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風の強い日
風がとても強い日だった。
窓を全部閉めていてもピューピューと大きな音が聞こえてきて外に出て行くことを躊躇わずにはいられないような。
ありもしないことがまことしやかに言われているのにどうすることもできなくて。
心が沈み込んでいくのを何も言えずに見つめていたらお腹がきゅるりと鳴ったのでキッチンに向かうしかなかった。
ガスレンジの上に空の鍋を置き、まな板をシンクの横に出し、包丁も用意する。
冷蔵庫の野菜室の引き出しを開いて葱と三つ葉と榎茸と使いかけの人参を出す。
音を立てながら人参を切っていると少しだけ元気が出てきたような気がした。
切った人参を鍋に入れ、今度は葱。
太めの小口切りにする。
それも鍋に入れて、榎茸。
榎茸は水から煮ないと出汁がちゃんと出ない。
クツクツと音を立てて煮込まないと。
鍋に水を入れ、ガスレンジに火を点ける。
青色の火がカチリという音と共にぽわんと点る。
蓋を閉めて、たまごを二つ器に割り入れ菜箸で溶く。
たぷたぷと音を立てて黄身と白身が混ざって、優しい黄色が現れる。
三つ葉はシャキリと硬いまま。
袋から出して洗って切っておく。
鶏胸肉を出してきて切る。
茹でうどんも袋から出して準備する。
コトコトと鍋が小さな音を立て始めている。
人参の色が鮮やかに変わっている。
顆粒出汁をさらりと入れて換気扇を回す。
醤油を入れてうどんも入れる。
火を少し弱めて、それでも煮立ってきた時に鶏胸肉と溶いたたまごと三つ葉を入れた。
クツクツと煮えて、優しい匂いをたてている鍋。
外ではまだピューピューと強くて冷たい風が吹き、サッシをガタガタ揺らしている。
さくら。
桜。
大丈夫?
風に耐えて待っていてね。
必ず見に行くからね。
ガスレンジの火を消して、煮えたうどんをお玉で掬って器にうつす。
優しい香り。
三つ葉とたまご。
出汁とお肉。
ほわほわと上がる湯気。
コクンと唾を飲み込んでお箸を添えて食卓に運ぶ。
熱い。
フゥフゥと息を吹きかけて少しずつ食べる。
美味しい。
風は吹き続けているけれど、本当の気持ちも言えずにいるけれど、熱いうどんは美味しくて、空いたお腹を満たしてくれる。
いろんな食材が補い合ってからだに元気を与えてくれる。
少しずつ少しずつ、また歩き出せそうな気分が戻ってくるような感じ。
グラスに注いだ水を一口。
ふぅっと吐いた息の中に優しいうどんの香りがしていてよかったなって思う。
風はまた吹いていて、よくわからないことも続いているけれど、でも。
温かいおうどんは美味しくて。
大丈夫。
そう思った。
根拠は何もないけれど。
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