はしっかりとして骨太なものになっています。
その一例が、必ず「起源」となった原論文にまで立ち戻っているところ。
例えば第4章の「ミラーの法則」は、よく知られた「マジカルナンバー7±2」の話ですが、このアイデアが初めて発表された1956年に発表されたジョージ・ミラーの論文にまでさかのぼった上で、「あなたの理解はおそらく正しくない」と、一般的な解釈が間違っていることを明らかにします。
(余談ですが、この原論文の邦訳が入った書籍もすでに絶版になっており、手に入れるのがなかなか大変でした…。また普通に心理学の専門的な論文なので読み解くのも難しく、たしかにこれはみんな原論文を読まずに「マジカルナンバー」というキャッチーなアイデアだけが独り歩きしたのも無理はないな…と思いました。)
そして著者は、ミラーの法則の本質は「7±2」という数字ではなく、「チャンク化」によって複雑な情報を一つのかたまりにすることによって認知負荷を下げることだ、と訴えます。ここまで抽象化するからこそ、普遍的に使える法則になるわけです。
3.実践のノウハウや倫理に触れている
本書は10個の法則を取り上げていますが、構成は全12章となっています。じゃあ残り2章は何を語っているのか? それは、法則を活用してプロダクト・サービスのデザインを実践する際の具体的なプロセスや、その際に考えるべきデザイナーとしての倫理の話です。
特に倫理の話は、昨今、日本でも「ダークパターン」が話題になりつつありますが、心理学や行動経済学と行った強力な武器を手にしたデザイナーやサービス提供者が今後避けて通ってはいけない話になるでしょう。
本書でも、倫理的責務を考えることの重要性に触れるとともに、
・ハッピーパス(楽観的・理想的なシナリオ)を超えて考えること
・チームに多様性を持つこと
・定量データの裏にある「なぜ」を考えること
など、デザインプロセスに倫理を組み込むための具体的なノウハウについても触れています。
「10個の法則を覚える」ための本ではない
ここまで読んでいただいた方にはおわかりかと思いますが、本書はUXデザインに活かせる10個の心理学的法則について解説した本ですが、決して「10個の法則を覚える」ためだけの本ではありません。
そうではなく、本書で取り上げた10個の法則をはじめとした心理学的な原理原則をどのように学び、プロダクト・サービスのデザインに活かしていくかという実践的なノウハウを学ぶための入り口となる本です。
本書がいわゆるUXデザイナーだけでなく、プロダクトやサービスづくりに関わるすべての人にとっての実践的な入門書になることを願っています。
さらに学ぶための発展版として、(ほぼ)同じメンバーで翻訳した『行動を変えるデザイン』もぜひどうぞ。
こちらのマガジンから、翻訳チームの他メンバーが書いているnote記事も読めますので、合わせてご覧ください!