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ショートショート「失恋海岸」
僕は今、とある場所にある海岸に立っている。
永遠って言葉を神様が悪戯心で作った様な海岸線はブルーとブラウンに仕切られ詐欺師の巧妙な手口の様に太陽の光で所々光りとても美しい。
当たり前じゃない永遠に安心の張りぼてを貼って僕らは当たり前を生きている。そして、それが剥がれた時に僕らは傷つき悲しむ。
そんな僕もまだその永遠って言葉の魔法から抜け出せずにいた。
ここは、失恋海岸。別れを置いて行く場所。
波打ち際には沢山の貝殻が落ちている。
その、貝殻には1人になってしまった男女の言霊を閉じ込める力がある。
僕は引いては返る波打ち際で、コロコロと音を立て転がる1つの貝殻を手に取りそっと耳を当てた。
幸せになってね。私も頑張るから。
そう言った時の風の音と今にも飛ばされそうな女性の声。
切ない声は僕を倒れさせようとした。でも、背中から突風が吹く。
失恋海岸は僕がここで倒れる事を許してはくれなかった。
その言霊の声主の気持ちは痛いほど分かった。
そう言うしかない事を。最後まで自分に綺麗な嘘を付かないと折れてしまいそうな事を。
本当に愛した人には幸せになってね。は言えない。不幸になって欲しい。そして、僕が必要だって事を再認識して貰いたい。
それまでに、僕は君を心から支えれる男になっているから。そんなエゴは今はただの独り言で、どうしようもない現実が茫漠と僕の前に立っていた。
貝殻は波に打たれて、擦れ削られ割れて粉々になって砂に帰る。
吹き込まれた貝殻が砂になる頃、過去の恋は忘れ、きっと新しい出会いの世界でまた張りぼての日常を当たり前に生きている。
新しい貝殻は今も、何処かでただただ、遅く過ぎ去る時間を四方から囲まれた孤独の牢獄の中で生きる誰かの泣き声。
僕もこれから、そうした時間に身を置きながら、きっと。って自分の心からの声を待つ時間に身を置く。
一つ、一つ、貝殻を拾い耳を傾ける。
ジャリジャリっと滑らかな砂の上を歩きながら、拾っては聴き、拾っては聴きを繰り返す。
沢山の言葉を聞いた。
沢山の気持ちを拾った。
後悔と前向きの希望の間に思い出を挟んだ言葉はどれも僕の心を少しだけ荒れさせた。
そして、やっと誰の声も住んでいない白い貝殻を見つけた。
太陽に翳すと薄くピンクに輝いて、数日前まで僕の彼女だった人の唇の色に似ていた。
いつものカフェで僕はいきなり告げられた。
好きな人ができたの。涙を浮かべながら言われた。そしたら、僕はこう言うしかない。幸せなってね。と。
その時の涙は暴力に似ていた。
卑怯な涙だった。それは僕も分かっていた。さよならの時間もくれなかった。
でも、カッコよくありたい。いつかきっとがあるかも知れないから。
現実は違う事を心の何処かで分かっている。
今、こうして薄らピンクになっている貝殻を見ながら君の事を思い出している頃、君の唇は誰かに奪われているかもしれない。
好きになった方が負け。思い出に浸っている間は敗者なんだ。
考えれば考えるほど惨めになる。
忘れよう。もう会う事もない。
他人以下になろう。
他人は、まだ、新しく始めれる。
でも、僕の心に君の住む場所は無くなる。
そして、僕は貝殻に口を近づける。
君は君で幸せになれば良い。
僕は僕で幸せを見つける。
ただ、愛した人だから最後にこれは言っておくよ。
君は多分、幸せにはなれない。
裏切る事をした人は裏切られた本質を知っている。本当に愛した人を見つけた時、君はその本質にビクつくだろう。その時、僕を思い出して欲しい。その頃には僕は君より笑っている人生を送っているよ。
これは、負け犬の遠吠えだと思う。
でも、本当にすれば負け犬じゃない。
僕は貝殻を砂浜に置くと、青い海の地平線に目をやる。
遠くに小さな小島が浮かんでいる。
久しぶりに遠くを見た気がした。
憎たらしいくらい青い海は、何か心に沁みた。
耽っていると、また突風が吹いた。
砂浜の砂が舞い、僕の目に一粒の砂埃が入る。涙が出てきて視界がぼやけてきた。
失恋海岸は僕に泣く理由を与えくれた。
そして、少し。ほんの少しだけ、僕の心を凪いでくれた。
おしまい。
-tano-
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