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「ショートショート」ウィーフィー

「ばーさん!ばーさん!大変じゃ!」

遠くからおじいさんの慌てた声が聞こえて来たので、おばあさんは洗い物をしていた手を止め、エプロンで手を拭きながら「何ね?何ね?朝から慌ただしかね」っと玄関の前に向いました。

すると息を切らせたおじいさんが玄関を開け、背負っていた籠を降ろし、おばあさんが中を見ると丁寧に敷かれた手拭いの真ん中にピリピリと電気を走らせ、肩紐で頑丈に「ラ」の文字を背負った鳥がぐったりとしているではありませんか。

「じーさん、この鳥はどうしたとね?怪我しとるみたいよ?」っとおばあさんが籠の中をまじまじを見つめながら聞くと、「あんね。落ちて来たとよ。畑耕しよったら、肥料にする為に置いとった藁の中に落ちて来たとよ」っと指を上から下に下ろしながら、口をあぱあぱと興奮した様子のおじいさんは身振り手振りで説明してくれました。

「じーさん。とりあえず落ち着いて、手を洗って外にアロエを取って来てくれんね。ウチはこの子の汚れば拭いとくけん」

「そじゃ。そじゃ。」慌てたおじいさんは立ち上がると、少し曲がった腰に手を当てコリっと背筋を伸ばし、ガニ股で玄関を開けると早足で外に出て行きました。

おばあさんは居間に怪我をした鳥が入っている籠を運びテーブルの上に置くと、優しく鳥を取り出そうと両手を入れました。

「いたっ‼︎」

鳥に触ろうとすると、ビリビリっと電気が走り思わずおばあさんは手を竦めてしまい、「何ね。あんた機械かなんかね?」おばあさんは両手を擦りながら、怪しげに籠の中に横たわるその機械の鳥を観察して見ることにしました。

その鳥は、体は全体的に光沢を帯びており、お腹以外は紫色でお腹は白く、羽は二等辺三角形の様な速そうな翼をし、嘴は釘の様に鋭利に尖っていて、両肩からピンクの紐を背中で✖️に通され、その中に「ラ」の文字を落とさない様に強く結ばれぐったりとしている様子でした。

「あんたば助けるためやけ、そのピリピリば止めてくれんかね?」

おばあさんがその鳥にお願いをすると、籠の中の鳥は少し強張った力を解く様な気がしたので、おばあさんは再度、恐る恐る両手で優しくその鳥を掬い上げてみました。

「体のカチカチやね。それに体の冷たかよ?今、汚れば拭いてやるけん、ピリピリさせたらいかんよ?」

おばあさんは、口元に持って行きハァハァっと息を吹き掛け、膝に置くとエプロンで顔と体を丁寧に拭いてあげました。

「こんな汚れて。あんたは何処から来たとね?」

おばあさんはその鳥に語りかけながら、ピカピカになるまで何度も何度も拭きました。

「ばーさん。アロエ取ってきたよ」

そこへおじいさんが両手に6つのアロエを持っておばあさんと鳥の元にやって来ると、おばあさんの隣にちょこんと座りおばあさんの膝に横たわる鳥を心配そうに見つめました。

「生きてはおるみたいよ。さっきなこの子ば出そうとして、籠に手入れたらピリピリしたけ、大丈夫よって言うたら、ピリピリば辞めてくれたけ、言葉わかっとるけ、大丈夫。それよりアロエそんないらんやろ。一個で良かったとに」

「沢山あった方が良かと思ったけ」

少し拗ねたおじいさんに「分かった。分かった。それより、アロエを一本半分に折ってくれんね」っとおじいさんに言うと「そや。そや」っと半分に折りおばあさんに手渡たしました。

「多分。ここなんやね。怪我しとる所。アロエさんば塗ったら大丈夫や。野生のお薬屋さんやけんね」

おばあさんはそう言うと右足の根元にちょんちょんっとアロエを塗ってあげました。

「でも、ばーさん。この子は大丈夫やろか?さっきからピクリともせんよ?」

「大丈夫や。信じてやらんば。とりあえず寝かすけ、その目の前の箱のミカンば全部出して、タオルば敷き詰めり」

「分かった」っとおじいさんはおばあさんが言う通りにミカンを箱から全部出すと、タオルを敷き詰め小さなベットを作りました。そして、そこにおばあさんは鳥を移すとその上からタオルを掛けて小さな体をゆっくりと摩りました。

「それにしても、不思議な鳥やね。文字ば背負って鉄の様に体のカチカチやかね。それになんで『ラ』なんやろか?」

おじいさんはそう言いながら不思議そうにその鳥を眺めていると「そがん、マジマジ見たらその子の緊張するけ、ゆっくり寝かせとかんね」っとおばあさんに注意され、「分かった。分かった」っとテレビのリモコンを手に取りテレビのニュースを見始めました。

「何や。ここは山やから、電波とかどうでもよかとにね。4Gってなんね?よう分からん」

拗ねたおじいさんはニュースで淡々と話すアナウンサーにぶつぶつと文句を言いました。

          *

その鳥を保護し、2日目の朝。ブーン。ブーン。っと早い何が飛んでいる音で2人は目を覚ましました。

「なんの音かね?」

おばあさんが音がする居間の方へ行くと、6畳ほどの広さの部屋を高速で何かが飛んでいるようでした。

ブーン。ブーン。と飛ぶそれは棚に置いている写真や狸の置物を落とし、床で割れ、小さな嵐でも通ったかの様な、そんな有様でした。

おばあさんの後に大きなあくびをしながら、目を擦り擦りおじいさんが居間の中に入ると、ブーン。ブーン。っと飛ぶそれはおじいさんの肩に目で追えない速さで飛ぶと、ちょこんと止まりました。

「何ね。あんた元気になったとね?」

 おばあさんがおじいさんの肩に向かって言うと、おじいさんが「いやいや。ばあさん……俺は元気たい……病気はこれまでギックリ腰しかしたことなかよ」っと言うと、「あんたじゃなか。その子たい」っとおじいさんの肩に乗った機械の鳥を指差しながら言いました。

「ありゃ。元気になったとね。良かった。昨日はどうなる事かと思ったとよ。やっぱりばあさんの育てたアロエさんの効いたとたいね」

おじいさんが、肩に乗る機械の鳥の嘴を指で撫でると、その指に体を擦り寄せました。

「可愛かね。そじゃ、ばあさん。名前じゃ。名前。この子に名前ば付けてあげなきゃいかんね」

おじいさんの指に移動した機械の鳥をゆっくりとおばあさんの前に持っていき、おじいさんがニコニコしながら言いました。

おばあさんがおじいさんの指から機械の鳥を受け取ると「そうやね。何の名前がよかとうか?」っと機械の鳥をマジマジと眺めていると、おじいさんが「ラを背負っとるからラー太郎ってどうじゃろか?」っと顎に手を当て考えながら言うと「いや。おじいさん、この子名前のあるみたいよ」っと、機械の羽を見ながらおばあさんが言いました。

「名前のあるとね?じゃ、この子は誰かが飼っとるとね?」

「それはないみたいよ。何か印刷された文字の異様に綺麗やし、「ラ」を背負って離そうとせんし、伝書鳩になるんやろか?」

おじいさんに羽の文字を見せると、「本当やね。…ダブリュー……アイ……エフ……アイ……って書いとるんかね?」

「wifiって書いとるね……」

おじいさんとおばあさんが機械の鳥を見つめていると、おじいさんが「んで、これこの子の名前として何て読むとね」っとおばあさんに聞くと「おじいさん、英語も読めんとね。ウィーフィーって読むとたい。ちっとは外国語の勉強もせんね」っと得意げに言うと、機械の鳥の嘴を撫でた。

「何ね。俺も、少しは外国語できるたい。アイラブユーじゃ。ばあさん。でも、よかね。ウィーフィー。この子今日からウィーフィーにしよう」

「気持ちの悪かね。でも、あたしもこの子の名前はウィーフィーがよか。小さな体に速そうな名前やけ。格好のよかね」

「何じゃ。冷たかね。なぁウィーフィー。ばあさんはいつも俺に冷たかとぞ。お前だけでも俺に優しくしておくれ」

おじいさんがそう言うと、ウィーフィーはおばあさんの手から飛び出すとおじいさんの頭の上に乗っておじいさんの薄い髪の毛をツンツンしながら遊び出した。

おばあさんはおじいさんとウィーフィーが仲良く遊んでいるのを見てニコニコと笑うと、ウィーフィーが散らかした部屋を片付けた。

ウィーフィーがおじいさんとおばあさんの元に来て1ヶ月が経ちました。朝霜がキラキラと光る肌寒い畦道をおじいさんが背負う籠の中にウィーフィーは入りおじいさんとおばあさんの畑に行くのが日課になっていました。

いつもの様におじいさんが畑仕事をしている間、ウィーフィーは広い空を目にも見えない速さで飛び、太陽が真上に差し掛かる頃になるとおじいさんの籠に入り一緒に帰りました。

家に着くとおばあさんとおじいさん、そして、ウィーフィーの2人と1匹でお昼ご飯を食べました。

「ウィーフィーは機械の体の割に食べる物はあたし達と同じなんやね。まさか沢庵を食べるとは思ってもおらんやったよ」

「嘴ばうまく使って、お利口さんに溢さないで行儀のよかね。きっと良い所の家から放たれたんやろね」

「でも、あれやね。ウィーフィーはずっとここに居ってよかとやろか?多分やけど、背中の『ラ』は誰かへ届ける為やないやろか?」

おじいさん食べかけのお茶碗をコツンっとテーブルの上に置くと、おばあさんはそやね……っと器用に沢庵を突くウィーフィーを少し悲しそうに言いました。

「じいさん。ウィーフィーがもう少し元気になって暖かくなったら、森に返してあげようか?」

「んー。俺の中では嫌じゃけど、ウィーフィーも誰かに『ラ』を届けんばならんし、ずっとここにおるのもウィーフィーの為にはならんやろね。やけん、寂しかけど、暖かくなったら森に返してあげようかね」

 二人はウィーフィーを森に返す日を1ヶ月後に決めて、その日まで、時間が許される限り一緒に居ようと決めました。

そして、お別れの朝、いつもの様におじいさんの籠に入ったウィーフィーとおじいさんとおばあさんは、ウィーフィーが怪我をして落ちて来た、畑へ一緒に出かけました。

畑に付くと、いつもなら勝手に籠から出て飛び回るウィーフィーが今日は出て来ません。

「何や、ウィーフィー。今日から一人になるとの寂しかとね?」

おばあさんが、籠の中を覗き込み、動こうとしないウィーフィーにそう言うと、ウィーフィーはお別れを惜しむ様に籠の隅へ行き小さく丸まりました。

おばあさんはそんなウィーフィーの嘴にそっと指をあてると、「ウィーフィー……お別れやなかとよ。あんたは今、お仕事中なんやろ?その背負った『ラ』の文字を待ってる誰かに届にゃならんとやろ?もしかしたら、それが届かんで困ってる人のおるかもしれんけ、しっかりお役目果たしておいで。」

「ウィーフィー。そうや。俺とばあさんは子供おらんから、お前が初めての子供なんやけ、仕事が終わったらいつでも帰って来てよかとぞ。ここはお前の家なんやから」

おじいさんが、そう言って籠をゆっくり降ろすと、おばあさんの指先に止まったウィーフィーがサッと飛び立ちおじいさんの頭に乗り、髪の毛を一本プツンと嘴で抜くと、目にも止まらぬ速さで飛んで行きました。

「痛。ウィーフィーやりやがったな」

おじいさんが拳をあげ、飛び立つウィーフィーの方へ足をガバガバさせながら、少し走り「行ってしもうたな」っと拳をゆっくり下ろしました。

「そやね。行ってしもうたね」

二人の見つめる先からゆっくりと顔を覗かせる。少し暖かくなった、そんな朝におじいさんとおばあさんはウィーフィーをお見送りしました。

ウィーフィーを見送ってちょうど一年。おじいさんが、畑へ向かう為に玄関の引き戸を開けると、紫色の閃光が前から近づいて来て、びっくりしたおじいさんはそのまま後ろへ尻もちをつきました。

「あだ‼︎」っとおじいさんが叫ぶと部屋の奥からおばあさんがびっくりして、「おじいさん、どがんしたとね?」っと慌てて出て来ると、おじいさんの頭の上でちょこちょこ歩くウィーフィーがいました。

「ウィーフィー。寄ってくれたとねー。おかえり。元気そうやね。次は『ア』を運んどる最中ね?」

おばあさんがそう言いながら、おじいさんの頭の上にいるウィーフィーの嘴に指を差し出すと、体をすり寄せ、シュッと中に浮くと、外へ飛び出しました。

おばあさんは「イタタタタ」っと腰を摩るおじいさんを起こすと外へ出て、屋根を見ました。

すると、そこにはウィーフィーとウィーフィーのお嫁さんとウィーフィーの子供が3匹止まっていました。背中には『ア』と『イ』と『ラ』と『ブ』と『ユ』をそれぞれ背負い、ウィーフィーの家族5匹がおじいさんとおばあさんを屋根の上から見つめていました。

「ウィーフィー。家族のできたとね?嫁さんと孫ば見せに来てくれたとね?」

おばあさんが、屋根の上にいるウィーフィーに聞くと、ウィーフィーはちょこちょこと2回飛び、ピカピカの羽をパサパサとあげました。

そして、またすぐウィーフィーとウィーフィーの家族はシュンと太陽の方へ飛び立って行きました。

その日の夜、「暗いニュースばかりやな。何かこう、明るいニュースはなかとか?」っとアナウンサーに小言を言っているいつものおじいさん。

すると、女性アナウンサーの表情が明るくなり、原稿を読みはじめました。それを聞いていたおじいさんはまた小言の様にアナウンサーに文句を言いました。

「ウチの村に5Gが通るって何ね?よう分からん」


おしまい。

-tano-

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たのし
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