山手線、目白まであと3駅
よしなしごと【気まぐれ選58】
品川から山手線に乗った。目白まで行かなくてはいけない。30分近くかかるので、できれば座りたい。次の駅で降りそうな人はいないかなと目星をつけて、席の前に立つ。
五反田で座れた。ついてる(と、そのときは思った)。隣には、初老の夫婦が座っている。
「ねえ、ちょっとあんた、降りるわよ」
目黒を過ぎた頃、おばさんが隣のおじさんを呼んだ。
「まだだよ、渋谷は」
「わかってるけど、降りるよ。あんたの荷物見てみな」
おじさんは紙袋を床に置いていた。
紙袋の中でお茶のペットボトルが倒れている。栓がきちんと閉まっていなかったようで、お茶が漏れ紙袋の底を通過して、床を濡らしている。
「こぼれてるじゃん!」
恵比寿。おばさんは急に立ち上がり、おじさんと紙袋を抱えてばたばたと降りていった。
電車の床には、お茶が作った直径30cmくらいの水たまりができていた。
渋谷で、私の周りにいた人たちは、ほとんど降りた。これで水たまりのできた事情を知っている人は(私を除いて)、たぶんもう誰もいない。
入れ替わりに、降りた人数と同じくらいの人たちが乗ってきた。
私の隣は空いている。が、誰も座ろうとしない。床に茶色の液体の不審な水たまりがあるのだ。周囲に結界を張ったような異様な空間ができている。気のせいか妙な視線も感じられる。
お茶なんですよ、お茶。薬品でもオシッコでもないですよ、ただのお茶。え、私? 私、関係ないです。たまたま隣に座っただけで・・・。
心の中で、無実を叫ぶ。電車は走る。
電車は新宿に着いた。私は(できるだけ、さりげなく)電車を降りる。目的地の目白まではあと3駅。でも、仕方ない。
【よしなしごと0161・2006年10月16日 (月)掲載】
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?